ある日の昼下がり。商業ビル・大宮アルシェの5階「大宮がちゃ処」で、春日部市在住の40代男性が熱心にカプセルトイを回していた。1回300円の”ガチャ”を回すこと計5回。とうとう目当てのアイテムを引き当てた。
男性は「大宮アルディージャのファンなので、『NACK5スタジアム大宮』がほしかったんですよね」とうれしそうな表情を浮かべる。
彼が回していたのは「大宮ガチャ」。8種類のキーホルダーが入ったカプセルトイだ。今年3月に第1弾が発売されると、”大宮愛”あふれるラインナップが話題を集め、累計販売数3万個超の大ヒットとなっている。
さらに今年9月、今度は”浦和愛”を感じる「浦和ガチャ」が登場。こちらもすでに約8000個が売れる大人気ぶりだ。
「われわれは”謎ヒット”と呼んでいます」と笑うのは、アルシェの代表取締役社長・中島祥雄氏。大宮ガチャと浦和ガチャを企画したその人である。
■大宮ガチャのきっかけは”内輪ネタ”
大宮ガチャ誕生のきっかけは、”内輪ネタ”だ。大宮出身の中島氏が、仕事仲間と”大宮のグッズ化”で盛り上がったところから話は始まる。
「大宮は『名所がない』『誇れるものがない』って言われがちです。でもあえてそういう街で、自分たちにしかわからない”ドローカルグッズ”をつくったら面白いんじゃないかと話していました」(中島氏)
仲間との内輪ネタが、気づけば本格的な企画として走り始めた。そこには、新型コロナ感染拡大という未曾有の事態も影響する。
「去年コロナが流行し始めたときに『こういうときだからこそ、何か面白いことをしよう』という話にもなって。人を集める必要がなく、なおかつ面白いネタを模索していたら、”ガチャガチャ”に行き着きました」(中島氏)
企画開始から約1年後の今年3月、大宮ガチャの第1弾を発売。ラインナップは全8種類。大宮の定番スポット「氷川神社」や、知る人ぞ知る老舗純喫茶「伯爵邸」など多彩だ。「われわれの独断と偏見で選んでいる」(中島氏)というマニアックなラインナップが、人気に火をつけた。
発売から2日で1000個が完売。3カ月後には5000個を売り上げた。中島氏も「まさかこんなに共感されるとは」と驚くほど、大きな反響を呼んだ。第1弾の大ヒットを受けて、6月に第2弾を発売。ラインナップは同じく全8種類。第2弾のラインナップも「埼玉県の人ですら日高屋以外わからない」と話題を呼ぶ。
そして9月には第3弾を発売。2006年に閉館した大宮のボウリング場「ハタボウル」や、冒頭の男性が引き当てたJリーグチーム・大宮アルディージャのホームスタジアム「NACK5スタジアム大宮」など、今回も”ディープ”な8種類のラインナップとなっている。
大宮ガチャの販売価格は1回300円。第1弾から第3弾までの累計販売数は、先述のとおり3万個を超えている。
■大宮のライバル「浦和ガチャ」も発売
大宮ガチャが大ヒットすると、ツイッター上で思わぬ反応があった。つぎは「浦和ガチャ」をつくってほしい――。続々と届くその声に応えるため、浦和ガチャの企画が立ち上がった。しかし、中島氏には一抹の不安があったという。
「浦和の人と大宮の人は少し”気質”が違うので、心配していた部分はありますね。合併して『さいたま市』になってから20年が経ったとはいえ、浦和と大宮には根深い”ライバル関係”もあるので……(笑)」
浦和と大宮のライバル関係は、メディアでも取り上げられるほど有名だ。「大宮でヒットしても、浦和では受け入れられないかもしれない」。大宮出身の中島氏だからこそ、その不安が頭をもたげたのかもしれない。
しかしそれは、杞憂だった。
今年9月に浦和ガチャの第1弾を発売すると、発売初日に1800個が完売した。先述したとおり、足元の累計販売数は約8000個。大宮ガチャをしのぐ勢いで売れているという。
「浦和の人たちの地元愛はすごいですね。それに、浦和と大宮のライバル関係も爆発力につながったと思っています。『大宮には負けられない』『浦和には負けられない』というのも含めて、地元で盛り上がっていただければ」(中島氏)
販売価格は同じく1回300円。ラインナップは全8種類だ。「伊勢丹浦和店」や「浦和PARCO」といった大手も参画している。もちろん、浦和レッズサポーター御用達の居酒屋「酒蔵 力」や、スタミナラーメンで有名な中華料理店「娘々(にゃんにゃん)」などマニアックな”顔ぶれ”もそろっている。
企画元のアルシェも予想だにしない勢いを見せる、大宮ガチャと浦和ガチャ。どうしてここまでのヒットになっているのだろうか?
