これから日本が必ず直面する「人口減少」は、各業界にどんな影響を招くのか。ここでは「製造業界」に絞って解説。国内メーカーが世界で通用する革新的なヒット商品を作れなくなった理由とは? 【グラフ】超高齢化が進むメーカーの社員構成 累計100万部を突破したジャーナリストの河合雅司氏の『未来年表』シリーズ最新刊『 未来の年表 業界大変化 』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ 後編 を読む) ◆◆◆
ものづくり大国の難題
天然資源に乏しい日本は「ものづくりの国」である。近年、海外に拠点を移した企業も多く日本のGDP(国内総生産)における製造業の比重は下がってはいるが、2020年時点において約2割を占めており、依然としてわが国の中心的な産業である。 新たなイノベーションや技術を生み出す製造業は“日本の砦”ともいえる存在であり、日本経済にとっては「2割」以上の意味を持っている。 いま、製造業は世界的に過渡期にある。カーボンニュートラル、人権尊重、DX(デジタルトランスフォーメーション)といった事業環境の大きな転換期を迎えているためだ。ロシアのウクライナ侵攻による資源高や半導体などの部品、素材不足、あるいはサプライチェーン全体のサイバーセキュリティー対策といったさまざまな課題にも直面している。 こうした喫緊の課題への対応の困難さもさることながら、日本の製造業には今後、人口減少の影響が大きくのしかかってくる。
若い就業者が100万人以上減少
まずは製造の現場の人手不足だ。 経済産業省などの「2022年版ものづくり白書」によれば、日本の就業者数は2002年には6330万人だったが、2021年には6713万人に増えた。しかし、この間、製造業の就業者数は1202万人(就業者全体の19.0%)から1045万人(同15.6%)へと157万人減っている。 むろん、就業者の総数が減ったことがただちに問題というわけではない。機械の高度化に伴ってオートメーション化が進み、昭和時代のように生産ラインに多くの女性就業者が並んで作業をするという光景はほとんど見かけなくなった。さらには製造拠点の海外展開によって「職場」そのものが大きく減ったという要因もある。就業者の総数が長期下落傾向をたどったのは自然の流れだ。 では、何が問題かといえば、年齢構成の変化だ。製造の現場が急速に高年齢化しているのである。「2022年版ものづくり白書」によれば、34歳以下の就業者を2002年(384万人)と2021年(263万人)とで比較すると、この20年ほどで121万人も減少している。製造業全体で見ると、2021年時点の34歳以下の就業者は25.2%でしかない。 オートメーション化や工場の海外移転などによって就業者数を減らしコストカットをしてきた企業が多いが、結果として若い就業者を減らすことになったということだ。だが、いくらオートメーション化を進めていっても、すべての工場が人をまったく必要としなくなるわけではない。日本の製造業全体として最低限必要な人数というのがある。それが確保できなくなってきているのだ。 長期にわたって若者が製造業から離れていったことの弊害は大きい。国内工場が相次いで閉鎖されたこともあって、次の世代の若者たちは先輩などから工場における仕事の内容を聞いたり、工場そのものに接したりする機会が少なくなった。それは工場に勤務した場合の自分の将来像がつかみづらくなったということだ。 「きつい仕事の割に給料が安い」といった、必ずしも事実ではない勝手なイメージの広がりをこのまま許すことになれば、製造業を身近に感じない人がますます増えることとなる。
日本の製造現場の1割を高齢社員が支える
