インフレ率は上向いても…「安く買いたたかれる日本」の没落で迎える寒い冬

去年、コロナ禍で外食産業が壊滅するぞと騒がれていた時期に、パンケーキ屋を営んでいた松田公太さんが「外食産業の声」と称して、不動産の家賃減免を求める活動を始めていたのですよ。まあ、気持ちは分かるんですけどね。

【新型コロナ】「外食産業の声」発足、家賃減免を求める「支払いモラトリアム法」提言

【新型コロナ】「外食産業の声」発足、家賃減免を求める「支払いモラトリアム法」提言
全国の飲食店経営者たちが集い、外食業界の現状と改善を訴える「外食産業の声」委員会が発足。4月21日には店舗家賃の減免を求める「家賃支払いモラトリアム法」の策定を提言する記者会見を開いた。

ぼろ儲かりしてても家賃は上がらないだろうに

 別に松田公太さんだけが悪いわけではないのですが、零細不動産オーナーの立場からしますと、昨今の不動産市況の低迷をもってなお、テナント側が苦しいからと言っていちいち家賃を引いていては身が持たないのもまた事実であります。

 仮に、彼のパンケーキ屋がぼろ儲かりしていても、不動産オーナーからすれば「お前ら儲かっているな? 家賃を上げさせろ」とはなりません。ちくしょう、俺の物件でそんな大儲けしやがって。しかし、実際には契約上決まった金額が入ってくれば文句の言いようがなく、基本的にはどんなに千客万来の大にぎわいでも指をくわえてグッと我慢するほかないのです。写真はイメージ©️iStock.com © 文春オンライン 写真はイメージ©️iStock.com

 儲かってるときは「儲かってるので家賃あげてください」なんてことは絶対言わず、コロナで客が減れば「外食産業は日本の食文化を守っているのだから、潰れないように賃料を下げろ」などと言い出すのは不公平だと思うんですよね。悔しくて、毎晩泣いてしまうぐらい、不動産オーナーの人権を蹂躙しています。

書き入れ時であるはずの飲食店がなぜ倒産・店じまい

 さて、悲惨なコロナ禍が始まってから1年半が経過し、あの大変だった第5波が終息して、ようやく日常に近い生活が戻ってきました。医療機関の皆さんも、政府の人たちも、自治体もよく頑張ったし、また私たち日本人もよく我慢したなあ。そう思うわけであります。これだけ我慢をしたのだから、感染症も劇的に減らせたし、ワクチンも頑張って打った。きっとこれから良いことがあるだろう。よっしゃ、リベンジ消費や!

 そう思っていたら、あれだけ「食文化は大事だ」と言っていた飲食店が、現在バタバタと倒れ始めているじゃないですか。なんでコロナ禍が終わってから廃業してんだよ。話が違うだろ。居酒屋や軽食だけでなく、大手飲食チェーン店も経営が一気に苦しくなり、年末の忘年会シーズンに向けて書き入れ時であるはずが、なぜ倒産したり店じまいに追い込まれてしまっているのか。

 蓋を開けてみたら、この飲食店に対する「休業協力金」の支給が、感染者数の減少と共になくなってしまったのが原因だったようです。言われてみれば、お店を経営していれば時短するだけで休業協力金がもらえる制度があるなら、バイトも雇わなくていいし、貰える協力金から家賃を引けばそのまま利益じゃんという。地元のさびれた商店街にある2坪ぐらいのスナックとかでも満額休業協力金もらってたけど、お前らそもそも休業してたようなもんじゃねえか。ふざけるな、誰だこんな制度を考えたのは。

資源高・材料高に「円安」という問題

 当然、そういうザルな支援制度に寄っかかっていたら、コロナ感染者が急激に減って通常営業しろという話になった瞬間、もたれていた壁がパッとなくなってみんな転ぶわけですよ。

 飲食店の規模を問わず、ここ2か月ほどで経営破綻が急増したのは、これらの支えがいきなり消失した割に年末の忘年会がいまだ軒並み自粛となって、売上が戻らない状態になっておるからと見受けられます。私の大変親しくさせていただいている飲食チェーンも、よし、コロナ終わったぞ、これから頑張るぞと先月張り切っていたのに、今月に入ってあまりの客の入らなさにお通夜状態となっていました。そのまま死んでしまうのではないかと心配になります。

 家賃を値下げしろとか、休業補償金を、と言っていた外食の皆さんにも事情があるのでそこは理解するとしても、実際にいま私たちの経済で起きているのは資源高、材料高と、円安という問題です。この原稿を執筆している11月12日現在、ドル円相場は114円台ですが、ちょうど1年前には約105円前後だったことを考えると、対ドルで日本円は8%ほど安くなっています。

輸入食材の品薄・高騰は止まらず

 一方、松田公太さんが経営するパンケーキ屋が原材料で使う小麦粉は世界的な相場上昇で、9割を輸入に頼る小麦粉の売り渡し価格が10年来の高値となりました。家賃は値下げしろと騒いでいたのに、小麦を下げろと言わないのは、それだけパンケーキにおける原価に占める原材料費の割合はそんな高くないのかな、ボロ儲かりなのかなと思わずにはいられません。ちくしょう。ちくしょうめ。

