さまざまな社会のひずみを顕在化させた新型コロナウイルス禍の中で、意に反して孤独に陥る人が増え、女性や子供の自殺者が増加するなど深刻な事態を招いている。「孤独・孤立」は自殺や引きこもり、貧困などさまざまなリスクをはらむことから、政府は令和3年、内閣官房に専用の対策室を設置した。女性や子供だけでなく、中高年男性の孤立も際立っており、男性へのアプローチが重要度を増している。
「男の勲章」でなく
「孤独は『心の飢餓』。それなのに日本では孤独を礼賛する風潮が強く、望まない孤独に陥った人が、支援を求める声を上げにくい」。こう指摘するのは、『世界一孤独な日本のオジサン』(角川新書)の著者で、日本や海外のコミュニケーション事情に詳しい岡本純子さんだ。
岡本さんは孤独が人間の精神や肉体に与える影響を調べてきた。著書の中では「社会的なつながりを持つ人は、持たない人に比べて、早期死亡リスクが50%低下する」という米国の大学教授の研究を紹介。「人との温かいつながりによって人は健康になり、幸福感を持つ。日本では、そういう認識や考え方がまだ広まっていない」と主張する。
孤独が原因でアルコール依存症になったり、ゴミをため込んだりするケースも。「人への当たりが強くなり、クレームをやたら言う人になる場合もある。孤独な人が増えれば、社会の寛容性が失われることにもつながる」という。
特に岡本さんが問題視するのが、中高年男性の孤独が見過ごされている点だ。「本を出した約4年前、書店には『孤独はすばらしい』『孤独は男の勲章だ』という本が何冊も並んでいた。それは今も変わっていない」
「親しい友人いない」4割
岡本さんによると、若者や女性の孤独が解決すべき問題として注目される一方、中高年男性の孤独は「自己責任」と捉えられ、これまで認識されにくかったという。
日本の高齢男性の他人との交流が、欧米よりも少ないことを示す調査結果もある。内閣府が令和2年12月~3年1月に60歳以上を対象に実施した「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」では、「同居の家族以外に頼れる人」として「友人」を挙げた日本人男性は14・1%。米国の33・9%、ドイツの48・2%と比較して低い割合だった。
また、「親しい友人」については日本人男性の40・4%が「いない」と回答。日本人女性の23%、米国、ドイツ、スウェーデンの男性の18・8~9・8%よりも高く、孤独に陥りやすい状況が浮かび上がった。
「日本の男性は1人で強く生きていくべきだという社会的な規範に縛られがちで、寂しくても助けを求めにくい」。岡本さんは言う。
英国には「男の小屋」
孤独対策をいち早く進めているのが英国だ。孤独を深刻な「現代の伝染病」と捉え、研究を進め、2018年には孤独担当相を設置した。
岡本さんによると、英国には400カ所以上の「Men’s Shed(男の小屋)」と呼ばれる場所があり、木材やドリルなどDIYに必要な道具がそろっている。各自がこの工房で作品をつくることができ、集まった男性たちはものづくりをしながら会話を交わすことで、つながりを感じているようだったという。
岡本さんは「地縁、血縁、社縁で支えられてきた人と人とのつながりは消えつつある。日本でも寂しいと思った人が会話を交わし、社会とのつながりを感じられる居場所があればよい」と提案。政府による対策室の設置について、「人を追い詰める孤独のリスクに目を向けて対策に乗り出すことは、非常に大きな一歩だ」と評価する。
国内の実態解明へ
政府の孤独・孤立対策担当室は現在、兼務を含め約40人体制。今後、SNSや電話を使った24時間対応の相談体制やプッシュ型の情報発信、関係機関で相談支援にあたる人材の養成などを行う。また、相談員が定期的に当事者や家族と接触するアウトリーチ(訪問支援)型の活動も推進していく。
担当者は「特に中高年男性は悩みを抱え込むことが多く、相談窓口を設置しても利用する人が少ない。あらゆる人が支援を求める声を上げやすいような環境と、切れ目のない相談体制の整備にあたりたい」と話す。
孤独・孤立をめぐってはこれまで政策的な議論が進んできたとは言い難く、対策室は実態把握のため昨年12月から、16歳以上の約2万人を対象とした全国調査を実施。今年3月に結果をとりまとめる予定で、担当者は「年代ごとの特徴が見えてくる可能性があり、それぞれの年代にあった対応策を考えたい」とする。
各自治体でも、孤独・孤立に特化した対策はいまだ手探りなのが現状だ。奈良県の担当者は「全国調査の結果が公表されれば、その内容を参考に対策を進めていきたい」としている。(田中一毅)