「消費者に購入を促す時代は終焉を迎えようとしている」。ジャーナリスト・雨宮寛二氏による話題の書籍『 サブスクリプション 製品から顧客中心のビジネスモデルへ 』(角川新書)の一部を特別公開!
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公共料金や新聞・雑誌などのレガシー・サブスクからスタートしたサブスクは、インターネットの商用化と共に、映像や音楽ストリーミングなどのサブスク・コマースへとその領域を広げてきました。今では、アパレルや美容、食品など次々と新たなサブスクが生まれ、人々の生活や暮らしに浸透しつつあります。所有から利用への移行という潮流は今後、あらゆる分野のモノやサービスを飲み込んで、サブスク化していくことになるでしょう。
それでは、最近どのような製品やサービス、コンテンツがサブスクを取り入れているのか見ていくことにしましょう。サブスクはさまざまなモノに取り入れられていますが、そのひとつが自動車業界です。この業界における技術の進歩は目覚ましく、ガソリン車やディーゼル車から始まり、ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車、そして、自動運転車へと開発が進みつつあります。それゆえ、現在、自動車業界は、過度期にあると言えるでしょう。
そうした中で、日本では、トヨタが大手自動車メーカーの中でいち早くサブスクを導入する意向を打ち出し、従来モデルの自動車単品売りであるアラカルトから「自動車のサービス化」の流れを創り出そうとしています。
トヨタの定額制乗り放題サービス「KINTO」
2019年2月にトヨタは、定額制乗り放題サービスである「KINTO」を開始しました。開始したのはトライアルという位置付けですが、既に、100%子会社のトヨタファイナンシャルサービスと、住友商事グループの住友三井オートサービスの出資のもと、新会社「KINTO」を設立していることから、本格的にサービスを展開する体制を整えていると言えます。
KINTOは、孫悟空が操る筋斗雲のように必要な時に車に乗り、利用シーンに合わせて車を乗り換え、不要になったら返却するというコンセプトをイメージした名称で、利用者がもっと気楽に楽しくクルマと付き合っていける新しいクルマの持ち方を提案しています。
料金プランは「ハイエンド」と「ローエンド」の2種類
KINTOには、3年間で1台のトヨタブランド車に乗れる「KINTO ONE」と3年間で6種類のレクサスブランド車を乗り継げる「KINTO SELECT」の2種類のサービスがあります。どちらのサービスも、月額料金に車両代、任意保険の支払いや自動車税、登録諸費用、車両の定期メンテナンス(KINTO ONEのみ)がパッケージ化された月額定額サービスになっています(表1)。
この2種類の料金プランは、ハイエンドとローエンドのそれぞれの市場をターゲットにしていますが、これは、既にサブスクを開始している欧米の大手自動車メーカーの料金プランを踏襲していると言えます(表2)。ハイエンドモデルは、フォードやボルボが、また、ローエンドモデルは、GM、ポルシェ、BMW、メルセデス・ベンツがそれぞれ取り入れています。
欧州ではGMがいち早くサービスを開始
欧米の自動車業界では、2017年から米国やドイツの大手自動車メーカーがサブスクを提供し始めています。中でも、いち早く乗り出したのがGMです(表2)。2017年1月に、高級車ブランドであるキャデラックの最新モデルを定額料金で利用できる「ブック・バイ・キャデラック」を開始しました。
料金は、月額1800ドルで、車両登録料、税金、保険料、メンテナンス、修理、24時間対応の緊急サポートなどが含まれます。自動車所有に付き物のエンジンオイルの交換や修理を手配する必要がなく、これらのコストを省けるシステムになっています。このシステムは今では、後続の競合メーカーがサブスクを開始する際のベンチマークとなっています。
1800ドルという月額料金は、キャデラックの各種モデルのリース料金の概ね2倍になっています。この点について、GMのブランドマーケティング・ディレクターであるメロディー・リー氏は、「財務に関する詳細な分析を行い、幾つものモデルを検討した上での決定だ」と述べています。
1ヶ月当たり2000マイルを超えると追加料金が発生
月額料金で走行できる距離は、1ヶ月当たり2000マイル(約3200キロメートル)で、それを超える場合には追加料金が課せられます。対象車種は、スポーツ用多目的車(SUV)やプラグインハイブリッド車(PHV)、高性能スポーツカーなど5車種の最新車で、車両交換は最多で年間18回まで可能です。利用者は、余暇や用事などのニーズに応じて、自動車を乗り分けることができるようになっています。
所有とシェアとの間にある“空白”部分を狙う
GMが、競合他社に先駆けてサブスクを展開したのはなぜでしょうか。リー氏は、その理由を「私たちは、従来型の所有モデル(購入やリース)とウーバーやリフトが提供するようなライドシェアやカーシェアとの間に“空白”の部分があることに気付いた」と前置きした上で、従来型の所有モデルとブック・バイ・キャデラックとの棲み分けについて、
「(ブック・バイ・キャデラックは)キャデラックがこれまで行ってきたことに取って代わろうとするものではなく、それらを補完するものだ。高級品市場ではX世代とY世代のどちらにも“所有すること”に対しての考え方の変化が見られる。何かを持つことよりも、経験することを重視するようになっているのだ。自動車に対しても望むものが変化している。(ブック・バイ・キャデラックは)無形資産ではあるが、そこには機会費用が含まれている。利用者は時間を節約すると同時に、柔軟性を手に入れることができるのだ」と説明しています。
