国民年金納付率が9年連続改善なのに「保険料が払えない人急増中」の謎と深刻

自営業者などが加入する国民年金。年金保険料納付率はどんどん上がっているのに、なぜか保険料を実際に払っている人が減っているという奇妙な実態が明らかになっている。連載『知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴』の第225回では、一見明るいニュースの裏に隠された年金保険料納付にまつわる深刻な実態をつまびらかにする。コロナで収入が減り年金保険料支払いに苦労する人は必見だ。(フリーライター 早川幸子)

将来年金が受け取れない人、ジワジワ増加中の深刻

 6月28日、厚生労働省が「令和2年度の国民年金の加入・保険料納付状況」を公表した。自営業者などが加入する国民年金の保険料納付率は71.5%。前年比2.2ポイントアップで、9年連続の改善となった。

 納付率の改善は、個人のセーフティーネットの充実や年金財政の健全化につながり、喜ばしいことではある。だが気になる点もある。改善の一方で、保険料の納付猶予や全額免除を受けている人も増加していることだ。

 2020年度の国民年金の加入者1449万人のうち、規定の保険料を納めたのは726万人で、実は全体の50%ほどしかいない。42%にあたる609万人が、納付猶予や全額免除を受けている(残りの8%の115万人は未納者)。前年度に比べると、保険料納付者は20万人減少し、納付猶予者・全額免除者が26万人も増加しているのだ。これはどういうことなのだろうか?

 わかりにくいが、国民年金保険料の納付率は納付義務がどれだけ果たされているか、という納付状況を見るための指標であり、納付月数÷納付対象月数×100で算出している。この計算式による納付率自体は年々上昇しているが、新型コロナウイルスの感染拡大による経済や雇用の悪化により、2020年度に実際、国民年金保険料を支払った加入者数は前年よりも大幅に減少しているということである。

 そして、国民年金保険料の納付期間が短い、厚生年金・共済年金に加入していないなどの理由で、十分な年金が受け取れない「低年金」状態になる可能性のある人がジワジワと増えている、ということをも意味している。

*指定期間の保険料支払い、または免除等の手続きがなければ年金はもらえない

*保険料支払いが苦しくなったら納付猶予や申請免除を利用しよう。滞納すると老齢・障害・遺族すべての年金の受給権を失う

*申請免除を受けた場合は、免除額に応じて老齢年金が減額される。いつまでも申請免除を受け続けると、老後に不安を先延ばしすることになる

保険料の納付要件を満たさないと 公的年金の給付が受けられない

「年金」というと、「老後にもらうもの」というイメージを抱きがちだが、日本の公的年金保険は、次の3つの経済的リスクをカバーできる設計になっている。

●老齢年金…現役世代に比べて安定した収入のなくなる老後の生活を支える年金

●遺族年金…加入者の死亡後に残された家族の生活を支える年金

●障害年金…病気やケガをして障害が残った場合の生活を支える年金

 老齢年金は、高齢期の生活を支えるためのものなので、給付を受けられるのは原則的に65歳になってからだ。若い世代は、メリットを実感しにくいところがあるかもしれない。また、遺族年金は、扶養する家族のいる人が死亡した場合に支払われるものなので、子どものいない人などは給付の対象にならないこともある。

 だが、3つ目の障害年金に関しては年齢や性別にかかわらず、誰にでもお世話になる可能性がある。病気やケガをして障害が残り、仕事や生活に支障が出ることは、老若男女問わずいつでも誰にでも起こりうることだからだ。

 このように公的年金保険は、障害年金を備えているために、誰にとっても不可欠な保障となっている。こうしたリスクを包摂するために、日本では皆年金制度をとって、国籍に関係なく、この国で暮らす20~60歳までのすべての人に、公的年金保険に加入することを義務付けている。

