「わかる気がする」「推しが何してもカッコいいと思うあの現象か」――。そんな声が寄せられたのは「蛇化現象」というワードだ。2023年6月初旬にSNS上で話題になり、ツイッターではトレンド入りするなど、多くの人が関心を示した。
「蛇化現象」とは、フォロワー12万人のクリエイター「こちゃもちゃ」カップルが4月5日にTikTokで使ったことで若い世代を中心に広く知られるようになった言葉だ。「あばたもえくぼ」「恋は盲目」と同様の意味で使い、好きな人の失敗やダサい姿を受け入れ、どんな行動でも良く思える心理のことを指すという。
このワードが注目を浴びているのは、どのような社会的背景があるのか。『「人それぞれ」がさみしい――「やさしく・冷たい」人間関係を考える』(ちくまプリマー新書)や『「友だち」から自由になる』(光文社新書)の著書がある社会学者・石田光規教授に詳しい話を聞いた。
「蛇化現象」って何…?(写真はイメージです)
「恋人のカッコ悪い部分も丸呑みして受け止めるくらい好きという意味を込めました」
「蛇化現象」がツイッターでトレンド入りしたのは6月7日。Z総研が6月5日に発表した「Z総研2023年上半期トレンドランキング」で、Z世代12万人に聞いた「ネクストトレンド予想」に入っている言葉だ。
流行った言葉1位になった「蛙化現象」とは反対の意味となっている。「蛙化現象」は現在本来の意味とは異なる使われ方が広がっており、好きな人の失敗、ダサい姿など嫌な面を見たときに急に相手に幻滅し「冷めてしまう」意味で使われている。
「蛇化現象」というワードはどのようにして誕生したのか。この言葉を広めたカップル「こちゃもちゃ」はJ-CASTニュースの取材に、由来を次のように明かす。
「蛇はなんでも丸呑みするイメージがありましたので、恋人のどんなにカッコ悪い部分も丸呑みして受け止めてあげるくらい好き、という意味を込めました!
あとは単純に、蛇は蛙を餌としている為、『蛙化』というマイナスなイメージを食べてくれる『蛇化』というニュアンスで蛇を使わせて頂きました」「本来の自分を出しても好きになってくれる人はいるんだよという事を伝えたい」
こちゃもちゃカップルに「蛇化現象」を思いついたきっかけ、背景を問うと
「僕たちは蛙化という言葉にずっと疑問を感じておりました。相手のことが本気で好きなら、どんなにカッコ悪い所やダサい行動をとってしまっても、冷めたりなんてしないと思っておりました。蛙化ということ自体は、本当にある現象だと思います。憧れだった人が何かダサい事をしてしまったら少し冷めてしまうというのはあることだと思います。ただ最近の蛙化現象の使い方として、ダサい事やカッコ悪い事をしただけで、蛙化と言われているなと感じ、なんでも蛙化と言われてしまい、本来の自分を出せる人が減ってしまう恐れがあるなと思いました」
と明かした。続けて
「そのため、僕たちカップルは蛙化とは真逆でしたので、逆バージョンを作成して、本来の自分を出しても好きになってくれる人はいるんだよという事を伝えたいと思ったのがきっかけです!」
と答えた。
こちゃもちゃカップルの「蛇化現象」の印象的なエピソードとしては
「とても恥ずかしい事ではありますが、僕はよく鼻毛が出ている事があるんです(笑)その他にも歯に海苔がついていたり、でもその時に彼女は『可愛い!』と言ってくれます。あとは変な歩き方をしたり、小さな虫と格闘してると『凄い!もう一回やって!』と言います。彼女もちょっと変なんですが(笑)」
と伝える。
「蛇化現象」を広めた当事者として、「蛇化現象」が「ネクストトレンドランク」入りしたことについて感想を尋ねると
「今SNSを開けば『蛇化現象』というワードがよく出てくるので、まさかここまで流行るとは思っていませんでした。是非いつかは辞典に載ってほしいですね笑」
と話した。
「蛙化現象」は今の恋人・友人関係のあり方を象徴している
「蛇化現象」が台頭したのには、どのような社会的背景があるのか。先に広まっていた「蛙化現象」と何か関係があるのか。早稲田大学文学学術院文化構想学部・石田光規教授は、「『蛇化現象』は『蛙化現象』が注目されて使われるようになったからこそ出てきた言葉ではないかと思います」と述べる。
「蛇化現象」は「恋愛にありがち」だとし、それ単体で見ると実は珍しい現象ではないという。
「蛇化現象」という名前自体が珍しく、蛙と蛇で対比しやすいからこそSNSで流行ったと石田教授は推測する。「蛙化現象」こそ注目すべき心理で、今時の若い世代の恋人関係、友人関係のあり方を象徴的に表しているという。
石田教授は、かつて友人関係は喧嘩を繰り返しながら強い関係を築いていくものであったが、2000年代に入ってからは関係が壊れやすくなったため、友人だからこそ悪い部分・暗い部分を見せられず、喧嘩もできなくなった傾向があるとする。
「今の友人関係は自分の価値を保ち続けないと仲間の輪から外されてしまうという不安があり、それを恋愛関係に当てはめると『蛙化現象』になります。どこかで自分の落ち度を見せたら冷められてしまうのではないかとなるわけです」
今の40代、50代の人にとっては「蛇化現象」で起きていることは馴染み深いとし、反対に「蛙化現象」については交際前によく見定めるため、交際段階までいったら些細なことでは冷めなかったと石田教授は指摘する。
「欠点を見ながらじっくりと人間関係を育んでいくこと自体が、今の若い人にとっては新鮮なのかなと思います」
若い世代の恋愛関係や友人関係のあり方が変化している理由として、石田教授は次のように述べる。
「1つ影響しているかもしれないと思うのは、友達関係でも恋愛関係でも今はマッチングアプリで出会うことが増えています」
「(今の人は)じっくりと関係を育てていって、友達になる、あるいは交際するということがなくて、ダイレクトで交際してしまう。その後に確かめるとなると、粗が見えたら突然別れるということになります」
石田教授は、同じコミュニティで過ごす中でじっくり相手のことを見ながら自分と相性が合う人を探して、友達や恋人になれば粗は初めから見えるはずだと指摘する。
「Z世代が『蛇化現象』に反応したのは、逆に言えば『蛙化』的な付き合い方をしているということでもあるのかもしれません」
石田教授は「蛇化現象」の台頭について「欠点を見ながらじっくりと人間関係を育んでいくこと自体が、今の若い人にとっては新鮮なのかなと思います」と話す。
マッチングアプリの台頭により、人と人の繋がり方自体が変わっていると指摘し「欠点を見ていく中で交際するというよりも、交際してからこんな欠点があったんだと受け入れながら付き合うのか、それとも、欠点があるから突然ダメだと『蛙化』の方に行ってしまうのか」と関係性の築き方も変容していると指摘する。
「我々が一般的だと思っているようなものが新鮮になり、かつその文脈自体も変わる可能性があります」
と分析した。