コンビ二界の王者であるセブンイレブンに「異変」が起きています。
セブンアンドアイHDの発表によれば今年上半期のセブンイレブンの既存店売上高がコロナ前を上回ったそうですが、じつはそのウラで、顧客数はマイナス11.0%と1割以上減っていたのです。
いまコンビニをめぐって「お客」の姿が大きく変わってきていることを気が付いている人はどれくらいいるでしょうか。
いったいいま何が起きているのか。そして、その変化は何を意味しているのか――。その最前線をレポートします。
セブンイレブンに「異変」あり photo/gettyiamges
コンビニは「富裕層」のもの…?
リーマンショックの後、デフレ経済で低所得層が増加していく中で、「いずれコンビニを使うことができるのは中流層か富裕層だけになる」という予測がありました。
今回の数字はそれを裏付けているようにもとれる数字ですが、実態はもう少し複雑です。
アフターコロナのコンビニの売上を支えているのは3種類の違ったひとたちです。
それぞれが違う理由でコンビニを利用し、それぞれが違う日本経済への不満を感じ、それぞれが異なる購買行動をとることで全体としてコンビニを支えています。
1億総中流の「コンビニ」の時代は終わった…!
20世紀のように1億総中流が「便利だからちょっと高くてもちょうどいい」といってコンビニエンスストアを使う時代は終わりつつあります。
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令和のコンビニ事情から垣間見られる日本経済について考えてみましょう。
コンビニから見えてくる日本経済の行方 Photo/gettyimages
では令和の現在、コンビニを利用する日本人はどのような人たちなのでしょう。典型的には次の3種類の顧客層がコンビニをよく利用する層といえそうです。
1. 惰性で利用するひとたち
2. 手に届く贅沢を楽しむ中流のひとたち
3. 買い物難民としての高齢者たち
ちなみに減ってしまった1割の顧客層は経済の変化に過敏な顧客層でしょう。
コンビニから「消えた」のはこんな人たち
簡単に言えば、「ガソリン代、電気代からインスタントラーメンまでこんなに値段が上がっているのだから生活スタイルを変えなくては。コンビニよりもドラッグストアやスーパーの方が同じ商品が安く買えるのだから買う場所を変えよう」と言うような行動をとるひとです。
この行動は所得が多いか少ないかとは関係なく幅広い層で起きます。
たとえば私は経済評論家なのでついつい経済合理的な行動をとってしまう傾向があります。コンビニは仕事柄毎日のように売り場を覗くのですが、手ぶらで出てくる日が多い。一か月でコンビニで使うお金は2000円ぐらいだと思います。私は間違いなくコンビニから消えた1割の顧客層のひとりです。
筆者もコンビニから消えた層のひとり・・・Photo/gettyimages
とにかくコンビニに行くひとたち
ではコンビニに残ったのはどのような層でしょう。ひとつずつ順に見ていきましょう。まず最初の「惰性で利用するひとたち」とは私の逆で、経済合理性では行動しない人たちです。
たとえば習慣としてお昼はコンビニで弁当を買う。缶コーヒーも自動販売機かコンビニで買って飲む。家に帰る前にコンビニでビールとポテトチップスを買って帰る。そんな生活を10年以上変えていないひとたちは、コロナ禍があっても、ウクライナ侵攻があってもコンビニを使う日々は変わりません。
ところでこの記事のすべての読者の皆さんに一度やってみたら面白いと思うことがあるのですが、ぜひ一か月のコンビニのレシートを取っておいて合計してみてください。
私は20代の頃にこれをやってみたところコンビニで使った金額が5万円を超えていて驚いたことがあります。当時、勤務先の近所にはコンビニがなかったのでお昼の弁当とか午後の缶コーヒー代とか抜きでこの金額でした。
このように惰性でコンビニを使う層はコンビニの収益を支えます。
さて、このような惰性でコンビニを使う層がいるから、コンビニはどんどん単価を上げても大丈夫だろうというのは素人考えです。
