三菱商事「価格破壊」の衝撃…ニッポンに巣食う「再エネ政商」の目を覚まさせる“一撃”となるか

業界を震撼させた、洋上風力発電所の「総取り」

ここへきて、政府が去年のクリスマス・イブ(12月24日)に公表した、3つの海域の洋上風力発電所の開発権の入札結果が、波紋を広げている。

三菱商事が3海域すべてで、2番札に1kWhあたり5円以上という大差をつけて総取りしたことに対して、手厚いFIT(固定価格買取制度)に安住してきた再エネ事業者たちが狼狽。入札制度の見直しなどを求めて、学会やマスメディアに働きかけを強める一方で、永田町、霞が関でも活発なロビイングを展開しているのだ。まさに、明治の「政商」を彷彿させるような動きなのである。

「三菱商事」をはじめ巨大な組織網をもつ三菱グループ。写真は「三菱電機」/photo by iStock

とはいえ、岸田総理が1月18日に首相官邸で開いた有識者懇談会で「(再生可能エネルギーが)コスト高にならざるを得ない点が日本経済の弱み」「(この弱点は)何としても克服していかなければなりません」と力説したように、もはやFIT頼みの事業者を甘やかし、エネルギーコストの高止まりを黙認することは限界だ。いつまでも、そんなことを許していれば、国民生活と企業経営が成り立たない。

今回は、三菱商事が価格破壊を成し得た秘密と、世界の流れに取り残されてきた日本の再エネ業界の実情を考えてみたい。

2番札に大差をつける圧勝

まず、経済産業省と国土交通省が行った、洋上風力発電所の開発権を賭けた競争入札の背景に触れておく。

政府は、2050年のカーボンニュートラル実現と経済成長の両立を目指す「グリーン成長戦略」の柱のひとつに、洋上風力発電の開発を掲げている。

洋上風力発電所の「総取り」の衝撃/photo by iStock

詳細は後述するが、そうした中で、今回の入札は、2018年に制定された「再エネ海域利用法」に基づいて行われた。政府が事業者に環境アセスメント手続きの重い負担を負わせることなく、対象地域を風況などの自然条件に恵まれ、漁業や海運業といった既得権のある経済主体の障害にならず、送電用の系統接続が確保できる場所に位置している海域に絞って、洋上風力の発電事業用区域に指定したのである。

入札は公募で、対象地域の最大30年間の占用許可が得られる。大規模な入札は今回が初めてとあって、関係者の間で高い関心を集めていた。

冒頭で述べたように、結果は三菱商事を核に中部電力の子会社なども参加する企業グループの圧勝だった。

下馬評では三菱商事グループの評価は必ずしも高くなかったが、予想を覆し、秋田県沖の2ヵ所と千葉県沖の1ヵ所のあわせて3つの海域で、最も優れた事業者に選定されたのである。

評価は、価格と事業の実現性についてそれぞれ120点ずつ、合計240点で各社の事業計画が総合的に採点された。

三菱商事は「秋田県の能代市、三種町及び男鹿市の沖」で208点と2位の事業者グループに47.48点差、「秋田県由利本荘市沖」で202点と同じく45.35点差、そして「千葉県銚子市沖」で211点と同じく25.4点差を付けた。

圧勝の原因は、発電した電気の1kWh当たりの供給価格だ。三菱商事は「秋田県の能代市、三種町及び男鹿市の沖」が13.26円、「秋田県由利本荘市沖」が11.99円、そして「千葉県銚子市沖」が16.49円だった。

ちなみに、政府は3海域すべてで上限価格を1kWh 当たり29円に設定していた。3海域の平均入札価格はそれぞれ19~20円。三菱商事は、どの海域でも2番札に1 kWh 当たり5円以上の大差をつける結果だったという。

三菱商事の「価格破壊」への畏怖

注目の入札だっただけに、落札に失敗したライバルはどこもショックを隠せないようだ。その反応は大別して2つに分かれている。

ひとつは、伝統的な大手電力会社に共通するパターンだ。東京電力や九州電力、東北電力、JERA、J-Power(電源開発)といったところである。これらの企業には、早くも次回以降の入札に照準を定め直して、三菱商事の安さの秘密を探り出そうと懸命なところが多い。