ただし、新規学卒者に不人気になったのかといえば、そうでもない。「2022年版ものづくり白書」によれば、製造業における新規学卒者は2013年の13万人から増加傾向にあり2020年は16万5600人となっている。全新規学卒者における製造業への入職割合もこの数年は12%前後を維持している。 新規学卒者の就業が増えているにもかかわらず、34歳以下の就業者の割合が減っているのはこの年代で退職する人が多く、新規学卒者の就業が多少増えたぐらいでは穴埋めできていないということだ。増えているといっても底を打っただけで、多くの若者が製造業に押しかけていた時代のような勢いに戻ったわけではない。 34歳以下の離職者が多いことを窺(うかが)わせるデータもある。独立行政法人労働政策研究・研修機構の「ものづくり産業におけるDXに対応した人材の確保・育成や働き方に関する調査結果」(調査時期は2020年12月)によれば、中途採用がメインとなっている。2017~2019年度に中途採用を「募集しなかった」企業は13.4%にとどまっているのだ。「中途採用が中心」という方針の企業は52.6%と半数を超えており、「新卒採用が中心」(21.4%)を大きく上回っている。 これは同時に、新規学卒者の採用が若干増えようが、中途採用を積極的に展開しようが、定年退職や離職者の穴を埋めるだけの人数を確保し切れていない実態を示すものである。米国と中国の対立激化などによって海外に製造拠点を移転させた企業が国内回帰を求められているが、もしそうした動きが大きくなれば人材確保はさらに厳しさを増すことになるだろう。 若い就業者が計画通り採用できず、定着もしないとなると、必然的にベテラン勢に頼ることとなる。老後の生活費不足を働くことで補いたいと考える人が増えていることも手伝って、製造業の65歳以上の就業は2012年頃から2017年まで上昇カーブを描いた。「2022年版ものづくり白書」によれば、2002年は58万人だったが2021年は91万人にまで増えた。これは製造業全体の就業者の8.7%にあたる。 日本の製造現場の1割近くは高齢社員によって支えられているのである。高齢者の就業が進んだことで、34歳以下の割合がより下がって見えている面もある。 とはいえ、高齢者の場合、健康面での個人差が大きくなり誰でも良いわけではない。加齢に伴う体調面での不調も増える。若い頃のように働けるわけではない。
外国人依存では乗り切れない
そこで大きくなるのが、外国人労働者への依存度だ。厚労省の「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」(2021年10月末現在)によれば、外国人を雇用している製造業の事業所は2017年の4万3293ヵ所から年々増え2021年は5万2363ヵ所になっている。 外国人労働者数は新型コロナウイルス感染症に伴う入国制限で2020年以降は微減となっているが、コロナ禍前は急増していた。2017年(38万5997人)と2019年(48万3278人)を比較しても9万7000人以上増えている。いまや日本の製造業は高齢者や外国人が主戦力なのである。 だからといって、外国人依存で乗り切ろうという発想は危うい。外国人労働者の雇用状況は水ものだからだ。先述したように他国との争奪戦が激しい時代になってきており、安定的に採用できるとは限らない。 製造の現場における若い就業者の減少は、技術の承継を困難にする。小規模や零細企業ではベテラン社員の熟練の技に頼っているところが少なくない。それは、知識というよりも経験と勘が重要であることが多く、一朝一夕に身につくものではない。就業者の世代交代がうまく機能しなければ、熟練の技が消えることはもとより、その企業の「強み」が消え、経営が行き詰まることでもある。 そうした技術の消滅は大企業の生産や開発にも影響を及ぼす。日本の製造業は、幾層もの下請け企業によって成り立っている。製品を作るのに不可欠な部品や素材を作っている下請け企業の熟練の技を失ってしまった場合、代わりは即座には見つからない。 消費者の生活を一変させるような画期的な製品はほとんど誕生しなくなり、日本の製造業は、全体としては往年の勢いがなくなった。中国や韓国、新興国の企業の台頭を許している分野が目立つことも覆い難い事実だ。 だが一方で、製造プロセスが複雑で模倣困難なファインセラミックス部材など優れた技術はいくつも存在する。「世界ナンバーワン」を誇る隠れた日本の中小、零細企業は少なくない。それは日本の経済成長にとってなくてはならない存在となっている。確かな技術に裏打ちされた熟練の技こそが、「世界ナンバーワン」に押し上げている力となっているのだ。 少子高齢化や人口減少がもたらす製造の現場の若手不足は、日本の「ものづくり」のみならず日本経済にとってのウイークポイントである。 「ドライバー不足で荷物の3割が届かない」人類史上“最も便利すぎる社会”が招いた「物流崩壊」の危機 へ続く