11月5日に開票が行われたアメリカ大統領選は共和党のトランプ氏が圧勝した。アメリカ国民はなぜ再びトランプ氏を選んだのか、そしてアメリカはどこへ向かうのか、日米関係にどんな影響があるのか。『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』の著者であるジャーナリスト・思想史家の会田弘継氏に聞いた。
※記事の内容は東洋経済の解説動画『どうなるアメリカ』から一部を抜粋したものです。外部配信先では動画を視聴できない場合があるため、東洋経済オンライン内、または東洋経済オンラインのYouTubeでご覧ください。
体制に対する不信感を抱いている
――アメリカ大統領選はトランプ氏の圧勝といっていい形で終わりました。訴訟を山のように抱えている人物がこれだけ勝ってしまうということ自体、なかなかのみ込みにくいですが、どのように見ていますか。
【動画で見る】「どうなるアメリカ」根底にあるのは上下の分断、日米関係の行方、中国・ロシアへの影響は?
一種の価値観の転倒がアメリカの国民の頭の中で起きていて、訴訟うんぬんは問題じゃないんだということですね。政治、経済をこれまで動かしてきた人々に対する深い不信、あるいは疑念、ちょっと大げさに言うとインチキではないかというような気持ち、そういうものが一挙に噴出している。これがポピュリズム現象ということなんです。
アメリカ人のかなりの部分が今の体制そのものに疑問を持っている。これはもうあえて言えば「革命」に近い。
価値観が変わっていく、あるいは体制そのものに不信感を抱いて、変えようとする。それを選挙を通してやっているわけですが、一時的には2021年1月6日の暴動(大統領選に不正があったと主張するトランプ氏の支持者らが、連邦議会議事堂を襲撃した事件)のようなことも起きたわけですし、かなり流動的なところに差しかかっているんだと考えたほうがいい。
それに伴って今、20世紀型のアメリカにもしかしたら根本的な変化が起きるかもしれない。
20世紀型のアメリカとは何かというと、1つはニューディール(フランクリン・ルーズベルト政権下で行われた恐慌対策)を通して1930年代に大きく変貌した。同時に2度目の世界大戦にぶつかっていくことによって、世界最大の産業国家として、経済国家として、その力をフルに活用して、世界の秩序を支える仕組みをつくってきた。
このリベラルインターナショナルオーダー(自由で開かれた国際秩序)のもとで日本も繁栄してきたわけです。多くの国が、アメリカが主導してつくったこの仕組みの中で動いてきたわけですが、それを作り出し、支えるアメリカが今までとは違う形になってきますから、国際秩序そのものも変わっていくというふうに考えるべきでしょう。
それを端的に示すのが「アメリカファースト」という言葉だと考えたらどうでしょうか。
トランプは「媒介」の役割を果たしている
——日本人が自明のものとして受け入れている国際秩序が、まさに今大きく変えられようとしている。これはもう本当に日本人にとってもひとごとでない。それだけアメリカで起きている革命的なことを理解しなきゃいけないということだと思います。なぜ、トランプというかなり破天荒な人物がこの革命のシンボルになったのでしょうか。
「なぜこんな人が」と皆さんはさかんに言うんですけれども、一種偶然性みたいなところがあって、あるタイミングで彼が登場してそれがぴったり時流にはまった。彼はビークル(媒介、伝達手段)の役割を果たしていて、そこに人々の期待が乗せられている。
彼自身は別に自分で新しいことを考えたわけではない。(1992年、1996年の大統領選に立候補した)パット・ブキャナンが実質的には1990年ごろからアメリカファーストの主張をしていて、今トランプが言っていることは、ほとんど彼が言っていることをコピーしているわけですね。
彼の中にきっと時流にはまるんじゃないかという直感があったんだと思いますけれども、彼はメディア人としてテレビ番組に出ていたわけで、そういうキャラクターとしての感覚で成功したということですね。
