緊急事態宣言の一部緩和
安倍晋三首相は5月14日の記者会見で、新型コロナウイルス対策で全国に発出した緊急事態宣言について39県で解除する一方で東京都と大阪府など8都道府県は引き続き特定警戒都道府県として感染拡大防止に向けた取り組みを押し進めることを表明した。
東京をはじめとした8都道府県が緊急事態宣言解除の対象から外されたのは「直近1週間の累積報告数が10万人あたり0.5人程度以下」を目安とする感染状況のほか、医療提供体制、監視体制から総合的に判断して基準を満たさなかったと見なされたからである。
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「1週間後の21日をめどに、もう一度、専門家の皆さんに、その時点で今回決定した解除基準に照らして評価いただき、可能であれば、31日を待つことなく、解除する考えです」
安倍総理は記者会見でこのように述べて、緊急事態宣言の期限である31日より前に解除する可能性を示すことで、8都道府県で経済活動再開を期待していた人達に対する配慮を見せた。
それは、総理が示した「直近1週間の累積報告数が10万人あたり0.5人程度以下」という目安は経済活動再開を期待していた人達にとって高いハードル見えるからである。
総理が示したこの感染状況の目安を人口約1400万人の東京に当てはめると1週間の感染者数が70人、1日あたり10人という計算になる。
かなり厳しい目標達成
こうしたなか、この方針が示された5月14日の東京都の新規感染者は30人だった。それは、21日に緊急事態宣言が解除されるためには残り6日間での新規感染者数が40人以下、1日平均6.6人である必要がある計算になるからだ。
東京都の1日の新規感染者数が6人以下というのは累計感染者数がまだ139人だった3月22日まで遡らなければならない。
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21日までに公表される新規感染者数がゴールデンウィーク期間中に感染したと思われる人の数で通常より低めに出るということを差し引いてもかなり厳しい数字であることは明白である。
実際に15日の新規感染者数は9人、16日は14人となっており、「直近の1週間での感染者数が70人以下」という目安の達成はかなり厳しいといわざるを得ない状況にある。
さらに、ゴールデンウィーク期間中の新規感染者数を用いても「直近1週間の累積報告数が10万人あたり0.5人程度以下」という目安を満たせないということは、ゴールデンウィーク明け後に緩みが出たと指摘されている期間のデータが反映されるその先の1週間でこの目安を達成する可能性はさらに下がるということだ。
それは21日に緊急事態宣言が解除されなければ緊急事態宣言解除は5月末どころか6月以降にずれ込む可能性が高いということである。もちろん十八番の「解釈変更」がなかった場合であるが。
「感染爆発」か「倒産爆発」の可能性
こうした緊急事態宣言解除の先延ばしは「感染爆発」か「倒産爆発」を起こす可能性を秘めている。それは、何時までも外出自粛を続けることは難しいし、休業補償が微々たるものであるなかで営業自粛を続けることも難しいからだ。
こうした点を考慮したのか、緊急事態宣言延長を受けて小池都知事は「1週間平均で1日当たりの新規感染者数が20人未満」という政府が緊急事態宣言解除要件の一つとして示した「直近1週間の累積報告数が10万人あたり0.5人程度以下」という目安よりも緩い基準を始めとした独自の7つの指標に基づいて休業要請の緩和に向けたロードマップの考え方を示した。
それは、緊急事態宣言発出後に懸念されていた「倒産爆発」が顕在化してきているからである。
2月に2件、3月に23件だった「新型コロナウイルス関連倒産」は、緊急事態宣言発出された4月には84件に、そして5月に入ってから15日までに44件起き、累計で153件となっている(15日17時時点、東京商工リサーチ調べ)。
こうしたなかで非常事態宣言解除の期待が遠のいていけば「諦め倒産」が増えることは容易に想像できる。
