※本稿は、掛谷英紀『先見力の授業 AI時代を勝ち抜く頭の使い方』(かんき出版)の一部を再編集、加筆したものです。
■「コミック」VS「思想書」先見力のある人がよく読むのはどっち?
われわれの研究グループでは、アマゾンのブック・レビューに基づく先見力のある人物とない人物の特徴分析という研究を行っています。この研究では、評価の趨勢が時がたつにつれて大きく転換した書籍について、転換期よりも前の時点でその書籍のレビューをしているレビュアのうち、転換後に趨勢となる評価(星の数)のレビューをしていた人を先見力がある、逆に転換後に劣勢となる評価のレビューをしていた人を先見力がないと定義しています。
たとえば、2011年に出版された武田邦彦著『2015年放射能クライシス』(小学館)という本には、2015年には放射能で日本に住めなくなると書かれています。出版当時は大きな支持を受けましたが、2015年が近づきその予測が間違っていることが明らかになると、低評価が趨勢になりました。武田氏を支持(高評価)していた多数派に惑わされず、早い段階から正しい判断を行っていた人を、先見力のある人と定義するわけです。
図1は、先見力のあるレビュア、先見力のないレビュアのそれぞれについて、アマゾンでレビューしていた商品をカテゴリごとに集計し、それを割合として示したものです。ここでクイズです。
図1の上の円グラフと下の円グラフ、どちらが先見力のあるレビュアのものでしょうか?
この答えは、多くの人の予想に合致していると思います。上が先見力のある人、下が先見力のない人の分布です。先見力のある人の方が本をよく読み(正確にいうとレビューし)、先見力のない人はDVDをよく視聴する傾向が見て取れます。これはある程度予想可能な結果だと思います。
予想外に目立っているのが、先見力のある人が洋書をよく読んでいることです。レビューした商品の5%が洋書というのは、かなり高い割合です。ちなみに、先見力のない人の場合、0.2%でした。やはり、外国語を自分で直接読んで情報をとれることは、先見力を養うことに貢献するようです。
次に、対象を本(洋書を除く)に限定して、レビューしている本のジャンルの内訳がどうなっているかについて見てみましょう。それを先見力のあるレビュアとないレビュアについてグラフにしたのが図2です。ここで再度クイズです。
図2上の円グラフと下の円グラフ、どちらが先見力のあるレビュアのものでしょうか?
正解は、上が先見力のあるレビュアです。先見力のある人はコミック、ラノベ(ライトノベル)を含むフィクションをたくさん読んでおり、先見力のない人は人文・思想書、ビジネス・経済書、科学書などをよく読んでいます(なお、このグラフの文学・評論のカテゴリに入る本のほとんどは小説です)。
何のヒントもなくこの2つのグラフを見せて、どちらが先見力のある人が読む本かをクイズとして出すと、ほとんどの人が下のグラフが先見力のある人がよく読む本だと答えます。こういう人間の直感を裏切る事実を発見する喜びを味わえるのが、研究の醍醐味です。
■マスコミに流される人は先見力がない
この研究には続きがあります。先見力があるレビュアとないレビュアのレビューの文章自体を機械学習にかけ、それぞれどのような言葉を多く使う傾向にあるかを分析しました。
その結果、表1に示すとおり、先見力のあるレビュアのレビューには、「作者」の「自己」満足、分かり「にくい」、「新しい」切り口といった本の内容に関する分析や、「最初」の一冊におすすめ、「十分」、不「十分」といった他のユーザーへの推薦に言及したものが多く見られます。
一方、先見力のないレビュアについては、「テレビ」化した本、「メディア」や「テレビ」に出ている著者といった、マスコミの権威に流されていることを示す表現が目立ちます。このことから、有名人の発言だから、あるいは大手メディアの情報だからという基準で、正しいか否かを判断しないことの重要性が示唆されます。
■思い込みとは違う読売新聞と毎日新聞の表現
次に、アマゾンのブック・レビューを離れて、新聞の社説について、上と同じ技術を使って分析した結果を紹介します。まずは、クイズです。
表2の名詞群AとBは、それぞれ読売新聞と毎日新聞に特徴的に見られるものです。また、表3の末尾表現群XとYも、それぞれ読売新聞と毎日新聞に特徴的に見られるものです。それぞれ、どちらが読売新聞、どちらが毎日新聞のものでしょうか?
早速、クイズの正解を発表しましょう。表2の答えは分かりやすいのではないでしょうか。政治に詳しくない人のために、少しだけ前提知識を言っておくと、読売新聞の論調は右寄り・保守、毎日新聞の論調は左寄り・革新です。これを知っていれば答えは簡単ですね。Aが毎日新聞で、Bが読売新聞です。
では、表3についてはどうでしょうか? 実はこのクイズを、これまで講演会等で学者、官僚、マスコミ関係者等の文系知識人の方々に何度か出したことがあるのですが、大多数の人は「Xが毎日新聞で、Yが読売新聞である」と答えています。しかし、それは不正解です。Xが読売新聞、Yが毎日新聞に特徴的な表現になります。これも、人間が気づかない特徴をコンピュータが見出したという意味で、「当たり」の研究でした。
クイズで取り上げた2つのリストを比べてみると、名詞レベルでは読売新聞にハードな表現が多く、毎日新聞にはソフトな表現が多いことが分かります。逆に、末尾表現は読売新聞がソフトで、毎日新聞がハードな表現を使っています。こうした表現のギャップの利用は、政治的プロパガンダや悪徳商法、新興宗教の勧誘などのテクニックとして、かなり頻繁に使われている印象があります。ですから、この種のコミュニケーション・テクニックには、今後十分注意していただければと思います。
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筑波大学システム情報系准教授
1970年大阪府生まれ。93年東京大学理学部生物化学科卒。98年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。NPO法人「言論責任保証協会」代表。著書に『学問とは何か 専門家・メディア・科学技術の倫理』『学者のウソ』など。近著に『「先見力」の授業』(かんき出版)がある。
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(筑波大学システム情報系准教授 掛谷 英紀)