■技能実習生の数は、中国を抜いて1位に
グエン、ホアン、チャン……。最近、コンビニや居酒屋などで、このような外国人店員の名札をよく見かけないだろうか。これらはベトナム人の一般的な名字である。近年、日本で働くベトナム人が急増している。
日本で働く外国人労働者数は、2017年10月末現在で約128万人。このうちベトナム人は約24万人で、全体の18.8%を占める。これは29.1%の中国人に次ぐ人数だ。12年にベトナム人は全体の3.9%にすぎず、人数はこの5年間で約9倍にも増えた。
ベトナム人労働者の内訳は、外国人技能実習制度に基づく「技能実習生」と「留学生」の2つのカテゴリーが大半を占める。外国人技能実習制度とは、開発途上国の人に日本の企業で働きながら技能や技術・知識を身につけてもらい、それを母国の経済発展に役立ててもらう、という制度だ。実習生が働ける期間は最長5年間。「国際協力の一環」という名目だが、人手不足に悩む日本企業にとっては労働力確保に、職を求める外国人にとっては雇用機会を得られるという、双方にとって「都合のよい」制度でもある。
技能実習生の国籍別在留者数は、長年、中国がトップだったが、16年に初めてベトナムが中国を上回り、17年には全体の41.6%を占めている(2位の中国が31.8%、3位のフィリピンが10.2%)。また、留学生も約11万人の中国に次いで、約6万人のベトナムは2位。12年のベトナム人留学生は6000人程度だったから、留学生もこの5年でほぼ10倍に増えた計算になる。
そもそもベトナムは、1986年にドイモイ(刷新)と呼ばれる市場経済化路線を開始する以前から、労働者を海外へ送り出してきた。現在のような形での送り出しが本格的に行われるようになったのは90年代以降である。国民の所得増、雇用の創出、労働者の技能向上などが、その目的だ。
ベトナムは順調に経済成長しているイメージがあるかもしれない。だが98年以降、成長率が7%を超えることはほとんどなく、特に高成長というわけではない。16年の1人あたりのGDPは世界銀行によれば2171ドルで、インドネシアやフィリピンよりも低い。
雇用機会も十分とはいえない。17年第4四半期で見ると、全体の失業率は約2%とさほど高くないが、若年層の失業率は7.3%。ベトナム全体の失業者数約111万人のほぼ半分を15歳から24歳までの若年層が占める。大卒の失業者も約22万人に達し、多くの人が大学を出ても働く場所がないという状況だ。こうした背景から、低所得層や失業者が海外へ職を求める。
ベトナム人労働者のおもな受け入れ先は、台湾、日本、韓国、マレーシアである。平均月額賃金は、ベトナム労働省の資料(14年)によれば、マレーシア300ドル、台湾650ドル、韓国1000ドル、日本1400ドルと差が大きい。マレーシアや台湾は、派遣労働者が負担する費用が比較的低く、渡航しやすい半面、労働災害や賃金不払いなどの問題も多い。韓国は10年ほど前、国ごとの受け入れ枠を定めるクオータ制のもとで多くのベトナム人労働者を受け入れていたが、失踪者が多いため、いったん受け入れを停止してしまった(現在は再開している)。こうした事情からも、日本への出稼ぎを希望するベトナム人は多い。
■学業より労働を優先する留学生も?
