日本屈指の水揚げ基地である焼津漁港を訪れると、どんよりした雰囲気を感じざるをえなかった。長年にわたってカツオが横流しされ、7人もの逮捕者が出たのだ。簡単に解決できるとは到底思えない。発売中の『週刊現代』が特集する。
昔から噂になっていた
「今回の冷凍カツオ盗難事件について、漁業関係者の大半が『このままでは終わらない』と考えています。20年以上もバレずに、市場でカツオが抜き取られていたんですよ。しかも組織ぐるみで大量に。これは普通の状況ではありません」(地元の水産加工会社幹部)
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人口約14万人の静岡県焼津市にある焼津漁港は、’16年から5年連続で日本一の水揚げ額を誇る。この「遠洋漁業の町」が揺れに揺れている。漁港周辺の飲食店では、カツオについて自由に会話ができない状況にある。
事の発端は、10月7日。静岡県警焼津署が市内にある水産加工会社「カネシンJKS」(以下・K社)の常務・奥山善行被告(47歳)と運送会社「焼津港湾」社員2人、計3人を逮捕したことだ。
容疑は窃盗。今年4月に大手水産会社「極洋水産」が水揚げした約4トンの冷凍カツオ(74万円分)を市場から盗んでいた。
このカツオ盗難事件は、衝撃的な展開を迎える。
焼津署は10月12日に業者と共謀していたとして、焼津漁協職員・吉田稔被告(40歳)を逮捕。さらに同月27日には「K社」元社長・進藤一男被告(60歳)と30代の漁協職員BとCも逮捕した。
なんとカツオ盗難をめぐって7人もの逮捕者が出たのだ。
「主犯は漁協職員の吉田被告と水産加工会社社長だった進藤被告の2人です。吉田被告は係長の役職で、カツオのセリを現場で仕切る立場にありました。BとCは計量担当でした。
犯行の手口はシンプルです。極洋水産が港で水揚げしたカツオの一部を、吉田被告の指示を受けたBやCらが計量せずに共犯の運送会社に引き渡す。それをK社の所有と偽って民間の冷凍倉庫に入庫していたわけです」(全国紙地元記者)
吉田被告らにはK社から「1回につき10万円程度」の現金が渡されていたとされる。焼津漁港を利用する船主はこう憤る。
「漁師が命を張って獲った魚を盗んだヤツには誰がどう考えても腹が立つ。漁師は魚の目方だけが自分の腕の証しなんだよ。我々の目が届かない計量の段階で誤魔化されるとまるで分からない。
枕崎漁港(鹿児島県)では360トンだったものが、焼津に来ると350トンに不思議と減ってしまうということは以前から仲間内でもよく言われていた。それでも焼津に水揚げするのは、大漁港で大量の魚をさばけるからだよ」
皆が口を閉ざす
今回、立件されたのは約4トン分だが、当然ながらこれは氷山の一角である。吉田被告らは’18年頃から窃盗を続けていた。
しかも、11月29日に焼津漁協が県に提出した調査報告書によると、吉田被告とは別の職員らが、’08年頃から少なくとも3年間はカツオの抜き取り行為を繰り返していた。
さらに数十年前から漁港の職員が、抜き取った魚を加工会社に渡して現金を受け取り、社員旅行での遊興費や飲み会の費用に充てていたことも明らかになった。この事件の闇は想像以上に深い。
「毎回10トンが消えたとしても、船主ははっきりしたことはなかなか分からない。そこにつけ込んだ。
現在、被害が判明しているのは、日本有数の大手で管理体制がきちんとしている極洋水産だけです。
ですが、他にも中小の船主さんが何年にもわたって被害に遭っているのは確実でしょう。関係者の間では被害総額は億単位と言われていますよ」(地元の水産業者)
その一方で、本誌記者が焼津市内を歩き回っても、ほとんどの水産業者や漁師、海産物店主が事件について口を閉ざした。
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「焼津には『一船一家主義』という言葉があります。一家の主が船を一艘持つと、そこに兄弟が相乗りし、親類縁者も加わる。
周りに魚屋や食堂ができる。加工品の商売も始まる。水揚げした魚は関東にも関西にも焼津インターチェンジから東名高速ですぐに運べます。だから、地元の運送会社だって羽振りが良い。
