住宅購入は人生で一番大きな買い物。それは令和の現在も変わらない。しかし東京23区では新築マンションの平均価格が1億円を超えるなど、一部のエリアでは不動産価格の高騰が止まらない。
不動産市場の変遷や過去のバブル、政府や日銀の動向、外国人による売買などを踏まえ、「これからの住宅購入の常識は、これまでとはまったく違うものになる」というのが、新聞記者として長年不動産市場を研究・分析してきた筆者の考え方だ。
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今回は、バブル期などに乱開発された新興住宅地(坂の多い町)などについてレポートする。
「〇〇が丘」「〇〇台」は過去に乱開発された住宅地?
過熱する不動産市場によって、東京23区だけでなく、地方でも都市部ではマンション価格が高騰している。
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その結果、首都圏では23区外の多摩地域や横浜、川口など、地方でもいわゆる郊外に住宅を求めざるをえないという人が増えていくだろう。暴騰する都心での住宅購入に手が届かず、周辺エリアで手を打つ層が増えたためだ。
このような状況の中、住宅を選ぶ際に注意してほしいことがある。
それは、そのエリアの地形である。
外見上の人口爆発によって、50〜60年ほど前から無理な開発によってつくられた坂の多い町は、「〇〇が丘」「〇〇台」などと名づけられることが多かった。
筆者が長期間観察してきたのは、神奈川県横須賀市のハイランドや奈良県生駒市の鹿ノ台などだ。
住民の高齢化が進む一方のこれらの地域は、人口減や空き家増に翻弄され、驚くほどの「旧・新興住宅地」の様相を呈している。
これらの地域は、今後ますます少子高齢化、地価暴落、空き家増、店舗閉鎖、気候変動による豪雨災害などの憂き目に遭うだろう。
今回は「〇〇が丘」「〇〇台」などのエリア、全国各地の坂の町について考えてみよう。
筆者は梅雨入り前の6月中旬、久里浜駅から尻こすり坂通りをのぼり、横須賀市ハイランドの住宅街を訪ねた。
坂の町・横須賀を訪ねて
ちなみに「尻こすり坂通り」とは、かつては荷車が後部をこするほどの急坂であったことから名づけられたという。
坂の走破が好きな「坂バカ」の自転車愛好家にとっては何よりの「心臓やぶりの坂」が縦横無尽に走るのがここ、横須賀市のハイランドだ。地獄坂という坂もある。
「湘南ハイランド」と呼ばれるこのエリアは、神奈川県横須賀市の南部に位置する。
大阪の繊維会社だった山万が東京進出後に手がけた宅地開発事業の第1弾で、そのノウハウは千葉県佐倉市のユーカリが丘に引き継がれた。
山林を切り開いて造成されたハイランドは、広大な丘陵の「ニュー」タウンで、半世紀前に住民たちによる命名で「ハイランド」が住居表示の地名となった。
天気のよい日には東に房総半島、西に相模湾や富士山を眺望する「急坂」の住宅街。
日本初のカタカナの町名ハイランド。当時は富士山や東京湾を眺望し、テニスコートやプールもある憧れの街だった。
人が集まり、人が高みに上るのはタワマンだけではない。
バブル時代までは、このハイランドのように、郊外の山林が開発され、眼下を見渡せる眺望が人気となっていた。
人口は1万人を割ったが、人口減少や不動産相場の下落はそれほどでもないところを見ると、1区画200㎡超で分譲されたバブル時代の「高級感」が、まだ残っているのかもしれない。
眺めのよい坂の町も、高齢者にはキツい
バブル時代に開発されたこの分譲地も、いまは住民の多くが高齢者となっている。
夕刻、京急久里浜駅から通勤客を乗せたバスが急な坂を上り、ところどころのバス停で住人を下ろす。
退職した高齢者や犬の散歩、買い物客には厳しい坂で、マイカーが欠かせない。
全国の坂の街にはよく石段がある。歩行者が急斜面を移動するには格好の手段で、眺めもよい。
