京都を疲弊させる外国人観光客の「舞妓さんパパラッチ」深刻事情

「京都は観光都市ではない」市長の爆弾発言が飛び出した背景

 2019年の訪日外国人は約3200万人。日韓関係悪化で韓国人が減った影響により伸び率は落ちたが、数字としては史上最高だった。直近の新型コロナウイルス騒動で一時的に訪日外国人は減少していると思われるが、中長期的に見れば彼らが増えていく傾向に変わりはないだろう。

 その外国人たちを「これ以上歓迎したくない」と声を上げたのが、昔も今もわが国で最も多くの外国人を見かける京都市である。

「京都市は観光都市ではない」

 昨年11月20日、門川大作市長が定例会見でこんな「爆弾発言」をした。「京都は観光都市ではない。観光のためにつくられた町ではない。市民の皆さんの安心・安全と地域文化の継承を重要視しない宿泊施設の参入については“お断りしたい”と宣言いたします」

 同市長は「観光客向けの新しいホテルはもう建設しない」と、ホテルや宿泊所の建設にブレーキをかけたのだ。

 とはいえ、押し寄せるインバウンド(訪日客)で宿泊所が足りなくなり、「宿泊施設拡充・誘致方針」を発表したのは2016年10月のこと。「イケイケ」政策により宿泊部屋数は15年度の約3万室から18年度は4万6000室へと異常な増加を見せた。たった3年でのストップ発言は「朝令暮改」と言われても仕方ないが、それだけ危機的な状況だったのである。

 そんな京都市も現在、超高級ホテルの建設だけは進む。清水寺の近くには米国資本の「パークハイアット京都」が昨年10月に開業した。最も安い部屋で1人11万円を下らない。東山区の「ウェスティング都ホテル京都」は、部屋数を半分にして料金を倍にするという。一方で、普通のレベルのホテルは乱立による競争の激化で値崩れ状態になっている。

 筆者は今年1月中旬、新型コロナ騒動が持ち上がる直前に京都を訪れ、現地の実情を見聞きした。

「京都では1万円から2万円クラスのホテルは、供給過剰でどんどんつぶれていくでしょう。超高級ホテルは残るのでしょうけど」(ホテルチェーン関係者)と見られている。

観光公害の震源地「舞妓パパラッチ」撃退の立札

 観光客によって住民の日常生活が脅かされるオーバーツーリズムと言われる「観光公害」の典型が、河原町四条通南側の「花見小路」だ。芸妓や舞妓を預かるお茶屋を営む武田祥子さんは怒りを滲ませる。

「表の鉢を割られたり、トクサを抜かれたり滅茶苦茶です。レストランと思うのか、勝手に戸を開けて入ってくる。夜中の2時ごろにわあわあ騒いだりピンポンを鳴らされたりしますんや。言葉がわからないから、怖いだけ。警察の人を呼んだんどす。舞子さんや芸子さんも、袖を引っ張られたりするんですから」。

 ビルの谷間に寺や神社、史跡などが多い京都にあって、このあたりは狭いながらも全体的に和風の街並みで魅力的なうえ、四条通の便利な立地のため、カメラ片手の外国人が目立つ。だが「舞妓パパラッチ」といわれる「追っかけ外国人」が地域を怒らせる。

 和服女性はエキゾチックに見えるのか、「マイコ、マイコ」と追うパパラッチは欧米人男性にも多い。暗闇で体の大きな彼らに追い回されれば、十代の乙女は怖いだろう。「お茶屋から舞妓はんや芸妓はんが乗り込んだタクシーを、取り囲んで撮影したりする」(武田さん)。

 鴨川沿いの四条通で舞妓や芸妓が使う小道具を取り扱う「祇園屋」の岡本茂子代表は、「花見小路は以前の風情なんかあらしませんわ。お金かけて電柱を埋設したりもしたのに、中国人やらの外国人でひどいことになってる。あれでは馴染みさんは行かはらしません」と眉をひそめる。取材中も芸妓さんらしき美女が訪れていた。

 こうした被害に「行政を待ってられん」と立ち上がったのが、花見小路で中華料理店「紫雲翆」を営む「祇園町南側地区まちづくり協議会」の太田磯一幹事(57)だ。「この界隈は観光客で成り立っているのではないのです。お客さんは上流階級などの馴染み客。一見(いちげん)の客を断っているところも多い。あまりにも騒々しい場所になってしまい、品のある本来のお客さんが敬遠して来なくなってしまった。死活問題です」と話す。

団体中国人客に向けられた住民の赤裸々な怒り

 太田さんは怒り心頭だ。

「一番ひどいのはLCC(格安航空)なんかでやってくる安旅行の中国人団体客。知恩院とか八坂神社にバスを停めて団体でわっとこっちへ来ては、限られた時間で必死に写真を撮りまくる。場所などお構いなし。店の提灯を持ち去るやつもおる。お金なんか全然使わない。舞妓さんたちが踊る有料のショーもありますが、そんな場へは行かない。僕らの制止も聞かず、舞妓や芸妓を追っかけおる」