一方、受け入れ側の日本の状況はどうだろうか。
日本では、少子高齢化に伴う労働力人口の減少によって、労働力不足が問題となっている。とくに運輸、建設、小売りなどの非製造業では危機感が強い。このような状況のなか、政府は14年の産業競争力会議で、生産労働人口の減少を補うために、幅広い分野で外国人労働者の受け入れを進めていく方針を打ち出した。この方針に従い、16年に外国人技能実習制度が改正され、実習期間が最長3年から5年になり、対象職種に介護が加えられるなど、制度の拡充が進んだ。
さらに、20年の東京オリンピック・パラリンピック関連の建設需要に対応するため、15年から20年度までの時限的措置として、「外国人建設就労者受入事業」も実施されている。これは、建設分野の技能実習を満了した技能実習生が外国人建設労働者として最大3年間建設業務に従事できるというものだ。このように、外国人労働者を受け入れる日本の門戸は拡大している。
また、日本へ来る留学生は、週28時間までのアルバイトが認められており、長期休暇中は1日8時間まで働くことができる。黙って掛け持ちすれば、実際にはそれ以上の労働も可能だ。これは他国と比べるとかなり働きやすい条件で、日本への留学は「働きながら学べる」というイメージが強い。学業より労働を目的に日本にやって来る「留学生」も少なくないといわれる。
これまで日本での外国人労働力といえば中国人が大半を占め、留学生も中国人の割合が高かった。だが母国の順調な経済発展に伴って、日本へ働きに来る中国人の数は減少傾向にある。その穴を埋めるために期待されているのがベトナム人で、日本語学校や専門学校などはベトナムに積極的に営業をかけているという話も聞く。こうして両国の事情が重なった結果、ベトナム人労働者が増えているものと推察される。
■出稼ぎ国で、失踪率が高い理由
ただし、ベトナム人労働者には課題もある。そのひとつは失踪者の多さだ。17年には3751人のベトナム人技能実習生が日本国内で失踪した。その失踪率(在留者数に対する割合)は約3.6%で、全体の平均約2.8%を上回る。ベトナム人労働者の失踪率の高さは、韓国や台湾でも問題になっている。
失踪の理由は、職場環境や人間関係など、個別の諸事情もあるだろう。しかしより根本的には、送り出し国・ベトナムにおける派遣費用の問題が大きな要因であるとみられる。
ベトナム人が日本に技能実習生としてやって来る場合、彼らと日本企業をつなぐのは、現地の送り出し機関(仲介会社)だ。送り出し機関は、技能実習生候補を集めて予備的な選考を行い、日本企業との面接を設定したり、日本語の研修や、ビザ・航空券の手配などを行う。これら諸々のサービスに対し、労働者は高額の渡航前費用を支払っている。ほとんどの場合、これらの費用は借金で賄われ、100万円にも上る借金をする者もいる。
だが、晴れて日本にやって来て働き始めても、給料から住居費などが差し引かれ、期待したほど残業収入が得られなかったりすると、生活費をどんなに切り詰めたところで借金返済の目処が立たないということも起きる。技能実習生は受け入れ先企業を変更できないため、条件が合わないなどの不満があっても、転職してほかの企業を探すというわけにはいかない。よって雇用関係を結んだ企業のもとから失踪して、より高い収入が見込める仕事を探す者や、期間満了前に失踪し、不法滞在して働こうとする者が後を絶たない。また、賃金不払いや暴力など、日本企業側の不正行為も多く報告されていて、これも失踪の一因とされている。
技能実習生にしても留学生にしても、ベトナム人が中国人に取って代わりつつあるような状況だが、ベトナムの人口は9370万人。人口14億人近い中国に比べると、ベトナム国内における日本での労働経験者の割合は格段に大きくなる。彼らの日本での体験や日本に対する思いがベトナム社会へ与えるインパクトは大きく、国際関係にも影響を与えるだろう。
彼らに日本でよい経験をして帰ってもらうためには、日本側の努力が欠かせない。日本政府は、技能実習生の労働環境の監督を行うとともに、ベトナム政府に対しても送り出しプロセスの状況改善を求めるべきであるし、日本の受け入れ企業は優良な送り出し機関を選ぶべきである。
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日本貿易振興機構アジア経済研究所 研究員
1991年、東京大学卒業。96年、ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで比較政治学修士取得。国連開発計画ハノイ事務所などを経て、2001年よりアジア経済研究所勤務。専門はベトナム地域研究(政治・行政)。
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(日本貿易振興機構アジア経済研究所 研究員 石塚 二葉 構成=山田由佳 写真=iStock.com)