ライブ配信アプリの「投げ銭」で生活が苦しくなった――そんな事件が2023年4月末に報じられてSNSで話題になり、「実際こういう人結構多いんだろうな」「他人事じゃない」と問題視する声が見られた。
国民生活センターは、投げ銭に関する相談やトラブルについて「増えていることは間違いない」とJ-CASTニュースの取材に明かす。
なぜ生活苦でも、「推し活」で投げ銭をしてしまうのか。『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』(集英社新書)の著者で、愛知淑徳大学心理学部教授の久保(川合)南海子氏に詳しい話を聞いた。
「『推し活』という目の前の快楽で現実の不安を紛らわす」
話題になったのは、23年4月30日付「TBS NEWS DIG」の報道だ。「手取り月25万円から”推し活”で投げ銭8万円…自宅を放火した53歳の男が抱えた『むなしさと不安』」という見出しで、ライブ配信アプリへの支払いで生活が苦しくなり、自宅アパートに火を付けたという事件の裁判内容について報じた。
記事によれば、被告の男性は、ライブ配信アプリのとある女性歌手を推しており、金銭や応援アイテムなどを寄付できる「投げ銭」を繰り返していた。男性は「(アプリを)辞められない不安と、お金がなくなる不安があった」「やめたいけど、やめられなくて」などと法廷で証言したという。
この報道はSNSで話題になった。「実際こういう人結構多いんだろうな」「他人事じゃない」などと指摘する声が見られた一方、「投げ銭したいと思う心理が理解できん」「全然理解できない」などと疑問を呈する声も見られた。
国民生活センターは5月25日、ライブ配信アプリの投げ銭に関する被害やトラブルは「少なくとも18年頃から寄せられている」と取材に明かす。「ここ数年、増えていることは間違いないと思います」とも述べた。
「推し」や「推し活」について研究する久保(川合)南海子氏は15日、生活を苦しいと感じても、推し活を辞められない理由について「現実の世界で不安を感じているからこそ、『推し活』という目の前の快楽で現実の不安を紛らわすのだと思います」と取材に述べ、ギャンブル依存症などの依存症と同じメカニズムがあるのではないかと指摘する。
「1対1になれる価値はものすごく高い」
そもそも「推し」や「推し活」とは一体何か。久保氏は「愛好する対象に、能動的に働きかける状態」を「推し活」だとし、推される対象が「推し」になると定義する。現在の推し活は、インターネットやSNSを介して「他者と繋がる」ことができることも特徴だと述べる。
なぜ「推し活」には依存症的なメカニズムがあるのか。推し活は心理学的に大きな快楽が得られる行為だと久保氏は説明する。「自分が働きかけた見返りとして快楽が得られると、それを継続したくなるのが人間です」とし、自分の現実世界とは別の領域(非日常)にいる対象から得られる快楽が推し活にあると話す。
久保氏によれば、通常の推し活は、自分の現実世界の中でコストと快楽のバランスが保たれている。しかし、「不安だけど続けてしまう」「辞めたくても辞められない」という状態はバランスを崩しており、非日常に一瞬逃避するも、また不安を感じる現実世界に戻るという悪循環になっているという。
推し活における「投げ銭」の価値は一体何か。久保氏は、ブランド品に価値を見出す人がいることと同じ構造で、価値観は個人ごとに振れ幅があるとしつつも、「ファンコミュニティの中で自分をアピールできる価値はものすごく高いのかなと思います」とも述べた。
もちろん推し活にはメリットもある。久保氏は(1)現実の日常生活を生きる活力が得られる(2)自分の世界が広がる(3)利他による幸福感――の3点を挙げ、これらについて説明した。
自分が生きる現実世界と別のところにいる「推し」は「非日常」であり、自分の日常を生きていくための活力が得られる。また、自分の世界の外にいる「推し」を介することで、自分の世界を拡張することができる。例えば、自己紹介の時に「自分の推しは何々です」と説明し、自分の世界の外にいる「推し」を介して自己表現をすることなどだ。さらに「推し」のために自分の資源(時間、お金、労力など)を分け与えることで幸福感を得られるという。
一方、推し活のデメリットはメリットと表裏一体にあると久保氏は話す。(1)現実と非日常のバランスの逆転(2)自分と推しの主従関係の逆転(3)依存性――という3点を挙げた。
「推し」という非日常の存在によって自分の日常を生きる活力が得られる一方で、それが逆転してしまうこともある。また、自分から「推し」にお金を出す状態から、お金を出さざるを得ない状態に逆転することもある。そして、「推し」がないと幸福になれないという依存性もあると説明する。
「推し活は自分のため」
「推し活」による生活苦に陥らないためには、どのような対処が必要なのか。「推し活と自分の生活のバランスを取ること」と「自分の現実世界と推し活の両方を見てくれるような他者を持つこと」が必要だという。
「推し活は『推し』のためではなく、自分の幸福のために行うもの」という前提を忘れてしまい、推し活が苦しくなるようであれば、自分の生活とのバランスが取れていないため、「推し活は自分のため」という初心を忘れてはならないと、久保氏は述べる。
また、家族や友人、職場や学校にいる人などに「自分の現実世界と推し活のバランス」を客観的に見てもらうことも大事だという。推し活を完全に理解してもらう必要はなく、「『なんで分かってくれないんだ』と思う相手がいるだけで全然違うと思います」。
気軽に「推し活」について他者に話して知ってもらうことで、「日常的に両方を見てくれる他者がいれば、行き過ぎた推し活にブレーキをかけてくれるかもしれません」と、久保氏は説明している。