コロナで目算狂った人々を襲う修羅場のリアル 自粛や需要構造変化などに伴う苦境を脱せるか

「会社の売却を検討してみませんか?」

焼き鳥居酒屋「鳥幸」などを展開する東京レストランツファクトリー(東京都目黒区)のもとには最近、M&A仲介会社が訪れ、こんな提案をするようになった。安倍晋三前首相や菅義偉現首相らが“ひいき”にしていることでも有名な同社は、最近では自宅で焼く「焼鳥ミールキット」をヒットさせるなど、新型コロナ禍でも確かなブランド力と営業力を発揮している。

しかし同社も、ほかの外食企業と同様に売上高は激減し、利益が出せない状況にある。未上場企業のため業績は非公表だが、今年度2021年7月期の黒字化は厳しい。

このタイミングを買収のチャンスとみているのが買収案件を扱うブローカーたちだ。「あの東京レストランツファクトリーが売りに出るらしい」という真偽不明の情報が飛び交い、ついにはM&A仲介会社が来訪する事態になった。

同社の春日英誉取締役は東洋経済の取材に「この機に乗じて安く買い叩こうとしてくる人が多いが、安売りする気はない」ときっぱり答える。「人件費の圧縮や本社機能の統合などで固定費削減を進めてきた。今期の黒字化は厳しくとも、長期的には利益を出せる構造を築けた。M&A仲介の方には、逆に『買える会社があったら教えてください』と伝えておいた」と言う。

3月8日発売の『週刊東洋経済』は「コロナ倒産 最終局面」を特集。外食や旅行・観光、アパレル業界などコロナが直撃している業界をリポートした。あわせてM&Aや事業売却に動く企業の姿も追っている。

■見落としがちな「BtoB」ビジネス

一方、見落としがちな業域もある。コロナの影響が大きいのは外食や旅行・観光といったサービス業だが、こうした「BtoC」(消費者向け)業界の陰に隠れているのが「BtoB」(企業向け)の業種、例えば外食企業やホテルに食品を卸す食品卸や、旅行・観光業の一角として近年注目度が高まっているMICEビジネス(国際的なビジネス系のイベント全般を指すワード)などだ。

「もう、これ以上は在庫を抱えきれない。限界にきている」

フランスからフォアグラやトリュフ、キャビアなど高級食材を輸入しているファイユジャパン(東京・品川区)のモラン・フレデリック・ジャック・レーモン代表取締役社長は苦渋の表情で言う。

同社の主な卸売先は帝国ホテルやホテルニューオオタニといった高級食材を扱うホテル、レストランだが、昨年4月に緊急事態宣言が発出されると一斉に営業が止まり、注文が入らなくなった。

ガチョウの肝臓であるフォアグラはもともと冷凍した状態で輸入するため販売時期が遅れても値崩れしにくい。キノコ類のトリュフも収穫段階で生産量を微調整することは可能だ。難しいのは、チョウザメの卵巣をほぐして塩漬けにしているキャビアの扱いだった。

「キャビアは冷凍保存ができず、長期間手元に置いておくことができない。生産者も5年前から仕込んでいるから生産を止められない。われわれ、中間業者が購入しなければ生産者は収入がないままコストだけが膨らんでいく」(レーモン社長)

生産者は生産を止められず、エンドユーザーであるホテル・レストランも購入を控える。結果、ファイユジャパンのような中間業者の在庫が重くなっている。

2020年12月期は上期、緊急事態宣言で落ち込むも夏から秋にかけて挽回したため売上高は前期比70%程度にとどまった。だが、今期は序盤から2度目の緊急事態宣言が発出されただけでなく、主力商品のキャビアでダンピングまがいの動きが起きている。先日、得意先から「御社の半額で売ると言ってきているインポート業者がある。こちらの価格に合わせられないか?」と問われ、レーモン社長は頭を抱えた。今期の黒字化は絶望的な状況だ。

コロナ倒産を業種別に見ると飲食業が圧倒的に多いが、週刊東洋経済3月13日号でまとめたところでは、ファイユジャパンのような「食品卸」も5番目にランクインしている。

■オンライン普及のジレンマ

「BtoB」の観光業、MICEビジネスも岐路に立たされている。

MICEとは企業や団体の会議(Meeting)、研修旅行(Incentive Travel)、国際機関や学術団体が行う国際会議 (Convention)、展示会やイベント(Exhibition/Event)の頭文字をとった造語で、政府も大型MICE誘致をインバウンド・観光戦略の1つに位置づけている。

