パナソニックがひそかに「業界を揺るがす新制度」を導入していた…その「意外な背景」

パナソニックが、在庫リスクを負担する代わりに価格決定権を持ち、店頭での値引きができない制度の導入を進めている。かつてメーカーの力は絶大で、戦後経済は小売店がメーカーから価格決定権を奪うという流れで消費経済が発展してきた。だが、ここに来て、その流れが逆転する可能性が見えてきた。

メーカーと小売店、「価格主導権」をめぐる争い

卸や小売店など流通部門における製品の販売価格をメーカー側が拘束することは独占禁止法違反となる。メーカーは、自社の製品について、何円で売って欲しいという希望を表明することはできるが(希望小売価格)、これを小売店などに要請することはできない。製品のカタログに「オープン価格」などと表示してあるケースをよく見かけるが、これはメーカー側がいくらで売って欲しいのかについて具体的な数字を示していないことを意味している。

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製品の価格を決めるのはメーカーではなく、あくまで小売店や消費者であり、売れない製品は安く、売れる製品は高いという感覚は今では当たり前のものかもしれない。だが、こうした商習慣は最近になって確立したものであり、昭和の時代はそうではなかった。

当時も独占禁止法という法律は存在しており、メーカーが小売価格を拘束することはできなかったが、実質的にメーカーが拘束力を持ち、小売店側が自由に販売価格を決めることはできなかった。仮に安値販売する小売店があった場合には、メーカー側が嫌がらせで商品を卸さないといったこともあったといわれる。

戦後間もなくのモノが不足している時代は、こうしたメーカー主導の価格形成もうまく機能したが、社会が豊かになるにつれて、定価販売に対する不満が高まってきた。メーカー主導の価格決定に強く反発し、消費者目線の価格で製品を提供する方針を掲げて急成長したのがスーパーや量販店などの業態である。

スーパーは1960年代に急拡大し、一部の企業は店舗の大規模化に成功。その絶大な販売力を生かして、メーカーに対して強気の価格交渉を行い、店頭では大胆な値引き販売を実施するようになった。メーカーから価格決定権を奪うという意味で、一連の取り組みは「流通革命」と言われた。

特にダイエーは、価格決定権をめぐってメーカーと真っ向から対峙したことで知られており、一部のメーカーはダイエーに対して出荷を停止するなど、相当な嫌がらせを実施。ダイエー側は、裏ルートで製品を仕入れるなど、まさに戦争とも呼べる状況にまで事態はエスカレートした。

商品を安く買いたいという消費者の声は大きく、一連の流通革命はスーパーや量販店の勝利という形で終了。1991年には公正取引委員会が「流通・取引慣行ガイドライン」を制定し、メーカーによる価格拘束の是非がさらに明確に定められた。前述のように希望小売価格も示さないメーカーも出てくるなど、価格は市場が決めるという商慣行が当たり前になったと考えてよいだろう。

消費経済の大きな転換点に?

これによって量販店など小売店の力はさらに高まり、メーカーに対して、店頭販売員の派遣を要請できるまでになった。量販店に行くと、その量販店の名前が入った制服ではなく、メーカー名の入った制服を着た店員を見かけることがあるが、これはメーカーが量販店に派遣した販売員である。

販売員の派遣については様々な形式があるが、販売員の人件費はメーカー側が負担することが多いと言われる。量販店にしてみれば、販売員が多い方が、商品が売れるのは間違いなく、メーカーからすれば、できるだけ量販店に協力し、自社製品を多く売って欲しい。

最近では、一部の販売員が過重労働を強いられているとして問題になり、量販店の要請による販売員の派遣を取りやめるところも出てきた。いずれにせよ、昭和後期から平成にかけては、メーカーと小売店の力関係が完全に逆転し、販売員の派遣を要請できるほどに、小売店の力は高まった。

こうした戦後の大きな流れを考えると、今回の動きは要注目といってよい。

パナソニックが導入したのは、同社が在庫リスクを負う代わりに、販売価格の決定権を持つという仕組みである。価格決定権がメーカーにあるものの、すべてのリスクをメーカーが負っているので、この場合には独占禁止法違反にはならない。

メーカーにとっては、奪い取られた価格決定権を取り戻す動きということになるが、この制度を導入した場合、価格の決定権はメーカーに戻る一方で、在庫リスクのすべてメーカーが負うため、必ずしもメーカーに有利とは限らない。それにもかかわらずパナソニックがこうした仕組みの導入を決めた背景には、2つの要因があると考えられる。

ひとつはネット販売の拡大によるさらなる廉価販売の進展、もうひとつは、このところ進んでいるインフレである。

本格的なインフレ時代が到来する前兆

近年、ネット販売の比率が上昇したことで、製品の販売価格がさらに不安定になってきた。量販店とメーカーは互いに価格の主導権をめぐって争い続けてきたものの、メーカーにとって量販店は主要な販路であり、量販店にとっては重要な仕入れ先なので、最終的にはどこかで妥協できる。メーカーと量販店の交渉がまとまれば、価格は最適な水準で落ち着くはずだ。

ところがネット通販の場合、小規模を含めた多数の事業者が様々なルートで商品を販売するため、製品によっては激しく値崩れするケースが出てくる。こうした事態を受けてメーカーと量販店は、一定以上の利益を確保するため、最新モデルを比較的高い価格で販売することに力を入れるようになってきたが、これがさらに値崩れを激しくする結果を招いている(春に出た新製品の価格が、次のモデルが出る秋になると半値以下になっていることもザラである)。

大幅に値崩れした製品があると、メーカーにとってはブランド力の低下につながるため、そうした事態はできるだけ避けたい。在庫のリスクを負うことで、値崩れを防げるのであれば、当該リスクを負った方がよいとの判断はあり得るだろう。

加えて、世界的な物価高騰の影響を受けて、とうとう日本国内でもインフレが進みつつあり、これも新制度の導入を後押ししている。日本の場合、物価高騰に円安が加わっていることから、メーカーにとっては部品など仕入れコストの上昇が激しくなっている。国内では長く不景気が続き、賃金も上がっていないことから、消費者の購買力が低下しているため、小売店側の論理からすると、簡単に商品の値上げは決断できない。

メーカーがコスト上昇分を価格に転嫁するためには、ある程度、メーカーが価格をコントロールする必要が出てくる。インフレは長期化するとの見通しが高まっており、今後、他のメーカーの中からも同じような仕組みの導入を決断するところが出てくるだろう。もしこの動きが市場全体に波及した場合、数十年ぶりに価格の主導権がメーカーに移ることになるかもしれない。

まだ大きなニュースにはなっていないが、この動きは日本でも本格的なインフレ時代が到来することの前兆かもしれない。場合によっては時代の大きな転換点となる可能性も十分にある。

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