ある地域で、惜しくも2番札で三菱商事に敗れた電力会社の役員に取材したところ、「私どもを含め、価格で5円以上もの大差がついた完敗です」「三菱商事さんのスキーム分析が(今の我々の)最優先課題です」と話していた。

というのも、洋上風力発電基地の開発権入札は、これから本格化するからだ。

実は、今回の秋田沖と銚子沖の3ヵ所の合計出力は最大170万キロワット。中くらいの原子力発電所2基分相当で決して小さくない。が、今後について、政府は2030年までに原子力発電所10基分の出力に相当する1000万キロワット分の施設を、そして2040年までに4500万キロワット分の施設を建設する目標を掲げている。

それゆえ、これらの企業の多くは、次回以降の入札では絶対に負けられないとリベンジの構えを見せている。

各社のこうした姿勢は、ビジネスの世界の競争として、まさにあるべき姿だ。日本の再エネ分野で、ようやく市場原理が働き始めたと言えるだろう。次回以降、さらに価格引き下げ競争が激しくなり、われわれ国民や一般企業のエネルギーのコスト負担を軽減する可能性を秘めている。

ちなみに、次は今年6月に大きな入札が予定されているが、そこに向けてノウハウを取り込もうと、三菱商事と組みたいと水面下でラブコールを送っている電力会社も複数ある模様だ。

これまで、長年にわたって費やしたコストを、あますことなく料金に転嫁して回収することが許される「総括原価主義」に安住してきた日本の大手電力各社だけに、自分たちには想像もできないようなノウハウを三菱商事が持っていると畏怖しているのかもしれない。

入札制度のせいにする「政商」たち

もう一つの反応は、再エネベンチャーに多いパターンだ。幅があるものの、ひと言でくくるとすれば、ルールの変更を求める主張と言える。

なかには、「三菱商事の事業計画は実現性が乏しい」という名誉棄損のような意見もあれば、「(終わった)入札をやり直すべきだ」とか、「価格への評価が全体に占める配分が大き過ぎる。入札のやり方を見直してほしい」といった極端な議論も含まれる。

これらの主張は、経営トップ自らがSNSやメディアのインタビューに答えているところもあれば、新聞社や雑誌社にそれぞれの主張として書くように迫ったところもある。

また、かねて繋がりが強いと言われる学者先生がそういった主張を論文の体裁で公表している例も散見される。幹部経営陣がそうした主張を引っ提げて、永田町の政治家や霞が関の官僚の間を走り回っているという情報もある。

政府、つまり政治家や官僚とのコネや癒着をテコにして、自分たちだけが特権的な立場で有利に事業を進めて、その結果、暴利を貪る事業家のことを「政商」と呼ぶ。今回、取材をしていると、行儀の悪い「政商」が跋扈している印象だ。

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利権に敏感な政治家も多いのだろう。自民党は、今月27日に党本部で「再生可能エネルギー普及拡大連盟」という会合を開き、今回の入札結果についてのヒアリングを行うという。非公開の会合らしいが、バランスのとれたヒアリングができるのか危惧せざるを得ない。

「政商」紛いの事業者の主張で気になるのが、「三菱商事の価格で事業が成り立つのか」、「三菱商事は、国内で自社がメインで実施している陸上風力発電所がまだない」「甘いリスク前提では、円滑な事業遂行に支障が出る可能性が大きい」と、三菱商事の国内での実績が不足しているという言い分だ。

これほど悪質なレトリックはないだろう。すでに、大型の洋上風力の大型入札は今回が初めてだと述べたが、従来の洋上風力は自治体管理が基本だ。換言すれば、洋上風力を本格的にやっている企業はないのである。

三菱商事が着実に積み重ねてきた「実績」

むしろ、こうした中傷をする向きが、知らぬ顔をして口をつぐんでいるのが、三菱商事のヨーロッパでの“実績”だ。

ここで、従業員3000人を抱え、オランダに本社を置く「エネコ(Eneco)」という電力・再エネ会社に着目したい。

この会社は、2007年から他社に先駆けて再エネの開発に着手し、すでに消費者向けの電力供給で100%グリーン電力という体制を確立。再エネの発電に加えて、電力・ガスの小売りや蓄電事業、水素事業も手掛けており、カーボンニュートラルの先駆者的な存在だ。