実はコンビニはこのような惰性層が価格の変化に敏感にならなくてもいいように商品を構成しています。
たとえば冒頭で話題にしたように日清のカップヌードルは大手コンビニの店頭で231円(税込、以下同じ)で売られていますが、同じカップ麺の棚で最安値近辺のものを探すと、セブンイレブンの場合はセブンプレミアムの醤油ヌードルを138円で買うことができます。
おにぎりの場合でも高くて美味しそうなプレミアム価格のおにぎりもたくさんありますが、相変わらず120円前後で買えるおにぎりも用意されています。
レトルトカレーも「金のビーフカレー」あたりだと473円もする商品もある中で、セブンプレミアムのボンカレーと同等品のカレーは105円とかなりお値ごろです。
スナック菓子も108円の自社開発商品が幅広い品ぞろえで置いてあるのでわざわざ高いお菓子を買う必要はありません。
コンビニには財布がさみしくなっても買えるモノがある Photo/gettyimages
結局のところ給料日前のお金が減ってきた時期でもコンビニで買うことができないという状態には絶対にならないように商品が構成されています。
一方でこの惰性層は、値段を厳密に比較したりはしない傾向があります。
250円とか400円の商品があった場合、それが相場と比較して高いのか安いのかでは判断せずに、買えるか買えないかで判断します。ですから給料日後はコンビニにとってよいお客さんになる。
こういった購買行動を想定して商品を揃えている。ここがコンビニの最初の強みです。
「プレミアム」という魔法の言葉
次に、手に届く贅沢を楽しむ中流のひとたちというふたつめの客層を眺めてみましょう。
一億総中流が崩れて所得格差が広まったとはいえ、人口ベースで最大の層はあいかわらず中流層です。当然、この層はコンビニにとっても最大の利用者層なのですがこの中流の消費のキーワードが、客層のキーワードとして使った「手に届く贅沢」という言葉です。
私が最初にこの言葉を聞いたのは1990年代の初め、まだ日本にスタバが上陸する前のことでした。当時所属していたコンサルティングファームのグローバルトレーニングで、「スターバックスというコーヒーチェーンがアメリカのコーヒー業界を変え始めている」というレクチャーを受けた際に、講師が口にしたのがこの言葉でした。
手に届く贅沢を提供したスターバックスコーヒー Photo/gettyimages
要するに、それまでアメリカでは1杯50セントの薄くてまずいアメリカンコーヒーしか売られていなかったところにスタバが出現してブームになっていたのですが、その当時のアメリカのアナリストはアメリカ市場で高いコーヒーが売れるとは誰も考えてませんでした。
ところが日本よりも先に所得格差が広がったアメリカでは「手に届く贅沢」が新しい消費トレンドになり、その象徴としてスタバがケーススタディに取り上げられたというわけです。
日本でもスタバ上陸後、「100%アラビカ種のコーヒー豆を使った濃いコーヒー」を250円ぐらいの価格で買うというのが手に届く贅沢の象徴のような消費スタイルとして定着するのですが、そのトレンドをコンビニはカフェ商品としてそのまま取り込みます。
それだけではなくこのトレンドを多くの商品ラインに広げ、辛抱強く長年に亘って育て磨いてきたのが日本のコンビニといっていいと思います。
たとえばケーキのようなデザートは以前は特別な日にケーキ屋さんで買うものでしたが、現在ではコンビニで本格的なケーキ店とそん色ない品質のスイーツが売られています。
「今日は仕事、頑張っちゃったな」
そんな日に酒飲みの人がビールを買って帰るように、主に下戸のビジネスパーソンは、コンビニのプレミアムスイーツを自分のご褒美に買って帰るようになりました。
セブンイレブンのPB商品であるセブンプレミアムは、気づいていない方も多いかもしれませんがラベルの色が違う5種類のロゴの商品に分かれています。
その中でもこの層に人気なのが金色のラベルのセブンプレミアムゴールドです。私の周囲でも「金のビーフシチューは本当に大好き」とか「金の蟹トマトクリームは専門のイタリア料理店に負けない」といったファン層の声をよく聞きます。