 公的年金保険は強制加入の国の制度ではあるが、大本の仕組みはあくまでも「保険」だ。そのため、加入者には保険料の負担が求められる。保険は、予測される経済的リスクに備えて、事前に多くの人が少しずつお金を出し合って、病気やケガ、死亡などの保険事故に遭って困っている人を救済するものだ。いわば、相互扶助の仕組みで成り立っているので、給付を受けられるのは、保険料の納付義務を果たした人に限られる。たとえば、若い世代の人も受給する可能性のある障害年金は、次の2つの保険料納付要件のいずれかを満たしていることが条件だ。

・初診日がある月の前々月までの公的年金の加入期間の3分の2以上、保険料を納付(または免除)していること

・初診日が65歳未満で、初診日のある月の前々月までの1年間に保険料の未納がないこと

 この2つのうち、いずれかの要件を満たしていないと、たとえ大きな事故に遭って障害が残っても障害年金をもらうことはできない。これは負担と給付をバランスさせ加入者全体の保障を守るためのルールだが、ある意味シビアな制度でもある。

 年金の加入先は職業に応じて異なる。(1)自営業やフリーランスの人などは「国民年金」、(2)会社員や公務員は「厚生年金」。そして、(3)会社員や公務員に扶養されている配偶者は、「第3号被保険者」として国民年金に加入する。今回、厚生労働省が発表したのは、(1)の国民年金の保険料の納付状況だ。

経済的に厳しい人を救済する 納付猶予・申請免除制度とは

(2)の厚生年金の保険料は、所得に応じた保険料を労使折半で負担する。自己負担分は給与から天引きされ、会社負担分と合わせて、勤務先がまとめて納付してくれる。また、(3)の第3号被保険者は保険料の負担はなく、加入手続きは配偶者の勤務先が行う(以前は、手続き漏れによって未納期間が発生したこともあったが、救済措置が施され、過去に起こった第3号被保険者の未納問題は解消している)。そのため、会社員や公務員、その配偶者は、保険料の未納が発生することは、まずない。

 一方、(1)の国民年金は、自営業者やフリーランスの人、非正規雇用の労働者などが加入するもので、自ら保険料を納めなければならない。保険料は、所得に関係なく一律で、2021年度は月額1万6610円。低所得の人にとっては、負担の大きなものになっている。生活するのに精いっぱいで、年金保険料まで手が回らないという人もいる。

 そこで、所得が低かったり、失業したりして、経済的に苦しく、保険料の納付が難しい人のために用意されているのが、納付猶予や申請免除という救済制度だ。●納付猶予

 失業したり、収入が減少したりして、本人と配偶者の前年の所得が一定以下の場合に、本人の申請によって、保険料の支払いを一定期間待ってもらえる制度。利用できるのは、50歳未満の人。

 猶予が認められると、その間は保険料を納めていなくても、受給資格期間にカウントされ、障害年金と遺族年金は受給できる。ただし、保険料を納めていない期間は、老齢年金の受給額には反映されない。

●申請免除

 本人・世帯主・配偶者の前年の所得が一定以下、または失業などによって、経済的に苦しい場合に、本人が申請すると、保険料の納付が免除される制度。免除額は、所得に応じて、「全額」「4分の3」「半額」「4分の1」の4種類がある。

 免除を受けた期間は、受給資格期間にカウントされるので、老齢年金、障害年金、遺族年金のいずれも受給できる。ただし、老齢年金の受給額は、免除額に比例して減額されるので、満額の老齢年金を受け取ることはできない。

 こうした救済措置があるのに、何も手続きしないで保険料を滞納してしまうと、老後の年金だけではなく、病気やケガで働けなくなった時にもらえるはずの障害年金、死亡時にもらえる可能性のある遺族年金の受給権も失うことになる。経済的に苦しい時は、積極的に納付猶予や申請免除を利用して、年金の受給権を確保しておくのが鉄則だ。

 通常、納付猶予や申請免除を受けるためには、所得の証明が必要になる。だが、コロナ禍では急激な収入の落ち込みが問題となったため、臨時特例が適用されて、現在は「減収見込み」で利用できる。