だから、トランプそのものが力を持っているということではなくて、彼がある局面の中で人々の期待、怒り、悲しみ、革命のもとになるような、そういう大きな人々の感情のかたまり、そういうものをうまく乗せる役割を担うことになってしまったということですね。
——トランプ現象の背後にあるものとして、アメリカの分断が言われます。よくメディア上で見るのは左右の分断なんですけれども、実は上下の分断がかなりトランプ現象を招き寄せているのではないかと会田さんは分析されていますね。
これは皆さんにわかりやすくするためにそういうふうに申し上げているのですが、一種の階級闘争みたいなものが起きているわけですよね。まさにトランプは「原因ではなくて結果なんだ」と。
では何の結果なのかというと、アメリカで起きてしまっている、ある意味ですさまじいまでの格差、それによって下に置かれている人々の怒りや、それから何を訴えようが政治に反映されないというどうしようもなさが奥底にある。
今のアメリカは「まともな国ではない」
ジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)、ビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)、ウォーレン・バフェット(バークシャー・ハサウェイ会長)の資産の合計は、アメリカの所得の下位50%の資産の合計よりも多い。これは私から言わせるとまともな国ではない。
アメリカはもともとそんな国ではなく、平等を求めてきたわけですよね。しかし行き着いた先は、階級社会どころか、封建社会のようなすさまじい形になっている。人々が怒り出さないわけがないわけで、そういう道を先進国全体が歩みつつある。
これはさまざまな指標が示していると思います。そういったものが生み出した一つの結果としてトランプ現象があり、左の側ではサンダース現象が起きているわけですよね。そうすると、何が右で何が左かよくわからなくなってきますね。
この2つのグループは議会の中で協力し合って、人々の平等性を達成するためのさまざまな法案を出したりしています。つぶさにそれを観察していくと、右左と俗に言われるこの2つのポピュリズム現象が、実は一緒になって旧来の体制と戦おうとしている、そういう形が見えてくるわけですね。
——日米関係ではバイデン政権のもとで新たな取り組みをいろいろ始めましたけれども、次のトランプ政権とはどういう向き合い方になるのでしょうか。
IPEF(インド太平洋経済枠組み、TPPを脱退したアメリカが主導する経済圏構想)のようなものは終わっちゃうでしょうね。日本の官僚たちも「何をやろうとしているの、あれ」みたいな状況でしたから。まったく意味がないというわけではなかったと思いますけれども、たぶんトランプ政権ではすぐ「そんなものは要らない」ということになります。
(バイデン政権がつくった)一部のものは消えていくでしょうし、必要なものは残るでしょう。関税の問題への対応なんかは、選挙モードが終わって統治モードに入ったときにかなり違ってくるんです。
摩擦が起きないものから手を付けていく
第1期トランプ政権のときのように、実際に国際的な余計な摩擦を起こすと余計なエネルギーが必要になってきますから、何の摩擦も起きないようなものから順次始めていくでしょう。
IPEFは実際に何も進んでいないから、なくしても実害を受ける人は誰もいない。(前トランプ政権が脱退した)TPPにしてもアメリカはまだ批准もしていなかったわけですから、やめるぞと言ったって、それで実際に関税が上がって困るとかいう問題は起きなかったわけです。
つまり、象徴的にできるものからどんどんやっていくけれども、実際にアメリカに大きな衝撃が来るようなものには、かなり慎重です。あるいはやらないかもしれないですよね。アメリカ経済に大きな被害を与えたら大変なことになるということをトランプはちゃんとわかっていますから。
彼はインフレを否定して大統領になったわけです。どうやってインフレを起こさずに、公約にある関税引き上げをしていけるのか。私は慎重にやっていくだろうと思っています。
動画内ではこのほかにも、「格差拡大の背景」「ハリス氏が負けた必然的理由」「中国、ロシアへの影響」「ウクライナ問題、中東問題への対応」などについて聞いています。
西村 豪太:東洋経済 コラムニスト