「ぜいたく」の絶妙な演出
これは経済評論家としての私の観察からの経験則のようなものですが、セブンイレブンはこのような手に届く贅沢の商品について「通常の商品の1.67倍までの価格なら売れる」と判断しているように見えます。
たとえば冷凍パスタで普通のボロネーゼが279円で、金のプレミアムが430円だとか、レトルトカレーで通常のビーフカレーが289円で、金のビーフカレーが473円なのですが、それくらいの価格差は「今日は手に届く贅沢を楽しもう」と思う人にとってちょうどいい価格なのです。
「今日は手に届く」プチ贅沢商品がコンビニにはそろっている Photo/gettyimages
重要なことはその1.67倍以内の価格でどれだけプレミアム感を出せるかなのですが、ここがコンビニの中でもセブンイレブンが非常にうまいところで、絶妙な贅沢感がある商品を開発して、それを金色のロゴに認定しています。
要するにコンビニには現在、3つの価格帯の商品が混在して売られています。
低所得層が気にせずに買うことができる安い商品(カップ麺ならPB品の127円)と、通常の価格帯の商品(例:日清カップヌードル231円)、そして手に届く贅沢品としてそれよりも高い商品(例:ラーメンの名店とコラボした特別なカップ麺、300円前後)という3種類の商品がコンビニの棚に並んでいるのです。
こうした細かい商品政策で経済性に敏感な一割の顧客層がコンビニを離れた後でも、コンビニエンスストアは客単価を上げることで売上を維持できているわけです。
買い物難民とコンビニ
さて、それとは別にもうひとつ違う軸でコンビニを利用する3番目の顧客層がいます。それが買い物難民としての高齢者たちです。
人生百年と政府がいうように、周囲の大人たちの大半は後期高齢者になってしまいました。私のまわりではみんなそこそこ元気なのはよいことですが、話を聞いてみるとやはり生活の中でも買い物が大きな課題になっているといいます。
そして皆が口をそろえて言うのが、日常生活の買い物のかなりの部分をコンビニを往復することに負っているというのです。
肉や魚、野菜などはスーパーに買いに行くのですが、一日一回、スーパーに出かけるのも一苦労なうえに、昔のように必要なものをすべて買ったら一度に持ち帰ることができない。結果として、コンビニで買えないものだけを主にスーパーで買って、残りは別の時間帯にコンビニに買い足しに行くのだといいます。
いつもそこにある「安心」も提供している Photo/gettyimages
地域的な買い物難民もいます。私の実家は愛知県でも車がないと生活できない場所にあります。電車は一時間に一本しか走っていない、そんな場所です。そこに住んでいると若い人でも同じような買い物スタイルになります。
大きなスーパーは車で40分、往復1時間以上かけないと行けないのでまとまった買い物は週に1~2回しか行きません。それ以外の日常の買い物はすべてコンビニで済まします。なぜならコンビニならそのような土地でも片道10分ぐらいのところに必ず一軒はあるからです。
幸いにして買い物弱者であるそのようなひとたちから見ても、今のコンビニは安いものから高級品まで自分が必要とする価格帯の商品が揃っている。だから便利に使うことができるというわけです。
それぞれの階層のためのコンビニ
さて、話をまとめましょう。
アフターコロナ経済でコンビニエンスストアの業績もようやくコロナ禍前の水準に戻ってきました。ところがこの間、日本人の階層化はさらに進んだ様子です。
コンビニは商品構成を変化させることで、それらのうち3つの層をうまく取り込んで成功しています。そしてコンビニの品揃えの変化から、これら3つの異なる消費者層にとっての日本経済がとてもよくわかるという話なのでした。
さらに連載記事『日本で、ついに「働かない人」が急増へ…! 日本経済に起きる「ヤバすぎる現実」と、生き残るための「意外なヒント」を見つけた…!』では、いまそんな日本経済に起きている“意外な異変”についてレポートしましょう。