さらに、リー氏は、ブック・バイ・キャデラックの戦略的イニシアティブについて、「X世代とY世代へのリーチの拡大」と「次世代の消費者とブランド間の親和性の構築」の2つを挙げています。
ターゲットはミレニアル世代
米国では、1960年代から1970年代生まれが「X世代」と名付けられたことが嚆矢となり、その後の1980年代から2000年代初頭生まれが「Y世代」、それ以降の生まれが「Z世代」と呼ばれています。Y世代は「ミレニアル世代」とも呼ばれ、インターネットに親しんで成長したことから、他の世代とは嗜好性が大きく異なると考えられ、過去に例を見ないほどにマーケティング調査の対象にされています。GMとしては、こうしたミレニアル世代を含めた30代から50代までの年齢層にサブスクの潜在利用の可能性を見ているのです。
GMは、ブック・バイ・キャデラックを当初ニューヨークのみで展開していましたが、2017年11月から、ロサンゼルスやテキサス州ダラスでも開始して、利用可能地域を拡充しています。
ポルシェの乗り放題サービスは月額2000ドルから
このGMの動きに倣うかのように、大手自動車メーカーが続々とサブスクを開始しています(表2)。2017年の5月には「フォード・パス」、10月には「ケア・バイ・ボルボ」、11月には「ポルシェ・パスポート」、2018年の4月には「アクセス・バイ・BMW」、6月には「メルセデス・ベンツ・コレクション」と高級車を乗り換え放題で利用できるサービスが定額で利用できるようになりました。
世界的に人気の高い高級車メーカーであるポルシェが開始した「ポルシェ・パスポート」は、自動車のサブスクを提供するクラッチテクノロジーズ社との提携により実現した試験プログラムで、ジョージア州アトランタでサービスが始まっています。
ポルシェ・パスポートでは、月額2000ドルで4シリーズから8車種を利用できる「ローンチ」、月額3000ドルで7シリーズから最多の22車種を利用できる「アクセレレート」の2つのプランを設けています。どちらのプランも、月額料金で走行できる距離に制限はなく、乗り放題のサービスになっていて、その内容は、GMのブック・バイ・キャデラックとほぼ同じものになっています。
日本では、トヨタのような自動車メーカーの他にも、自動車買い取り・販売大手のガリバーを運営しているIDOMが、2016年から「ノレル(NOREL)」というサービス名称で定額乗り放題サービスを開始しています。2018年には、カルモやスマートドライブカーズなどの定額制サービスが次々と開始されています。こうしたメーカー以外のサブスクは、自動車メーカーが提供するサービスと基本的には同じ内容になっています。
レンタカーやカーリースとは何が違うのか?
かつて、「自動車は購入するモノ」という概念が一般的でした。車の買い替えの平均サイクルは8・8年で、購入したら次の車を買うまで乗り続けるというのが通常の消費スタイルでした。購入する以外のサービスでは、数日という短期間で利用するレンタカーと、一般的に5年から9年ほどの期間で利用するカーリースの2つのサービスがありました。両者の中間に位置するようなサービスが無かったことから、サブスクは、それを埋めるサービスとして位置付けることができます。
レンタカーのメリットは短期間から借りられる点ですが、借りるには予約が必要であり、その都度車を取りに店舗に行かなければなりません。休日には空きが無く予約できない場合もあり、頻繁に利用する場合には、その度に費用がかかります。
カーリースのメリットは、頭金無しで毎月定額料金を支払えば、新車をマイカーとして長期間利用できる点にありますが、契約期間中は車の乗り換えができないため、気に入った車種がリリースされても、車を柔軟に変更することができません。また、月の走行距離制限が設けられていることが多いため、超過すると追加費用が発生する場合もあります。
誰もが自動車のサブスクを活用する時代が来る
サブスクは、両者の好いとこどりを狙ったサービスと言えます。サブスクであれば、頭金や初期費用はかかりませんし、月々の定額料金には、保険料や税金、車検、メンテナンス費用などが含まれるため、生活の見通しが立て易くなります。また、店舗にわざわざ出向く必要もなく、申し込みはオンラインで簡単にできます。さらに、契約期間中には、複数の車を乗り換えることができ、走行距離制限も事業者によっては設けられていないので、自由度が高いと言えます。
ウーバーが自動車業界に持ち込んだカーシェアやライドシェアの事業モデルに加え、所有から利用という消費行動の変化も、既存の自動車メーカーにビジネスモデルの見直しを迫るものでした。自動車業界にも新たな変革の波が次々と押し寄せてきているのです。
元来、自動車業界では、メーカーごとに開発、購買、製造、販売までの一連の機能を備えた長いバリューチェーンを持っていました。とりわけ、生産技術の高度化やコスト削減が利く購買や製造部門に強みがありましたが、系列やハード依存の収益構造には限界があり、これまでのビジネスモデルは通用しなくなりつつあります。消費行動の変化に加え、自動車業界の競争環境もまた変化しているのです。
自動車業界でのサブスク導入の動きは、付加価値の高い競争領域が、これまでの購買や製造部門から利用に関わるサービス部門へとシフトしていることを示すものです。既に世界の多くのテクノロジー企業やスタートアップが、将来の自動運転車を見据えて参入していますが、こうした付加価値の高い領域を狙って、継続的な収益を獲得する動きは今後益々激化することが予想されます。将来的に、AIによる自動運転車が当たり前の時代になれば、誰もが自動車を所有せずに、シェアリング・サービスとしてサブスクを活用することになるでしょう。