CSR(企業の社会的責任)評価を提供する機関EcoVadisの調査で「プラチナ賞」を受賞した実績もある。これは世界中の5万社のうちの上位1%という評価である。

実際のところ、エネコが洋上風力ビジネスを展開するドイツでは昨今、案件の主体が補助金無しの開発、運営に移行している。ぬるま湯のようなFIT漬けの日本とはまったく違う厳しい経営環境で戦っている会社というわけだ。

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三菱商事はこのエネコと2013年から洋上風力発電の分野で提携。オランダ沖やベルギー沖で4つの発電所の立ち上げに協力した。2019年3月になると、三菱商事は中部電力と組み両社で5000億円を投じて買収に乗り出し、2020年3月、この買収を完了した。石油メジャーのひとつで、地元に拠点を置く英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルと競った末の巨額買収だった。

エネコを子会社化して同社の経営権を握ったことで、三菱商事は、投資のリターン回収にシビアな欧州の投資家や金融機関からの資金調達の実情や、洋上風力発電所の建設や運転のコストとリスク、そしてユーザーにどんな条件で電気を販売するか、詳細な利益率、キャッシュフローなどの企業秘密をすべて吸い上げることが可能な体制を敷いた。それらが今回の入札に生きなかったはずがない。

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エネコが去年2月にあげた大金星が、米アマゾン・ドット・コムの欧州の拠点向けに再エネ100%の電力を供給する長期契約を勝ち取ったことだ。電源はエネコが新設する洋上風力発電所で、2023年の稼働後に13万キロワットを供給する契約になっている。

この契約は、三菱商事が7ヵ月後の去年9月、アマゾンが日本国内で太陽光由来の再エネ電力を得る調達網をつくるビジネスを獲得する布石にもなった。三菱商事が発電所の開発を主導し、アマゾンのデータセンターや物流拠点などに10年間にわたって電力を供給する長期契約だ。

首都圏と東北地方に合計450ヵ所以上の太陽光発電所を整備して、2022~23年にかけて稼働させることになっている。その発電容量は2万2000キロワットで、三菱商事の電力小売り子会社であるMCリテールエナジーが供給する。

この契約は「コーポレートPPA」と言い、国内では珍しく、契約上は電力会社を通さない供給である。三菱商事はこれとは別に、2040年にカーボンニュートラルを実現する計画を公表している通信大手NTTとも広範な提携関係を築いた。着々と、カーボンニュートラル時代に向けて再エネ事業で実績をあげているのだ。

国民など見ていない政商たちのレトリック

今回の入札について、三菱商事が低価格で応札できたのは、機材の調達先の米ゼネラル・エレクトリック(GE)から、3地域総取りを前提に安く機器を購入する支援を受けたからではないかという見方を報道した新聞もあるが、邪推と言わざるを得ない。

あのGEに限らず、落札前の入札案件の総取りを前提に、値引き交渉に応じるなどということは商慣行としてあり得ないからだ。三菱商事も筆者の取材に「採算は各海域ごとにみている」と報道を否定した。

とはいえ、今回の総取りで大型の調達契約が確定したことで、三菱商事のGEに対するバイイング・パワーは増す。今後調達コストの引き下げが進み、次回以降の入札でさらに低い価格で応札できる可能性はある。

一方で、再エネ業者の入札方式の見直し要求をどう考えるべきだろうか。「入札価格に下限を設けろ」とか、「全体の中で価格の占める部分を引き下げろ」といった類の主張である。

こうした要求は、「政商」の「政商」による「政商」のための入札作りの議論とでも言うべきだろう。要するに、洋上風力発電で作った電気の値段を高止まりさせたいという意図で、明らかに、われわれ国民や一般企業の利益に反する。

