国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が7月24日から訪日し、ジャニーズ性加害問題を調査する。性加害の実態が明らかになる動きが加速化する中、同月15日には俳優の服部吉次さんらが70年前の性被害について証言した。7月17日にRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した音楽プロデューサー・松尾潔さんはこの勇気ある告発を、目を開き問題を直視するきっかけにしてほしいと訴えた。
俳優・服部吉次さんらが70年前の性被害を証言
2019年に亡くなったジャニーズ事務所創設者のジャニー喜多川氏が引き起こしたとされる性加害問題で、告発が相次いでいます。その最も新しい証言の一つが、7月15日に証言した78歳の俳優・服部吉次さんと友人の松崎基泰さんのものです。その内容というのが、70年前、服部さんが小学生の時の話で、これは衝撃的でした。 1953(昭和28)年に、ジャニー氏が作った少年野球団「東京ジャニーズ」のメンバー3人と服部吉次さんと松崎さんら3人、計6人で軽井沢にある服部家の別荘に泊まっていたときに、ジャニーさんが5人を次々に襲ったということです。 「5人もいて、抵抗できなかったのか?」という疑問を抱かれるかもしれません。でもそこには大人と子供、指導者と指導される者、あるいは世に出す人と出される人と言ってもいい、はっきりとした上下の関係性があったということですね。 服部吉次さんは、ジャニーズとも縁の深い、そして日本のポップミュージック界のレジェンド中のレジェンドである服部良一さんのご子息です。俳優で音楽活動もしています。彼のご兄弟には、私もお世話になったことがある音楽家の服部克久さんがいます。 服部克久さんの息子の隆之さんも、日本のポップミュージックにおけるオーケストラアレンジの第一人者ですね。ご親族にはほかにも、テレビのプロデューサーもいますし、私も親しくしている方もいます。まさに芸能界のサラブレッドといえるような方が、ジャニーさんに自宅で100回近く、繰り返し性的暴行を受けていたと証言しているのです。
「事務所は嵐が過ぎるのを待っているように見える」
ことの発端は日刊ゲンダイで2回にわたって掲載された告発です。それをもとに、改めて記者会見が開かれました。2時間半に及んだ会見の全貌は「Arc Times」というYouTubeチャンネルで見ることができます。 この会見はメッセージとしていろんなことを含んでいます。まずなんと言っても「なぜ78歳になった今になって告発するのか?」と思われるかもしれませんが、これは「ジャニーズ事務所の一連の対応に業を煮やした」というのが一番大きいようです。 「事務所はしたたかに表に出ずに、嵐が過ぎ去るのを待っているように見える」と。「国が調査しても、対応しなければこの問題が片付かない。だから社会全体の問題として真剣に考えてほしい」と服部さんは話しています。 実際、松野官房長官は記者会見で「これは刑事事件ではない」という理由で、国として掘り下げる姿勢は見せていません。
弱き者たちの心理に立つべき
政府が「刑事事件ではない」と関わろうとせず、世間からは「証拠を出せ」という声も聞こえてきます。しかし、児童虐待の場合、被害の証拠を持っていることの方がレアケースだということに、冷静に気づいてほしいですね。「上位に立つ者の理屈」でものを語るのはいかがなものかと私は思います。 あと「相手は亡くなっていますよ」と言う人が必ず出てくるんですが、存命中には呪縛で言えなかったという、弱き者たちの心理に立って想像する、そういうエンパシー(共感)が必要ではないでしょうか。 「法律にのっとって証拠を出せ」と訴える人にも言いたい。そもそも今の法律が100%完璧なのでしょうか? 法律というものは永遠に微調整を加えていく必要がある、そういう集合知です。だからこそ立法府で法律にいろいろ改正も加えているわけです。法律には常に変える余地があるととらえておく必要があると思いますね。
「『才能があるから仕方ない』は大間違い」
服部さんの会見の中で印象的な言葉があります。 “あの時の異常な様子は忘れられない。彼は非常な合理主義者で使える特権を手にし、自由に処理したかった。(ジャニー氏を)ある種の星の下に産まれた天才という人もいるが、『才能があるから仕方ない』は大間違い。悪いことは悪い。” 確かに、ジャニーさんが芸能界で天才として扱われてきたことは、国民の常識のようになっているかもしれません。しかしだからこそ、うやむやになってしまってきたということを踏まえて「『才能があるから仕方ない』は大間違い」だと言っているのです。 これは芸能界に限ったことではないと思います。スポーツ、あるいは宗教の場においても、やっぱり「指導する人、される人」「世に送り出す人、送り出される人」という、立場がはっきりしている場では起こりやすいことなのかもしれません。残念なことですが。 でも、そういう特別な世界だからといって、子供たちへの虐待を免責していいはずはありません。「ジャニーさんは天才だから。私は尊敬しています」という考え方は、免責に加担しているということを猛烈に自覚すべきです。 とくに、エンタメの世界の責任ある立場の人たちが、ジャニーさんを「天才、天才」と褒めそやすのは、断言はしませんが、彼が行ったかもしれない、これほど多くの告発者が出た限りなく可能性が高い悪行に対して、ウォッシュをかける、つまり漂白してしまうんです。
勇気ある告発を、目を開けるきっかけに
改めて自身の立場をはっきりしておくと、私は(別の事務所のアーティストにくらべて)特別多い方とは言えませんが、ジャニーズのアイドルにも何度か楽曲提供したことがありますし、ここ数年はジャニーズ所属タレントの冠番組から依頼を受けて出演することもあります。 そんな立場にありながら、今まではよく知らなかったこと、知ろうとしてこなかったことに対し、強く恥じる気持ちがあるんです。その悔恨の思いがあるからこそ、繰り返しこの問題についてコメントを続けています。 私にとって、そのきっかけは英BBCで放送された番組『J-POPの捕食者』でした。大きなショックを受けました。でも、この番組を見ていない人もいるでしょうし、今回の服部吉次さんの勇気ある告発がきっかけになったという人もいるでしょう。目を開いてください。特別な世界だからといって、子供への虐待を免責するようなことは、ぜひやめていただきたい。
知名度のある人こそソーシャルアクションを
7月1日にツイートして以来、名前は出しませんが、事務所の方、メディアの方、ビッグネームのアーティストなどからもたくさん支援のメッセージをいただいています。なかには、私に物品の差し入れをしてくださる方もいます。 でもほとんどの方は「自分は表立って何もできないけどね」と一言おっしゃる。そう言うしかない現実が、この業界には確実にあるんです。じゃあなぜ私はこうやって繰り返し発言しているかというと、その慣習に従ったり、黙って通り過ぎたりすることに対して、嫌悪感を抱くセンサーがほんの少しだけ敏感なんだと思います。そのセンサーだって、今年3月のBBCの番組までは反応していませんでした。 やっぱり知名度のある方に特に呼びかけたいです。「知名度の平和的な利用」というか、有効活用であるソーシャルアクションを起こしてください。そこに及んでこそ、真の意味での「尊敬される」アーティストだという風潮になることを願っています。