マイナ保険証では”大損”する人が続出…廃止される健康保険証だけに記載された最重要情報で医療費は雲泥の差

健康保険証が12月2日に廃止され、マイナンバーカードに健康保険証の機能が搭載されたマイナ保険証に一本化される。だが、このマイナ保険証には健康保険証に記載されていた重要な情報が記載されていない。FPの黒田尚子さんは「それを知らないと支払う医療費の負担が大きく変わる」という――。

デジタル庁 マイナポータル「マイナンバーカードの健康保険証利用」オフィシャルサイトより

■12月2日に廃止される健康保険証にしか記載されていない情報

マイナンバーカードに健康保険証の機能を載せた「マイナ保険証」。その利用率はいまだ1割に満たず、順調に普及しているとは言いがたい。そんな中、現行の健康保険証はあと3カ月足らずの今年12月2日に新規発行が停止される。すぐに使えなくなるわけではないのだが、実は、この健康保険証にはマイナ保険証ではわからない、「非常に重要な情報」が含まれているのをご存じだろうか。

筆者が加入している国民健康保険の場合、毎年7月下旬に、8月1日から使える新しい健康保険証が届く。今年も、有効期限が「令和7(2025)年7月31日」までのものを受け取った。12月の廃止時点で有効な保険証については、改正法の経過措置によって、廃止日から最長1年間あるいは、その1年より前に保険証の有効期限が到来する場合、その有効期限まで引き続き使用できることになっている。したがって、筆者が受け取った保険証も、来年の7月末までは使える。

筆者はすでにマイナ保険証の登録を済ませているが、12月以降もマイナ保険証に切り替えない人や、高齢者、要介護者などカード取得手続きが難しい人に対しては、健康保険組合などの保険者が無償で健康保険証の代わりとなる「資格確認書」を発行する(必要と判断した場合。退職などがない限り、この確認書の有効期限は最長5年)。

■マイナ保険証のメリットとは?

とはいえ、確実に、現行の健康保険証がなくなる期日は迫っている。にもかかわらず、マイナ保険証の利用率は、6月の時点で9.9%。今年5月に厚生労働省が、18歳以上のマイナンバーカード保有者を対象に実施した調査でも、マイナ保険証に関して28.8%が利用に消極的という結果になっている。

政府は促進に躍起だが普及が進まない理由は、マイナ保険証のメリットが実感できないからだろう。厚労省が掲げるメリットは次の4つ。

① データに基づくより良い医療が受けられる
② 手続きなしで高額療養費の限度額を超える支払いが免除される
③ マイナポータルで確定申告時に医療費控除が簡単にできる
④ 医療現場で働く人の負担を軽減できる

これ以外にも、運転免許証などと統合することで身分証としての利便性の向上、不正利用防止などがある(【図表1】参照)

※出典=厚生労働省

確かに、①④によって、病院の窓口で、問診票を書く手間が省けたり、過去に処方された既往症の薬の情報などが確認できたりするのは、患者にとって良質な医療を受ける上で重要だ。また②についても、入院やがん治療など高額な医療を受ける場合、事前に、限度額適用認定証を提示する必要がなく、支払いが高額療養費の限度額までになる。

しかし、マイナ保険証でなくとも、すでにこの恩恵を受けている人は少なくない。2021年10月から、一部の医療機関や薬局などに「オンライン資格確認システム」が導入されているからである。これは、マイナンバーカードのICチップまたは健康保険証の記号番号などによって、オンラインで資格情報の確認ができるというシステムだ。

これによって、医療機関では保険診療を受けられるかどうかを即時に確認することができ、レセプト(診療報酬明細書)の返戻や窓口の入力の手間の減少につながっている。つまり、医療機関などがこのシステムに対応していれば、マイナ保険証でなくても、限度額適用認定証を提出する必要はない。

なお、同システムの導入は、2023年4月から原則として医療機関などで導入が義務付けられている。システムを導入した医療機関などの一覧は、厚労省のHPに掲載されている。

※出典:厚生労働省保険局「健康保険証の資格確認がオンラインで可能となります」(第139回社会保障審議会医療保険部会資料(令和3年1月3日)
※厚生労働省「マイナンバーカードの健康保険証利用対応の医療機関・薬局等についてのお知らせ」

メリット③の医療費控除については、医療費の領収証を管理・保管しなくてもマイナポータルで医療費通知情報が管理できて、マイナポータルとe-Taxを連携することでデータを自動入力できるのはいいとしても、自由診療や先進医療、ドラッグストアで購入した薬剤費、公共交通機関を利用した通院のための交通費は別途、手入力しなければならないので、面倒な部分も残る。さらに医療費控除は、家族の医療費も合算して申告するケースが多いため、申告者が、家族全員分のマイナンバーカードを預かり、パスワードも教えてもらう必要がある。これも案外骨の折れる作業となりそうだ。

要するに、マイナ保険証にメリットはあるものの数カ月に1回、体調が悪くなったときに病院に行く程度の人が、健康保険証を廃止してまでも、マイナ保険証を使いたいインセンティブとはなりにくいということだ。

■マイナ保険証ではわからない患者の「最重要情報」とは?