さらに、15日には「ダーバン」や「アクアスキュータム」などのブランドでお馴染みの東証一部のアパレル大手レナウンが民事再生法適用を申請、138億円の負債を抱えて経営破綻に追い込まれた。
レナウンは長年経営不振が続いており必ずしも「新型コロナウイルス関連倒産」とは言えないかもしれないが、新型コロナウイルスの感染拡大による店舗の営業休止によって資金繰りに行き詰まった「新型コロナウイルスがとどめを刺した倒産」であることは確かだ。
長年経営不振にあったといえ、2019年12月期には従業員数905名の他、3,040人の嘱託従業員、503人の臨時従業員(同期中平均)を有した大企業であり、雇用という面でもそのインパクトは決して小さなものではない。
これまでの「倒産爆発」は宿泊業や飲食業を始めとしたインバウンド需要依存の業種と個人消費関連の業種の中小・中堅企業中心に起きてきた。
こうした中で起きたレナウンの経営破綻は、「倒産爆発」が大企業にまで迫ってきていることを示唆するものだ。
そしてそれは、中小零細企業に対するボトムアップ型の対策と同時に、大企業救済というトップダウン型の対策という両面対策が必要になったということである。
コロナショックの実態
シンクタンクなどからは新型コロナウイルスの影響で実質GDPが50兆円程度押し下げられるといった悲観的な経済見通しも示され始めている。
しかし、日銀の「資金循環統計」によると、「民間非金融法人企業」は2019年12月末時点で日本の実質GDP約530兆円の50%に相当する266兆6925億円もの「現金・預金」を持っている。
そのうえ、法人事業統計ベースでの2018年度の国内企業の総売上高は1535兆円、経常利益は84兆円であり、こうした経済規模と比較すると50兆円規模の経済損失は大きなものとは言えず、国内経済が一気に窮地に追い込まれることはないように見えてしまう。
こうした慢心があったのか、政府は非常事態宣言一部解除までに懸案の家賃補償や家賃補助に関する具体策を未だに決められていない。
さらには補正予算を含めて事業規模117兆円の緊急経済対策で景気底割れを防いだうえにV字回復まで出来ると思いこんでいる。
しかし、実際の経済は、小池都知事が「感染爆発 重大局面」と発言してから2カ月も経たないうちに「倒産爆発」が東証一部上場企業をも巻き込んでしまうまでに拡がって来ている。
「金融の専門家」が必要
経済と感染拡大防止の両立の必要性が高まってきたことを受け、14日に開催された「基本的対処方針等諮問委員会」には経済の専門家が4人も加わった。
しかし、それにもかかわらず「経済・雇用対策」に関する提言は、わずか「政府は、令和2年度補正予算を含む「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」(令和2年4月20日閣議決定)の各施策を、国・地方を挙げて迅速かつ着実に実行することにより、感染拡大を防止し、事態の早期収束に全力で取り組むとともに、雇用の維持、事業の継続、生活の下支えに万全を期す。引き続き、内外における事態の収束までの期間と拡がり、経済や国民生活への影響を注意深く見極め、必要に応じて、時機を逸することなく臨機応変かつ果断に対応する」という専門家でなくても言えるような中身の乏しいひっ迫感のないものに留まっている。
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GDPが何兆円増える、減るといった経済分析は平時であれば一定の価値があるのかもしれないが、非常時には政策を誤らせる原因になりかねない危険な存在でもある。
それは「経済」と「金融」は違うからだ。100年に1度といわれる経済危機を招く要因となるのは多くの場合「経済」ではなく「金融」である。したがって、非常時に必要なのは「経済の専門家」ではなく「金融の専門家」なのである。
平時には財政均衡を求める多くの「経済専門家」が、非常時に財源の話を忘れて国家の年間予算をはるかに上回る規模の経済対策を求める姿というのも不思議な光景だといえる。
「金融」と「時間」の恐ろしさを知っている「金融の専門家」であれば、今回のような経済危機を「規模」だけで抑え込もうとするような考えは持たなかっただろう。限られた資金と時間を最大限有効に使うことを優先するからだ。