この種の主張を最も熱心に展開しているとされる企業は今回、2地域で入札に参加した。両地域には、それぞれ5つの企業グループが応札したが、問題の企業は最下位かブービー賞を争うレベルにとどまったとみられている。

三菱商事以外のグループと比較しても価格が高く、この企業体質では日本のカーボンニュートラルに貢献するような洋上発電事業者になるとは考えにくい。

カーボンニュートラル政策に詳しい日本経済研究センターの小林辰男・政策研究室長は、「今回の三菱商事の価格破壊は評価する」としつつも、「日本の洋上風力発電市場の体質改善はまだ道半ばだ」という。

というのは、洋上風力発電の国際的な平均価格は1kWh=8~9円。これに比べれば、三菱商事の落札した価格でも「まだ割高で、もっと下げていく必要がある」というのである。

日本は取り残されているという「事実」に気づくべき

日本が洋上風力は難しいと決めつけて、ここ20年間の海外における猛烈なチャレンジに知らん顔を決め込んできたことは大きな失敗だ。

北欧諸国では2010年代に洋上風力発電が急成長し、英国は世界最大の洋上風力大国になった。発電コストは1kWhあたり10円以下が常識になり、「洋上風力は原発より安い」が常識になっていったのだ。

この間、日本では、「北海のような洋上風力発電に適した浅瀬が近海にない」とか、「火力や原子力の方がコストは安い」とか、やらない理由ばかりを探す時期が長く続いてきた。1989年のバブル経済の崩壊以来、日本企業に沁みついてしまった体質が、ここでも変革を阻んできたのだ。

政府のばらまきもいけなかった。福島第一発電所事故をきっかけに、何でもよいから福島に財政資金を投下しようと、実現性がほとんどないのに一足飛びの技術である、風車を海底に固定しない浮体式(フロート型)の洋上風力発電の開発に湯水のごとく補助金をつけて失敗を重ね、洋上風力発電に取り組む自信を失わせた側面があるからだ。

極め付きは、FITである。制度の創設以来、買取総額は拡大を続け、今年度は3兆8334億円に膨らんだ。月300kWhを使う標準家庭の負担額は月額で1008円、年額で1万2096円に達している。もはや国民や一般企業の負担は限界だ。

が、裏を返せば、この甘々の政府支援が再エネベンチャーの政商化を招き、コスト削減努力を阻んで、需要側の経済界からは「これ以上洋上風力なんかを増やされては困る」というムードまで生んでしまった。

日本は、四方を海に囲まれているから、洋上風力発電のポテンシャルが高いはずなのに、カーボンニュートラルの入り口で貴重な時間を無為に過ごしてしまったのである。

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近年、風力発電に猛烈に力を入れているのが、中国とアメリカだ。GWEC(世界風力会議)によると、世界全体の2020年の風力発電の導入量は93ギガワットで、累計は743ギガワット。国別で最も多いのが中国だ。累計で288ギガワットを導入した。

2位のアメリカは陸上風力が中心だが、同じく122ギガワットに上っている。ヨーロッパも全体で引き続き高水準な開発を続けており、累計は219ギガワットに達した。日本は世界に大きく水をあけられている。

三菱商事は今回、筆者の取材に「カーボンニュートラル、エネルギー安全保障、経済成長という3つの課題を同時に実現していく」と決意を語っていた。

カーボンニュートラルの実現は、すでに避けて通れない世界の潮流になっている。これを経済成長に繋げるためには、再エネの価格破壊が欠かせない。

加えて、洋上風力発電は石炭や石油、天然ガスなどと違い、外貨を費やして燃料を輸入する必要がない。「風」という日本固有の資源で電気を賄えるメリットがある。経済安全保障の確立にもうってつけだ。

三菱商事には今回の総取りに満足せず、さらなる価格破壊にチャレンジを続けてほしいし、リベンジを期す電力大手各社には依然として残る「総括原価方式」的なコスト管理から脱却して価格競争に強い企業に変身してほしい。

大きく出遅れた日本のカーボンニュートラル戦略の立て直しには、こうした企業の奮闘が不可欠だ。決して、入札制度を改悪することで「政商」を跋扈させて、改革の火を絶やしてはならない理由がそこにある。

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