それらが一蓮托生で手を取り合って、ずっと『焼津』のブランドで商売してきました。要は、巨大なファミリービジネスなんです。
だから、仲間内でトラブルが起きても、守り合うのが当たり前。窃盗事件のことは表立っては誰も話せません。
いまはコロナ禍の長期化によって、街の観光業は苦戦が続いています。さらに船の燃料代も高騰している。これ以上、マイナスイメージが『焼津』につくことはなんとしても避けたい」(焼津漁協関係者)
だから、何事もなかったように過ごしているのだろうか。緊急事態宣言が明け、居酒屋やスナックは常連で盛況だったが、カツオ盗難を話題にしている客は見つからない。不気味なほどだ。
「ヨソ者に話すことは何もない。帰れ、帰れ」
本誌記者は地元の漁業関係者に何度もそう言われた。皆、嵐が過ぎ去るのをじっと待っている。
本誌は主犯とされ、起訴後に保釈された吉田被告の自宅を訪ねた。真新しい一軒家のインターフォンを鳴らすと本人が応対したが、
「お話しできることはありません」
と答えるのみだった。
吉田被告の親しい知人は本誌にこう漏らす。
「前任者からの引き継ぎがあって、このタイミングでたまたま担当者だっただけで、人生を潰してしまった。家のローンもあるのに、もう彼は漁業関係の仕事に就くことはできないと思う。悪いことをしたのは確かだけど、不憫でならないよ」
「みんなカネをもらってる」
同じく首謀者と報じられた進藤被告の自宅は荘厳な門構えの日本家屋だった。だが、保釈中の本人の姿はない。代わって母親が涙ながらにか細い声でこう語った。
「(進藤被告が)いつ帰ってくるのかも分かりません。長いこと焼津に住んでいるのですが、このまま住み続けられるのかどうか……」
吉田被告らが焼津漁港から去っただけで、平穏な日々は戻ってくるのか。答えは否だろう。
吉田被告とともに逮捕された漁協職員BとCは処分保留で釈放されている。Cの父親は本誌の取材にこう明かした。
「上司(吉田被告)に頼まれたら、断れないですよ。息子は漁協はもう辞めました。本人は不満を持っているというか、警察にはいろいろ話したみたいです。
本人は『他に逮捕者が出てもおかしくない』とは言っていました。みんなおカネをもらっちゃっているからと。昔からあるみたいですね」
Cの父親は最後にポツリとこう呟いた。
「警察は『上』のヤツらを捕まえられないのか」
今回逮捕された7人のうちの一人が、本誌の取材に対して、「名前は絶対に出さないでください。街を歩けなくなってしまう」と語ったうえ、こう本誌に心境を吐露した。
「関係者には申し訳ない気持ちしかありません。(事件が発覚したきっかけは)今年2月頃に水揚げが少ないことが多かったんです。
それにより、市場が防犯カメラを設置することになった。にもかかわらず、小遣いがまだほしいヤツがいたんですよ。欲に目がくらんだんでしょうね。
私は仲間を売るわけにはいかないし、市場を裏切るわけにもいかないのですが、(魚の盗難は)もっとあるんですよ。関わっていた水産業者は1社ではない。2~3社でもなく、結構な数だと思います。
これを捜査するのが警察の本当の狙いなのでしょう。そのために私は今も週1~2回は警察に呼ばれています」
逮捕者やその周囲は、長年の慣習が事件の背景にあることを強調する。実際、警察当局は現在も関係者を聴取し、捜査を続けている。地元の水産会社のベテラン社員が言う。
「静岡県警は本気です。もっと巧妙に荒稼ぎをしている連中がいると見ている。一匹ずつ計量するマグロだって、組織ぐるみなら抜き取られている可能性も否定できません。得体の知れない冷凍倉庫だっていくらでもあります。
今回の逮捕者はトカゲの尻尾切りに過ぎないんですよ。これからも『焼津』のブランド力で、水揚げ量は落ちません。でも、このままでは横流しも無くならない」
極洋水産は11月26日に漁協、K社らを相手に3000万円の損害賠償請求を静岡地裁に提訴した。
「他の会社からも訴えられるのではないか、逮捕者が増えるのではないかと漁協幹部は戦々恐々としています」(前出・記者)
はたして「カツオの聖地」は膿を出し切ることができるのか―。
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『週刊現代』2021年12月11・18日合併号より