当然、営業自粛要請が出た時点で家賃や借入金、人件費といった固定費の軽減策を講じる必要性を認識するので、1カ月半もの時間を議論だけに浪費したり、緊急事態宣言が一部解除になるまで補助金や特別給付金が配られなかったりする失態をおかす可能性は低かったはずである。
「倒産爆発」が拡大してきているのは、「経済」と「金融」の区別を付けられなかったことによる悲劇だといえる。とはいえ、「金融」の本丸である中央銀行が、マネタリーベースの規模だけで自国の経済を復活させられると信じている国では起きるべきして起きたと考えるべきかもしれない。
「新たな日常」に求められること
「多くの地域における緊急事態宣言の解除によって、ここから、コロナの時代の新たな日常を取り戻していく。今日は、その本格的なスタートの日であります」
14日の記者会見で安倍総理はコロナ時代の「新たな日常」を取り戻そうと訴えた。しかし、新型コロナウイルスとの共生が求められるこの先、「かつての日常」を取り戻すことはできない。国民は「新たな日常」を受け入れるしかない。
三密を避けることでコロナウイルスとの共生が求められる社会での金融と経済はこれまでとは大きく変わることになる。
三密を避けるために、飲食店や劇場などは席数を減らしての営業を迫られることになる。こうした事業の売上は単価と人数、回転数によって決まってくるので、人数を減らす必要に迫られたら売上は落ちることになる。
その中で売上を確保するとなれば単価を上げる必要が出て来るし、利益を保とうとしたら固定費を削らなければならなくなる。前者は物価上昇圧力となる一方、後者は家賃を押下げ、雇用者数減少圧力となる。
これらを単純に組み合わせれば「不況下の物価上昇」、スタグフレーションになるが、有効需要の減少の方が大きければデフレ経済に逆戻りすることになる。
また、半ば強制的にリモートワークの実験を迫られた企業の中には、生産性が危惧したほど低下しないことに気付いてしまった企業も少なくなかったはずである。そして、こうした企業の多くは、このままリモートワークを継続することになるだろう。それは、必要なオフィススペースが縮小することを意味しており、それはオフィスビルの空室率上昇圧力に、賃料押下げ圧力になって来る。
1990年代のバブル崩壊の時には企業間の株の持合い解消が株価下落を加速させる要因となったし、接待用や付き合い上保有していた法人会員が多かったゴルフ場の会員権ほど下落が激しかった。企業が無駄と気付いた資産ほど早く大きな下落に見舞われるということは歴史が教えてくれていることだ。
歴史の教訓に従えば、オフィスビルやホテルなど事業用不動産から下落圧力に晒される可能性が高い。オフィス縮小の動きによる賃貸面積の縮小によって空室率上昇圧力と賃料下落圧力が生じるなかで、東京オリンピック開催が不透明感の増大を加味すると、金融的に事業用不動産の価値をこれまでと同じに見積ることは難しいからだ。
こうした状況は投資資金を一時的に事業用不動産からレジデンスにシフトさせる要因になるだろう。しかし、雇用者数の減少が見込まれることなどを考えればこうした動きが日本経済復活の原動力になることは期待薄だと言わざるを得ない。
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安倍総理は「新たな日常」を「かつての日常」と同様のものだと思い込んでいるようだ。しかし、例えGDPや企業業績などの経済指標が元の水準に戻ったとしても、「新たな日常」が「かつての日常」と同様になることはない。表面的な「経済」は元の水準に戻ったとしても、そこに拡がっている景色はコロナ前にみたものとは全く異なっているはずである。
「新たな日常」で生き残るためには、「新たな日常」で求められるビジネスを見つけることであり、「新たな日常」で必要とされる自分に変わることである。
「新たな日常」に向かう過程で重要なことは、現状維持は危険だということだ。政府も、企業も、そして個人も「新たな日常」に向けて変わる準備を始めなければならない。「新たな日常」は「適者生存」がより強く求められる可能性が高いからだ。
日本社会の復活は「適応能力」に委ねられている。