自粛要請が続く中、営業を続ける飲食店や感染者へのバッシングが後を絶たない。ドイツ出身のコラムニスト、サンドラ・ヘフェリンさんは「自粛は強制ではないものの、人々が相互に監視をしている息苦しい社会になっている。楽しそうにしている隣人に怒りを向けるというのはおかしい」という——。
市民がほかの市民の監視役と化したニッポン
新型コロナウイルスの収束が見込めず緊急事態宣言が延長されたニッポン。緊急事態といえども、ヨーロッパの国々のように街や地域を封鎖する「ロックダウン」は日本の法律では不可能です。そのため政府は国民に「外出の自粛」を「要請」し、世間では自粛ムードが広がっています。
新型コロナウイルスの感染力が高いことを考えると、一人ひとりが自分の行動に責任を持ち、なるべく外に出ないようにすることが最も望ましいです。しかし自分の行動だけではなく、他人の行動に過剰なまでの興味を持ち文句を言う「コロナ自警団」や「自粛ポリス」が各地で話題になっています。
共同通信によると、民間の施設を対象に休業を要請していた大阪府では府のコールセンターに対し「どこそこの店が営業している」などの通報が4月20日までに500件以上もありました(※1)。また外で遊ぶ子供をターゲットにした嫌がらせや通報が相次いだこともあり、今年の「こどもの日」は子供達の歓声が聞かれない静かな日となってしまいました(※2)。
市民がほかの市民の監視役と化してしまった今のニッポンの現状について考えてみたいと思います。
※1「営業してると通報500件、大阪」
※2「公園でサッカー」「店が営業」 住民イライラ、警察通報相次ぐ
休業と補償はセットのはず ドイツの場合
営業を続けている店が直接嫌がらせをされるケースも増え、メディアでも話題になっています。夜間など店が開いていない時間帯にシャッターに誹謗中傷の紙が貼りつけられるなどこの手の話には枚挙にいとまがありません。
しかし国は飲食店などに対して休業を要請はしているものの強制はしていないことから、「営業を続けていくか」という最終的な判断は経営者に委ねられるべきです。休業に応じたくても、営業をしていかなければ資金面で立ち行かなくなってしまう場合もあります。
そして、言うまでもなくコロナのこのご時世では「資金繰りに困る」ことは経営者の自己責任だとは言えません。国が店などに対して「要請」という形ではあれ、休業をすることを期待するのなら、補償金が早く行き渡るようにする必要がありました。
たとえばドイツでは、従業員10人以下の事業所には3カ月で最大約180万円、従業員5人以下の事業所には最大約107万円を給付しており既に給付金を受け取っている人も多くいます。
またこちらは新型コロナウイルスの蔓延前からある既存の制度ですが、ドイツには短時間労働給付金制度というものがあり、これは雇用者が労働者に対して、①「労働時間の短縮」を求め、②労働時間減少による給与減少分の一部について政府が補償する、というものです。
従来の制度では「従業員数の3分の1に労働時間短縮を適用する場合」を適用の条件としていましたが、コロナ禍においては「従業員の10%に適用する場合」に引き下げて適用しました。
ドイツの連邦雇用庁が、労働時間の短縮によって生じる賃金喪失分の60%(子供がいる場合は67%)を手当し、社会保険も同庁が全額補償をし、結果的に倒産や解雇を防ぐことができるわけです。ニッポンの「コロナ自警団」は営業する市民に嫌がらせをする前に政府に対して早急な補償を強く求める気骨さがほしいところです。
友達同士でも監視⁉
批判の矛先は有名人を含む個人にも向けられています。NHKのアナウンサーである桑子真帆さんがある男性とデートをしたところ、それを写真週刊誌に撮られてしまいました。平時であれば「熱愛発覚」という報道で済んだところですが、自粛ムードが広がっている今は「デート中に桑子アナがマスクをしていなかったこと」にスポットが当たってしまい非難の対象となりました(※3)。
※3 NHK桑子アナ、コロナ自粛下で“ノーマスク”デート&お泊り熱愛が波紋…処遇問題に発展か
個人的には、いくらテレビに出ているとはいえ、会社員である人のプライベートを本人の了解なしに撮ることは問題だと思います。
また法律でマスク着用が義務付けられているドイツやオーストリアとは違い、日本でのマスク着用は義務ではなく、あくまでも呼びかけのうえ行われているものです。ところが同調圧力が強い日本では、テレビに出ている人がマスクなしで恋人と道を歩いていた、というだけで非難されてしまいます。
一般の人のあいだでも人間関係がギスギスしています。私の知人の日本人女性はあるSNSに友達限定で娘と一緒に撮った写真をアップしたところ、「え? 外出しているのに、マスクしていないの?」とママ友から注意されたといいます。
実際には写真を撮ったのは自宅の庭先だったのですが、自らもストレスフルな毎日をおくるなかで反論する気も失せてしまったとのことです。
私自身、普段はSNSなどで割と気軽に写真を載せるのですが、先日ベランダで撮ったお弁当の写真をある記事にアップする際に「この写真を載せたら、お弁当を持って遠出していると思われないかな?」と気になってしまい、しばらく考え込んでしまいました。
自粛ムードはもとより、いつどこで発生するか分からない「コロナ自警団」のことを考えると、今やSNSなどインターネット上での「息抜き」さえも難しくなっています。