伊勢志摩サミット(2016年)やアジア開発銀行年次総会(2017年)、G20大阪サミット(2019年)の運営を受託してきたコングレ(東京・中央区)は、昨年4月の緊急事態宣言以降、受託していたMICEの中止・延期が相次いだことで痛手を被った。2021年3月期の売上高は前期比70%程度を見込む。

だが、この前期比70%という数字には含みがある――。赤字に転落したとはいえ売上高を3割減にとどめることができたのは、予定していた会議の一定割合をオンライン開催、もしくはリアルとオンラインの同時開催(ハイブリット開催)に切り替えることができたからだ。

オンライン開催の頻度と充実度の向上はMICE業界共通の課題だが、ジレンマもある。ある場所に一定期間、大勢の人が集まることによる経済効果は小さくなく、国の地方創生策にも合致するなど、地方都市を巻き込んだMICEビジネスの隠れた戦略だった。

コングレの武内紀子社長は「オンライン開催へのシフトが進めば、これまで以上にリアルで開催する意味が問われてくる。そのほかに何日間も滞在する意義を参加者に感じてもらえるか。オンラインに負けないコンテンツを提供できるか。コロナによって、MICEビジネスは大きな課題を背負うことになった」と語る。

コロナがもたらした消費構造の変化と格闘している地域もある。日本最大級の繁華街・銀座だ。

新宿とも六本木とも違う風格をたたえてきた銀座だが、コロナでその地盤が揺らいでいる。それまで圧倒的に多かった社用族(企業の接待や社交の場として使う人々。費用は個人ではなく企業の経費として落とされる)がぱったりと消え、閑散としてしまっているのだ。

もうお客さんを待っていても仕方がない――。そう腹をくくり、攻めの姿勢に転じ始めたのは「銀座料理飲食業組合連合会」。3月3日10時過ぎ、銀座一丁目にある炭火焼 洋食バル「Bistrot&Bar 日東コーナー」の店舗には正装した配送スタッフが待機していた。紺のブレザーに銀色のネクタイを絞めたスタッフは、箱詰めされた料理を丁寧に受け取り、大田区の住宅街へとゆっくり車を走らせた。

銀座料飲組合がこの3月から始めたのが「美味しい銀座デリバリー」。銀座の料理店で作られた弁当を配送するサービスだ。コロナ禍の外食産業ではすでにウーバーイーツや出前館などEC飲食がひろく普及しているが、銀座デリバリーの特徴は単に空腹を満たすための食べ物を運ぶわけではないという点にある。

配送スタッフは座学と実演の研修を受け、お辞儀の作法から言葉の使い方まで習得したうえで現場に立つ。注文を受けるのは5000円以上で、ウーバーイーツなどと比べると割高だが、その分「銀座らしさを届ける」ことに注力する。

■コロナ前の消費構造には戻らない?

銀座デリバリーを発案したのは、土佐料理・祢保希(ねぼけ)の竹内太一社長や日本料理「穂の花」を経営する白坂亜紀社長ら料飲組合の理事たち。この構想に地元中央区の物流会社・八大の岩田享也社長が応え、今年1月から急ピッチでシステムを作り上げた。

組合リーダーたちの根底にあるのは「緊急事態宣言が解除されても、コロナ前の銀座には戻らないかもしれない」という危機感だ。この読みは当たっている可能性が高い。

消費動向調査ナウキャストの「JCB消費NOW」などをベースに、人出と消費の関係を調べている野村證券金融経済研究所経済調査部シニアエコノミストの水門善之氏は「人々の消費スタイルに変容が起きている。緊急事態宣言が解除されて人出が戻ったとしても、消費がコロナ前の形に完全に戻ることはないだろう」と分析する。EC消費は定着しつつあり、ワクチン普及などでコロナが脅威ではなくなったとしても、コロナ前の消費スタイルがそのまま復活するとは考えにくいのだ。

コロナで大きなダメージを受けている外食や外食卸、旅行・観光業者は、緊急事態宣言が一日でも早く解除されることを望んでいる。しかし、解除後にコロナ前の経済が戻ってくる保証はない。

そのときこそ、コロナ倒産が本格化するときかもしれない。

『週刊東洋経済』3月13日号(3月

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