先月29日、衆議院本会議で可決・成立した「改正放送法」によって、NHKの全番組がパソコンやスマホで放送と同時に配信することが可能となった。NHKの上田良一会長は「来年の東京オリンピックで最高水準のサービスを目指すため2019年度の開始を目指す」と表明していおり、2019年度中に総合テレビと教育テレビで実施予定としている。
NHKは2010年から同時配信の意向を表明しており、これまでも災害情報などのネット同時配信は実施されてきた。背景には人口減少や若者のテレビ離れとスマホなどネット視聴の増加への対応、そしてNetflixやAmazonプライムなど、海外プラットフォームへの対抗もあるとされている。
■地上波も”見たら払う”にすればいい、という議論を呼び起こす?
テレビを持たない若い人も増加する中、やはり最も気になるのが受信料の扱いの問題だろう。しかし上田会長は「放送と通信の融合時代に相応しい受信料制度の在り方については研究が必要な課題だと考えている」と言及するにとどめており、未確定の要素が多いのが現状だ。他方、NHKの受信料収入は5年連続で過去最高を更新。支払い率も2018年度に82%と過去最高を記録している。
元経産官僚の宇佐美典也氏は「受信料を払うこと自体は仕方ないと思っているが、総務省は携帯キャリアに対してうるさく言っているのと同じくらい、もっと丁寧に説明しろよと思っている」と訴える。
メディアコンサルタントの氏家夏彦氏は「今のところ、テレビジョンがあって受信料を払っている方からの二重取りはしない方針で、スマホだけで見たいという方は、BS放送のように受信料を払えば見られる仕組みを考えているようだ。また、今年に入ってTVerへの参加の話も出ていて、TVer関係者によれば、NHKとの間で着々と議論はしているようだ。ただ、これは”だったら地上波放送もそうすればいいではないか”という議論を呼び起こす、いわば”パンドラの箱”を開けてしまうことにもなるし、収入が増えているなら受信料を下げろよ、という話にもなってくる。以前値下げの議論も出たが、驚くほど僅かな下げ幅だった。”それならNHKに払うならNetflixに払った方がいい”という話にもなってしまう」と説明した。
また、ウツワ代表のハヤカワ五味氏は「受信料を払っているのに、ネットで見逃し配信を1話見るごとに200円を払わないといけない理由がよく分からない。例えばEテレの『ねほりんぱほりん』にならいくらでも払えるという気持ちがあるし、特定のコンテンツにだけ課金できるなら、払おうという人も増えるのでは」、紗倉まなも「特に若い人の意識には、受信料=高いとか、トラブルが起きているといったイメージが根付いてしまっているし、そこを脱却できなければ新たな視聴者は増えないのではないか」と指摘する。
氏家氏は「NHKがネットの見逃し配信サービスを始める際、受信料はあくまで放送に使うものであって、配信には使わない。そこを完全に切り分けた独立会計で行うというルールができた。受信料を払っているからといって見逃し配信を無料で見せるという訳にはいかないし、ここでもやはり”民業圧迫”という言葉も出てくる。しかし、当然ながらテレビを見ている高齢者層は減っていく。そうなった時のために、ネットからも受信料を取れる仕組みを作っておきたいという深謀遠慮は当然あると思う」とした。
■複雑な権利処理対応、ローカル局の経営にも打撃?
民放連の大久保好男会長は「これからも(NHKと民放の)二元体制はしっかりと維持しつつ、NHKと協調できるところは協調し、切磋琢磨するところは切磋琢磨する」と述べているが、NHKの肥大化が民業を圧迫するのではとの懸念の声も少なくないのが現状だ。
これに関して氏家氏は「テレビ放送のヘビーユーザーが高齢者ばかりになっていて、メディアパワーが落ちているのは明らか。そうすると広告媒体としての魅力もなくなってきてしまうし、若い人たちが見るように環境を変えなければならない。その意味では、民放も一緒にやった方がいいと思っているし、同時配信のための法改正はもっと早くすべきだった。ただし、色んな問題がここにはあって、これを整理するのはすごく大変だ」と話す。
それが権利処理やローカル局の問題だ。「ニュースは関係ないからから今までも同時配信ができたし、来年のオリンピックだけということなら可能だと思う。ただ、それ以外のジャンルの番組やCMは権利の塊で、放送のために作っているものを契約なしにそのまま配信することはできない。だからAbemaTVもそうだが、映像や曲の差し替え作業が発生する。タレントさんにお支払いするギャランティーも別になってくる。その権利処理のための仕組みはまだはっきりとできていない。また、地方局をどうするのかという問題もある。例えばテレビ朝日が関東圏で放送しているものを全国に配信した場合、経営が厳しい系列のローカル局の中には営業にすぐに響いてしまうので、泣くところが出てくるかもしれない。そこのところの整理もちゃんとしなければいけない。もちろんradikoのようにIPアドレスを使って地域制限をかけることもできるが、視聴者にとって首都圏のキー局の番組が見られるようになるのは良いこと。逆に関西では有名だが関東では見られない『ちちんぷいぷい』などのローカル曲の番組が全国で見られるようになれば、それはそれで面白い」(氏家氏)。
■AbemaTVの中に「NHKチャンネル」を作る!?
市場環境の変化に晒されるのは、テレビ局だけではない。動画領域に取り組むIT企業も同様だ。
「これまでNHKが何かやる時に民放が言ってきた”民業圧迫”だが、ネット動画配信はIT企業も圧迫される。NHKの受信料は年間7000億くらいの規模。それを動画配信事業の方に注ぎ込みだしたら、それこそAbemaTVも困ってしまうはずだ。先日、Yahoo!の川邊社長は”NHKだけでやるんじゃなくて、GYAO!でも配信させてください”と言っていた。それももっともな意見で、僕はありだなと思った。つまりAbemaTVの中にNHKチャンネルを作って、そこで流してもいい。やはりNHKの適正規模の問題もある。今、地上波2チャンネル、BS2チャンネル。”そんなに必要なの?もっとミニマムでいいんじゃないの?”という意見もある」(氏家氏)
宇佐美氏も「今回の法改正はオリンピックをスマホで見るために必要な手続きとして出てきたというのが役所としての捉え方。それに乗っかって様々な思惑もあるとは思うが、まだ制度的な議論にはなっていない。いずれにせよ、NHKがここまで巨大なプラットフォームを持っている必要はない。コンテンツを作って提供すればいいし、規模を縮小してもいい。焼け太りにならないような制度的な議論をどんどんして欲しい」と注文を付けていた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より