まるで戦時中? 「欲しがりません勝つまでは」
感染を広げないために外出を自粛することは大事です。ただし繰り返しになりますが、自粛というのはあくまでも自分の意思でやるべきことであり、他人の行動に必要以上に興味を持つことには慎重になったほうがよいでしょう。
こういった状況のなか、人を密告したり噂(うわさ)話をひろめるというのは先の大戦を思わせるもので、ツイッターなどのSNSでも「まるで戦時中の隣組のようだ」と話題になっています。
もちろん先日ニュースでも取り上げられた「PCR検査を受けた後、結果が出るまでに県をまたいで遠出をしてしまうような人」が反省すべきだとは思います。しかし何よりも問題なのは、今のニッポンでは先ほどの自宅の庭での写真のように「ただ楽しそうにしている」だけで批判のターゲットにされかねないことです。
新型コロナウイルスの蔓延による自粛は、本来は外出がメインのはずです。しかし「おしゃれをしている人」にも牙が向けられており、新型コロナウイルスについて分かりやすく説明することで定評のある岡田晴恵教授に対して、「とっかえひっかえ服を着替え過ぎ」「こんな状況でお洒落をするなんて」という声が一部で飛び交っています。まさに先の大戦のキャッチフレーズ「欲しがりません勝つまでは」を思わせる内容です。
通常、民主主義の国では怒りの矛先は政府に向かうものですが、日本では自分と同じ立場にいる一国民に向かいがちです。しかし言うまでもなく、楽しそうにしている隣人に怒りを向けたところで新型コロナウイルスにまつわる状況が良くなるわけではありません。
ドイツでもギスギスしている人間関係
では私が出身のドイツの国民がみんな隣人への優しさにあふれているのかというと、残念ながらそうではありません。ドイツでは新型コロナウイルスが問題になった初期のころから「社会的距離をとりましょう」ということが繰り返し言われてきたため、道で偶然知り合いに会っても昔のように近づかず、遠くから手を振ってお互いの健康を祈ります。
しかしその一方で、ドイツでの雰囲気も一部ではかなりギスギスしています。ミュンヘンに住む私の友達は道を歩いていたところ、通りすがりの女性に「ちょっとアナタ! 私の2メートル以内に入ったでしょ‼」とすごい剣幕で怒鳴られたそうです。ちなみに怒鳴った女性はマスクをしていなかったそうで、友達は「あんなに怒鳴るなんて飛沫のほうが心配」と漏らしていました。
ドイツでは4月下旬より、店での買い物や公共交通機関を利用する際、マスクの着用が法律で義務付けられていますが、これも多くのドイツ人のイライラを誘発しています。
コロナ以前のドイツでは「マスクをするのは不健全であり不審である」という考え方が一般的でした。そのため法律で着用が義務化された今でも、「なぜ国からマスクを支給されるわけでもないのに、自費で買ってマスクをつけなくてはならないんだ!」と怒りをあらわにする人もいます。
逆にマスクを着用していない人を駅員や警察に通報する人もおり、実にギスギスした状態になっています。
全員が科学者⁉ 「自分のほうがコロナに詳しい」というドイツの病
コロナ以前のドイツでは「あなたに関係ないでしょ?」という言いまわしがよく使われていました。ドイツ語で「Was geht dich das an?」ですが、英語でいう「Mind your own business.(和訳:余計なお世話だ)」と似たようなものです。要は「自分が何をしようが人には関係ないのだから指図はされたくないし、逆に自分も他人のやることに口出しはしない」という意味で、コロナ以前のドイツではこれがスタンダードでした。
しかし新型コロナウイルスの場合、感染をしないように自分自身が対策に気を配っていても、他人が不用心であれば努力は水の泡になってしまう場合もあるので、従来のドイツ流の「私が何をやろうがあなたには関係ないでしょう」という考え方は通用しなくなりました。
それに代わって現在のドイツで目立つのは「一億総科学者」現象です。医学とは縁のない一般の人々が科学者やどこかの先生になったかのような態度で、自分の知識こそが絶対だと言い張る人が少なくありません。
厄介なのはここでもまた相手のやり方が否定されがちだということです。日本の「コロナ自警団」や「自粛ポリス」もホメられたものではありませんが、ドイツで見られる一部のアグレッシブさや、一般人による専門家気取りもまた困ったものです。
いずれにしても、コロナ騒動が終息したころには人間関係も全て終わっていた、なんていうことにならないようにしたいものです。
———- サンドラ・ヘフェリン 著述家 ドイツ・ミュンヘン出身。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフ」にまつわる問題に興味を持ち、「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。ホームページ「ハーフを考えよう!」著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから‼』(中公新書ラクレ)、『満員電車は観光地⁉』(原作、漫画・流水りんこ/KKベストセラーズ)、『爆笑!クールジャパン』(原作、漫画・片桐了/アスコム)など。 ———-