 寿司店の男性も「中国の人は数人で入ってきて、寿司を1人分だけ取って分けて食べる。何の利益にもならず、迷惑でしかない。ここは観光地ではなく、生活の場なんですけどね」と語る。中国人の「食い散らかし」に閉口して「外国人はお断り」と貼り出した飲食店もある。

 花見小路に戻って歩くと、「公道での許可のない撮影は罰金1万円申し受けます」と日本語、英語、中国語で書かれたいくつかの立札が目に留まる。「観光公害」に業を煮やした太田さんが立てたのだ。「インスタグラム熱などで、写真撮影がキーワードと感じた」という。

 とはいえ、公道と私道は日本人でもわかりにくい。やや広い花見小路は公道だが、脇へ入る道や並行して走る細い道は私道が多いようだ。「立札は少しは抑止効果があるみたいです。本当に1万円を取るつもりはありませんが……」と太田さん。

北海道や長野県、海外でも……住民が出ていく事態に発展

 日本人なら、一見の客を相手にしないような場に入り混んでも、空気を察してすごすごと退散する。ところが、外国人はそうではないから難しい。また、カフェやレストランになっているお茶屋もあるから、区別がつきにくい。

 花見小路の界隈が被っている「迷惑」はやや特殊事情によるものだが、インバウンドによって京都市ではあちこちで渋滞が発生し、車が動けない状態になっている。金閣寺の前を通るバスなどはぎゅうぎゅう詰めで、「何台も見送らなくては乗れない」(地元の女性)という。

 観光公害はオーバーツーリズムとも呼ばれる。北海道のニセコ町では、欧米や豪州、中国の富裕層向けのリゾートマンションなど不動産が売れているが、物価や地価の高騰で町民が住めなくなり、住民が出て行ってしまっている。

 長野県白馬村のスキー場では、裕福な外国人が押し寄せて、1日に1~2回しかリフトで滑れない状況である一方、スキー場のラーメンが1杯5000円もするという。日本だけではない。イタリアのシチリア、スペインのバルセロナ、ギリシャの小島などでは人口の何倍も観光客が押し寄せ、ごみがまき散らされ、車は大渋滞し、物価・地価が高騰して、出て行く住民もいる事態になっている。

 京都市の場合も、ホテルラッシュでスポット的に地価が異常高騰し、住民が悲鳴を上げている。人口過密な大都会で、生活圏と観光の場が混在しているため、解決はより難しい。

「お国柄」もあるため難しいマナー対策

「京都市は観光都市ではない」。門川市長がここまで啖呵を切ったのは、多くの有権者を意識しての発言に違いない。京都市の経済が観光産業に多く依存していることくらい、承知だろう。とはいえ、厳しい景観条例があるにもかかわらず、怒涛のごとくホテル建設を進めてきたため、景観もあちこちで崩れた。

 住民からの批判を受け、京都市は今年に入って、これまで敷地面積2000平方メートル以上に限ってホテル建設業者に求めていた住民への説明や事前協議を、民泊以外のすべてに拡大するとした。

 京都市産業観光局は、昨年5月、「違法民泊対策・宿泊施設の向上」「観光地の混雑緩和」「市バスの混雑緩和」「観光客のマナー向上」を緊急課題に掲げた。解禁になった「民泊」については同市は極めて厳しく、違反を摘発した3000軒近い民泊の99パーセントを廃業に追い込んだが、これも宿泊所不足を招いた。

 とはいえ、厳しい態度を緩めるべきではない。違法な民泊営業が近隣住民にもたらす被害はずっと直截的だからだ。混雑対策では、金閣寺や清水寺などに集中する観光客を、郊外の大原三千院などへ誘導する戦略も打ち出した。

 だが、ハード面だけでは解決できないマナー対策は難しい。「食い散らかし」などは必ずしも不作法ではなく「中国流の食べ方」でもある。日本人よりも日常会話の声が大きいのもお国柄か。花見小路や先斗町などでは、店なのか住居なのか日本人でも区別がつかないことが多い。ましてや「一見さんお断り」かどうかなど、外国人にはわからない。お国柄を問わない「常識的なマナー」と異質な部分だけは、粘り強く教えてゆくしかない。

 新型コロナ騒動で一時的に外国人客が減ったことは、皮肉にも京都の観光業関係者にとって「骨休め」になっているかもしれない。しかし、世界中で想像以上の拡大を続けるコロナ騒動が早期に終息しなければ、観光都市・京都の経済は逆に大打撃を被ることになりかねない。ポジティブな面もネガティブな面も含めて、「ツーリズムとは何か」を冷静に見つめなおす機会が訪れている。

(ジャーナリスト 粟野仁雄)

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