前述のハイランドにも、中高年にとっては自分の年齢の数を超えるような段数の急角度の石段があるが、ペットや足の不自由な高齢者にはキツい坂だ。
ハイランドの他にも、首都圏エリアで、遠距離通勤、高齢化、人口減少に悩む坂の街といえば、埼玉県の坂戸市に近い鳩山町がある。このあたりは駅名も坂戸、北坂戸、高坂と続く、まさに坂の町だ。
東京都の多摩エリアで「すごい坂!」と驚かされ、空き家増や高齢化が進んでいるのは八王子市南部の京王本線沿線だろう。駅でいえば北野駅周辺で、北野台、片倉台など坂を連想させる地名や駅前もある。
また、横須賀に近い逗子市、三浦市も同様だ。
とはいえ、悪いところばかりではない。
全国的に見て、「〇〇が丘」「〇〇台」などの坂の街は住民の自治意識が高く、ゴミなどは散らかっていないし、地区計画など街並みを守ろうとする住民発意の取り組みもある。
広島湾を囲む広島市や呉市、多くの入江を有する横須賀市は、水深が深い海軍拠点の好立地地形であり、結果として地上に突き出した部分も高低差が激しい坂の街である。
長崎市や神戸市も似たところがある。
明治時代から軍事需要や造船業に育てられ、人事拠点や海洋関連の工場で日本を支えてきた立派な都市群だ。
こうした都市群において人口が減っていくのは、旧来のビジネスモデルの見直しが万全でなかったためでもあろう。
半世紀前の開発時は人口が増えていたが、相続では長男有利の時代だったため、次男以下は坂の町に住み、「坂上二郎」さんが、たくさんいたはずだ。出生率から見て一人っ子が多く、「次男がいない」という状況は、右肩下がりの坂の街には試練といえる。
坂の町の災害リスク
「〇〇が丘」「〇〇台」の名前を誇りにしてきた急峻な新興住宅街は、災害リスクも抱えている。
地球温暖化で雪や路面凍結などは減るだろうが、線状降水帯の増加による集中豪雨などが増えるからだ。
それを思い出させるのは、線状降水のニュースが洪水のようにあふれる梅雨の時期だ。
たとえば、人口増加を狙った広島市は、狭い旧市街地ではなく、安佐南区や安佐北区の中国山地を切り開いた住宅開発を認めてきた。その結果、これらの地区は豪雨による土砂災害などに見舞われてきた。
世田谷や横浜は高級住宅街のイメージをいまだひきずり、都心から距離がある割に不動産価格は高値を維持しており、まだまだ高嶺の花といえる。
まちづくり条例がしっかりしている世田谷区は、住居エリアの容積率や建蔽率の規制もしっかりしている。
これは世田谷は多摩川沿いの河岸段丘の街であり、標高差が目立つ丘や谷が多いからという理由もある。
世田谷の語源は「瀬戸」(狭小で急峻な海峡・谷間)と「谷」とも解釈できる。
横浜も、観光客が訪れるみなとみらいなどは埋立地で平坦だが、その多くは丘陵地帯で、都心部から離れたエリアはとにかく坂が多い。
2023年、世田谷区成城で大規模な擁壁崩れが起きて、テレビなどで盛んに報じられた。擁壁崩れがあった場所はかつてマンションのような建物があったらしいが、事故時は解体されて更地に化けていた。
ところが建物があった後方ののり面に擁壁等がなく、崩落前はマンションが擁壁の機能を果たしていたのかもしれない。
「〇〇が丘」「〇〇台」「谷」「丘」「山」のつく地名
住みやすいかどうかという視点で住宅を選ぶなら、地名にも注意することだ。
不便な高台にあるエリア、坂の多いエリア、無理な山林開発が行われたエリアなどは、地図を見ただけではわかりにくい。
開発された住宅地を示す「〇〇が丘」「〇〇台」、高低差のある「谷」「丘」「山」のように、地名にヒントが隠されていることもある。
本稿を執筆中の6月末、筆者が長年観察してきた奈良県生駒市の住宅地で土砂崩れが起こった。生駒市は生駒山の麓にあり、高低差のある坂の町として知られている。
住宅購入を検討するなら、そのエリアの開発の歴史などを探ったうえで、10年後の住民構成や不動産価格がどうなっているかを考察するとよい。