 2020年2月以降にコロナ禍によって収入が減少し、所得水準が免除や納付猶予の要件を満たす見込みがあれば申請可能。2021年度分の保険料も、引き続き対象となっている。

 昨年は、コロナ禍で経済環境が悪化し、多数の雇い止めも発生した。そのため、冒頭で紹介したように、納付猶予や申請全額免除を利用した人が、前年度に比べて26万人も多くなったのだ。

 納付猶予や申請免除などの救済制度を利用すれば、当面の生活を守ることはできるが、いつまでも猶予や免除を受け続けることは、老後に不安を先延ばしすることになる。

 前述したように、納付猶予を受けた期間は、老齢年金の受給額にはまったく反映されない。また、申請免除を受けた場合は、免除額に応じて、老齢年金が減額される。全額をきちんと納付した場合と比べると、もらえる年金額は、次のようになる。

・全額免除…………2分の1

・4分の3免除……8分の5

・半額免除…………8分の6

・4分の1免除……8分の7

 40年間、保険料を全額納付した場合に、65歳からもらえる老齢基礎年金の金額は78万900円(2021年度)。だが、たとえば20歳から40年間、全額免除を受けた場合は約39万円で、月額3万円ほどだ(2021年度価額の場合)。年金ゼロよりはいいが、老後の生活費と考えると、かなり心細い。

納付猶予や申請免除制度の陰に潜む 老後の無年金、低年金のリスク

 冒頭で見た国民年金保険料の納付率は、自営業者やフリーランスの人などの国民年金加入者が、どのくらい納付義務を果たしているかを見るための指標だ。保険料を納める義務のある対象月に対して、実際に納めた月数の割合を算出した数字だ。

 分母となる納付対象月には、法定免除、申請全額免除、学生納付特例、納付猶予、産前産後の免除を受けた月数は含まれていない。そのため、納付猶予や全額免除を受けることで、保険料を納めない人が増えても、納付率には影響しない。

 それどころか、それまで保険料を滞納していた未納者が、納付猶予や全額免除の手続きを行えば、分母が減って納付率は上昇する。こうした算出方法のルールによって導き出されたのが、「納付率71.5%、9年連続の改善」という数字だ。

 納付状況は改善しているように見えても、猶予や免除を受けている人も含めると、実際に保険料を納めていない人は半数に及んでいる。今後、保険料の追納をしなければ、老後に無年金、低年金となる可能性が高く、不安要素になる。

 だが、未納者の増加がそのまま年金の破綻につながるわけではない。会社員や公務員などの厚生年金加入者も含めると、国民年金の未納者や未加入者の割合は全体の約2%。猶予や免除を受けている人は、全体の約9%。年金制度全体への影響は低い。

 そもそも、公的年金保険は、保険料を納めていない人には給付されず、受給資格要件を満たした人にしか年金は支払われない。未納者や免除者が増えても給付に影響はなく、年金が破綻するわけではないのだ。

 それよりもこの問題の本質は、猶予や免除などを続けた本人が無年金、低年金になっていくことにある。

 国民年金は、満額でも年間約78万900円。月額約6万5000円だ。これでも、年金だけでは生活していくのは厳しいものがあるが、免除期間が長くなれれば、さらにもらえる老齢年金は減っていく。

 一度、全額免除の承認を受け、本人が免除の継続を希望すると、翌年以降は申請しなくても免除を受けられる(特例による免除承認は、翌年度の申請が必要)。

 だが、いつまでも、免除や猶予を受け続けると、老後の生活の不安が増大する。

 猶予や免除を受けて、万一の病気やケガに備えられる障害年金の受給権を確保しておくことは重要だ。しかし、救済措置を利用するのは、経済的に厳しい期間を一時的にしのぐものと捉えて、コロナ禍が治まったら早めに生活を立て直すようにしたい。

 保険料の猶予や免除を受けても、10年以内であれば、さかのぼって保険料を納めることができるので、できるだけ追納して、老後にもらえる年金を増やせるようにしておこう。

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