という現状を踏まえ、報告したいのは、冒頭で触れた健康保険証に記載されている患者の医療費負担を左右する「最重要情報」についてである。繰り返しになるが、この情報はマイナ保険証には記載されていない。

その情報とは「保険者」だ(【図表2】参照)。

保険者とは、健康保険事業の運営主体のことを指す。保険者は、加入者の職業などによって異なる。筆者のような自営業者が加入するのは「国民健康保険」で、住所のある自治体が保険者として健康保険証に記載されている。

会社員が加入する健康保険は「全国健康保険協会」と「健康保険組合」の2種類がある。前者は、いわゆる「協会けんぽ」と呼ばれ、おもに中小企業に勤務する会社員やその家族を被保険者とする。後者は、単一の企業で設立する組合、同種同業の企業が合同で設立する組合などがあり、いわゆる「組合健保」と呼ばれている。おもに大企業に勤務する会社員やその家族などを被保険者とする。なお、公務員なら「共済組合」がある。

つまり、現行の健康保険証を見ると、保険者が確認でき、その患者が入院や手術、治療を受けた場合の医療費を軽減させる公的制度の有無がわかる。

とくに、保険者が共済組合(公務員)や組合健保(大企業など)の場合、健康保険法で定められた保険給付(法定給付)に加え、任意で一定の上乗せ給付である「付加給付」を行っているところも少なくない。

例えば、高額な医療費を軽減できる「高額療養費」は、69歳以下、年収約370万~770万円の一般(区分ウ)の場合、総医療費が100万円かかったとしても、高額療養費のしくみで、自己負担限度額は8万7430円まで抑えられる(【図表3】参照)。3割負担で30万円支払うところが、この額に値引かれる。とても助かる話である。

さらに付加給付があれば、自己負担限度額のハードルは、さらに低くなる。厚労省の指導では、付加給付の額は1人1カ月当たり2万5000円となっており、この額だとすると、自己負担限度額は2万5000円まで。どれだけ医療費がかかっても、保険診療なら月2万5000円の負担で済む、というオトクすぎる仕組みである。9万円近くの負担額がなんと3分の1以下の2万5000円でいいのだ。

※出典=『がんとお金の真実(リアル)』黒田尚子(セールス手帖社保険FPS研究所)

■ほとんどの人が「付加給付」の存在に気づいていない

付加給付の内容は、組合健保によってさまざま。患者の保険証を見ると組合健保の名称がわかり、パソコンやスマホで検索して直接確認することもできる。

いくら医療費が高額でも、この付加給付があれば大幅に負担が軽減できる。そもそも大企業は福利厚生が手厚い場合が多い。医療機関の看護師やMSW(メディカルソーシャルワーカー)も患者やその家族から、仕事やお金のことで相談を受けた際、組合健保で付加給付があると、ほっと胸を撫でおろすケースも少なくないのだ。

実際、筆者も薬物療法の費用が毎月15万円かかる乳がん患者・A子さんの相談を受けたことがある。A子さんは、医療費があまりに高額なので担当医に治療を続けられないと訴えたという。確認すると、付加給付があって、実質の自己負担額は月2万円で済むとわかり、A子さんは、治療を続けることになった。

なお、付加給付の還付金は、治療を受けた月の2~3カ月後に、別途口座に振り込まれる場合もあるが、給与と一緒に支払われる場合も多い。

A子さんも、すでに還付金が振り込まれていたはずなのだが、付加給付のことは気づいてなかった。「あれ? 今月なんか手取り多いなあ。残業したっけ?」くらいにしか感じていなかったそうある。

それくらい「保険者」というのは医療機関にとっても患者や家族にとっても重要な情報なのだ。ところが、これがマイナ保険証に切り替わると、これらの情報は一切わからなくなる。患者から直接確認する必要が生じてしまうのだ。

前掲のA子さんに限らず、筆者の経験上、病気になるまで付加給付の存在を自覚している人は、ほぼいない。付加給付は、高額療養費付加給付のほか、差額ベッド代や長期入院に対する給付、傷病手当金や出産手当金に対する上乗せなど、さまざまな手厚い給付がある。

付加給付の内容を認識していれば、民間医療保険への加入の必要もなく、ムダな保険料を払わずに済む。だが、組合健保の場合は手続きを保険者側がやってくれるか、向こうから連絡が来るので、ただ待っていれば良い。そんな恵まれた環境にいると、管理意識が鈍感になって付加給付の存在さえ忘れてしまうこともあるかもしれない。

マイナ保険証に関しては、情報漏洩やシステムへの不信感、性急に廃止を推し進める国のやり方に反発する声もある一方、デジタルヘルス化は時代の潮流であり、マイナ保険証への移行はやむなしといえるだろう。

ただし、今回ご紹介したように、マイナ保険証に切り替わることで、大切な情報が得られなくなるケースもある。その結果、大損をしてしまうことになるかもしれないのだ。

重要なのは、病気になる前から、自分が使える公的制度や勤務先の福利厚生などの社会資源をしっかり確認しておくこと。それがあなたの財布と体を守ってくれるのだ。

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黒田 尚子(くろだ・なおこ)
ファイナンシャルプランナー
CFP認定者、1級FP技能士。一般社団法人「患者家計サポート協会」顧問、城西国際大学・経営情報学部非常勤講師もつとめる。日本総合研究所に勤務後、1998年にFPとして独立。著書に『親の介護は9割逃げよ 「親の老後」の悩みを解決する50代からのお金のはなし』など多数。
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(ファイナンシャルプランナー 黒田 尚子)

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