 ともかく、小麦粉など輸入穀物の値段は、高いものでこの半年で26%ほど上昇しました。お家賃も半年で3割増額できたらどんなにいいことでしょう。

輸入小麦の価格が上昇 小麦粉や食パンなど 値上がりの可能性 | NHKニュース

エラー|NHK NEWS WEB

 そればかりか、輸入に依存している食材の品薄・高騰は止まらず、例えば牛タンのような食材については一時的に値段がほぼ2倍になりました。トウモロコシや食用油など穀物、穀物由来の加工品が値上がりしたうえ、養殖などで飼料となる穀物値上がりで一部の養殖サーモンなども値上がり、関連でサンマも不漁で値上がり、夏の天候不順もあって夏場はレタスなど葉物野菜が値上がり(いまは安値)。その割に、主食であるお米の価格は新米相場が下落して面倒なことになったりしています。

エネルギー価格も大幅上昇…GDP成長率は2四半期ぶりのマイナス

 ここにきて、世界的な脱コロナによる需要回復と中国・欧州などが推し進めたやや過激な脱石炭の動きの反動もあって、今度はエネルギー価格が大幅な上昇に転じました。原油価格のトレンドで言えば、2020年に1バレル20ドル台と歴史的な安値だった状態から一気に原油価格が上昇し、いまや1バレル80ドル台まで上昇してきました。エネルギーのほぼ全量を輸入に頼る日本がこれに直撃されないわけがなく、目の前のガソリン価格だけでなく、これから冬を迎える北海道では灯油の価格も大幅に上昇する見込みです。

 岸田政権が爆誕し、なんか突然衆院選になったわりに、足元の雇用についてはさしたる争点にもなりませんでした。10万円が政府から降ってくるかどうかでは大騒ぎするのに、なぜこの辺の状況についてはみんな静かなんでしょう。お前らが成功だ失敗だと騒いでいるアベノミクス以前のところで、コストプッシュ型の悪性インフレが到来するかもしれないんですよ。

 いずれにせよ、雇用も所得も拡大の動きは鈍く、景気は回復の途上にあるとはいえ、芳しい状態にありません。さらに、ここに来て7-9月期の実質GDP成長率は、前期2020年度比で年率マイナス3.0%となり、2四半期ぶりのマイナス成長になってしまいました。オリンピックで景気拡大じゃなかったのかよ、と思い返せば長雨は降るわ、オリンピックは無観客だわで、さっぱり盛り上がらなかったから仕方ないんですよね。

もう日本はスタグフレーション待ったなし

 そんなわけで、年末商戦も飲食店を中心に力強い消費を期待できる状況になく、子ども全員に10万円配るの配らないのという地味で小さい支援策ですったもんだしている状態でして、岸田政権が大盤振る舞いの財政出動をしてくれる可能性は低そうです。政調会長に高市早苗さんがいたはずなんですが、このしょぼい雰囲気はいったい何なのでしょう。

 そこにきて、前述の通り資源高となり、さらには円高になる限りにおいて、景気はどうも良くないのに資源高で価格への転嫁は待ったなしだぞという話になると、もうスタグフレーション(不況で賃金は上がらないのに物価だけ上がる)待ったなしですよね、これ。

「みんなで等しく貧しくなろう」なのか?

 海外に目を転じれば、各国も景気回復の途上ではあるけれどもコロナ対策で拡大した財政を再度引き締め直したり、カネがジャブジャブになってしまったので金利を上げたりする「出口戦略」を模索するようになりました。景気を冷ます効果があるけど、歯を食いしばってでも金利を上げないと駄目だというセントラルバンカーがいることが良いことなのかどうか。

 その結果として、ひたすら金融緩和している状態の日本は円安で、一方で資源高の状態は止まらない以上、物価が上がり始めたら貧困層は大打撃であります。ほぼ完全雇用でみんな仕事はあるのに給料が安いので欲しい物が買えず貧しいというのは、図らずも戦後日本が夢見たソビエト連邦みたいな社会主義国家の完成とも言えます。みんなで等しく貧しくなろう。

 看護師の給料が医師に比べて4割ぐらいなので安いよね、どうにかしないとね、ということで議論がスタートしたはずが、いつの間にか「医師の給料が高い」という話になるのと同様、我が国は社会的に相互監視の目が強すぎて、少しでも出る杭があったらみんなで叩く仕組みが出来上がってしまっているかのようです。

物価上昇の原因を、国際的に見てみれば

 勝手に国力が衰退する形で、物価上昇の目標であった2%を超えるインフレが実現しそうな雰囲気で、「ついにアベノミクスが目指したデフレ解消が達成か?」となるわけですが、これって単に私たちが世界水準から見ると相対的に衰退の度が酷すぎて、国際的な購買力を落としたという経済失調が原因なんじゃないかと思うんですよね。よく見てみれば、今回の成長率マイナスも、単にコロナで国内需要が減少しただけでなく輸出もゴボッと減ってしまっているので、世界的なモノ詰まり、半導体や資源不足の中で日本は一足先に先進国の中では厳しい状態になっているのかもしれません。

 このままエネルギー価格も上がってしまうと、冬に暖を取る発電もままならない可能性があります。困ったもんだなあと思いながら、市況とにらめっこする日々が続きそうですね。

(山本 一郎)

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