要因の1つに、ツイッターの存在がある。新作を出すたびに、ラインナップに対してツイッター上で議論が噴出したり、思い出話が膨らんだりして「ネタが独り歩きしている」(中島氏)という。
また、ラインナップに”ツッコみどころ”があるのも肝だ。例えば大宮ガチャ第1弾の「そごう大宮店」。建物に本来あるべき「SOGO」のロゴがついていない。しかもガチャの説明書には、なぜか「そごう大宮店」だけ何の記載もない。ツイッター上ではさまざまな臆測を呼んでいるが、その真相は?
「そごう大宮店さんから『発売までに本部の承認が間に合わないので、ロゴも説明書きもなしにしてください』って言われたんです。われわれも『本当にこのままで大丈夫なのかな』と思ったんですが、結果的にそれも話題を呼びましたね」(中島氏)
加えて、「近年の”ローカルネタブーム”も影響している」と中島氏は分析している。
「いまは”ローカルネタ”が面白い時代になってきたと思います。アルシェでは地元を取り上げた商品企画の前例がなかったんですが、そこは時代に合わせましたね」(中島氏)
近年その”ローカルネタ”で大ヒットしたのが、2019年春に公開された映画『翔んで埼玉』だ。埼玉県を”イジり倒した”同作には、中島氏も感銘を受けたという。
「埼玉出身のわれわれが、『翔んで埼玉』を観て埼玉の面白さに気づかされました。『埼玉のことをこんなにイジっていいんだ!』って。今回の大宮ガチャと浦和ガチャも、そこに感化された部分はあります」
■大宮ガチャ・浦和ガチャにさいたま市長も共感
現在は、大宮ガチャ第4弾、浦和ガチャ第2弾の年内発売に向けて動き出しているという。
中島氏は「大宮も浦和もまだまだネタが満載なので、できるところまでやりたい」と意欲的だ。が、すでに大宮・浦和で計32種類を発売している。”ネタ探し”には苦労していないのだろうか。
「実は大宮ガチャの第2弾から『さいたま観光国際協会』も企画に協力してくれているんです。観光協会にいろいろと紹介してもらいながら、ラインナップを増やしています」(中島氏)
また、大宮ガチャの売り上げの一部をさいたま市に寄付していたところ、今年7月にさいたま市長から感謝状が贈られたという。「さいたま市さんもガチャにすごく共感をしてくれて、楽しんでもらっています」と中島氏。”内輪ネタ”から始まった企画が、徐々にその”輪”を大きくしている。
さらに話題は、さいたま市を飛び出し始めた。埼玉県内外の企業や団体が、アルシェに対して共同企画の相談を持ちかけているという。
「大宮や浦和のように、”地元愛”を掘り起こすという視点で一緒に取り組めば、いろいろな街で企画ができそうです。まずはできるところからどんどんやっていこうと思います」(中島氏)
大宮発の”ローカルガチャ旋風”が、これから日本各地を巻き込んでいくかもしれない。
新妻 翔:フリーライター