小型のドローンが2018年の夏、ストロンボリ島の火山の頂上付近に小さな“荷物”を落とした。シチリア島の北の沖合にあるこの島は火山島として知られており、過去100年にわたり噴火を繰り返している。
地質学者にとっては魅力的な研究対象だが、人間が火口付近でデータを収集することは危険だ。このためブリストル大学の研究チームは、火山活動を見守るためにセンサーを搭載した自動計測装置を使うことにした。この“ロボット火山学者”をドローンで山頂まで運び、次の噴火で破壊されるまで地震などを観測しようというのだ。
センサーを備えた装置はソフトボールほどの大きさで、チョコレートのかけら程度のサイズの原子力電池で動作する。「ドラゴンエッグ」と呼ばれるこの装置を使えば、噴火口のような危険な場所でも自然現象を観察できるわけだ。
数千年もつダイヤモンド電池
ブリストル大学教授で材料工学の専門家であるトム・スコットにとって、ストロンボリの火山は最初の挑戦となる。
スコットは数年前から、仲間の研究者たちとドラゴンエッグの原子力電池の開発に取り組んできた。化学反応によって電気をつくる化学電池とは異なり、スコットたちの電池は放射能を帯びた人工ダイヤモンドから放出される高速の電子を電力に変換する。このため電池の寿命は数千年で、充電も交換も必要ない。
スコットとブリストル大学の化学者ニール・フォックスは20年8月、ダイヤモンド電池の商用化に向けてArkenlightという会社を立ち上げた。爪くらいの大きさしかない電池はまだ試作段階だが、既存の原子力電池と比べて効率がよく、電力密度も高い。
スコットたちは電池の設計が決まり次第、量産に向けた生産設備を建設する予定だ。そして24年の市販化を目指している。
ただし、ノートPCのような身の回りにある電化製品に搭載されることはないだろう。スマートフォンのリチウムイオン電池やリモコンに入っているアルカリ乾電池はガルバニ電池と呼ばれ、短時間に大量の電力を供給する用途に向いている。
リチウムイオン電池は1回の充電で数時間しか放電できないし、数年経てば劣化が進んで充電容量は減少する。これに対して原子力電池の一種であるベータボルタ電池は、微量の電力を長時間にわたって発電できる。スマートフォンを動かすために十分な電力を供給するのは無理だが、電力をそれほど必要としないデヴァイスであれば、適切な放射性物質を使えば1,000年以上も動かし続けることが可能になる。
Arkenlightの最高経営責任者(CEO)のモーガン・ボードマンは、「電気自動車(EV)を走らせることができるかと言われれば、答えはノーです」と言う。大量のエネルギーを消費するものを動かしたいと思ったら、バッテリーの質量は車両よりはるかに大きくなってしまう。
電池より先に本体を交換する時代に?
ダイヤモンド電池が力を発揮するのは通常の電池を利用できないような状況で、例えば遠隔地や危険な場所であるため定期的なバッテリー交換が難しい場合が考えられる。具体的には、人工衛星や放射性廃棄物の貯蔵施設などだ。
一方で、心臓のペースメーカーやウェアラブルデヴァイスなど、もう少し身近な用途も想定されている。かなり先の将来には、電池より先にデヴァイスを交換するようになるかもしれない。ボードマンは「バッテリーはそのままで、火災報知器のほうを買い直す時代がやってくるでしょう」と語る。
身の回りに放射性物質がある状況を楽しめる人は少ないだろう。ただ、ベータボルタ電池の健康へのリスクは非常口のサインと同じ程度でしかない。非常口のサインの赤い色はトリチウムという放射性同位体が基になっており、微弱ではあるが放射線が出ているのだ。
放射線にはいくつかの種類があるが、ガンマ線のような電磁波とは違い、ベータ線は数mmの薄い板などで簡単にさえぎることができる。米エネルギー省の下部機関であるパシフィックノースウェスト国立研究所(PNNL)の科学者で材料科学を専門とするランス・ハバードは、「通常は電池の外装だけで十分です」と説明する。
ハバードはArkenlightにはかかわっていないが、「内部も放射線は微量で非常に安全です」と指摘する。また、自然崩壊が終わって放射線が生じなくなれば、電池の寿命も尽きる。
IoT機器の隆盛で注目
ベータボルタ電池は1970年代に発明され、当初はペースメーカーに使われていた。しかし、外装が破損するなどした場合に危険なことから、安価なリチウムイオン電池にとって代わられた。その後は特に使われることはなかったが、最近になって電子機器の省エネ化が進むなか注目されるようになっている。
ハバードは「マイクロワットやピコワットといった本当にごく微量の電力しか必要なければ、素晴らしい選択肢です」と言う。「モノのインターネットの流行は、原子力電池の復活における原動力になりました」
ベータボルタ電池は一般的に、半導体素子の間に放射性物質が挟まれた構造になっている。放射性物質は放射線崩壊の過程でベータ粒子と呼ばれる高エネルギーの電子もしくは陽電子を放出するが、これが半導体によって電気エネルギーに変換される。電池の仕組みは太陽電池に似ているが、ベータボルタ電池では半導体は光子ではなく、ベータ粒子を電力に変えるのだ。
センサー基板に組み入れられたArkenlightのボルタ電池は、自己発光する非常灯や夜光灯に使われるトリチウムを利用している。炭素14のダイヤモンド電池とは違い、この電池はトリチウムを使った一般的な原子力電池と同じサンドイッチ構造になっている。PHOTOGRAPH BY UNIVERSITY OF BRISTOL
また、太陽電池と同様に原子力電池の発電量には上限がある。放射線物質と半導体素子の距離が広がれば電力密度は低くなるので、電池の厚さが数ミクロンを超えると容量は大きく低下する。さらに、ベータ粒子の進む方向はばらばらで半導体素子はすべてを捉えることはできず、電力に変換されるのはその一部だ。
ハバードはベータ粒子から電力への変換効率について、最先端の技術を使っても7パーセント程度だと説明する。変換効率は理論的には最大37パーセント程度なので、まだ改良の余地はある。
ここで登場するのが、「炭素14」と呼ばれる放射性同位体だ。炭素14は考古学試料などの年代を調べる手法のひとつである放射性炭素年代測定に使われることで知られ、放射能源になると同時に半導体素子の役割も果たす。半減期は5,730年だ。文字の歴史は5,000年ほど前にさかのぼるとされるが、炭素14を使った原子力電池は人間が文字を使ってきた時間より長い期間にわたって電力を供給できる計算になる。
電池の原料は、ほぼ無尽蔵?
スコット率いるブリストル大学の研究チームは、炭素14のメタン同位体から人工ダイヤモンドをつくり出している。特殊な反応装置を使ってメタンと水素をプラズマ化すると、分解したメタンの炭素14が積層化してダイヤモンドの結晶ができあがる。
スコットたちのダイヤモンド電池は、一般的なベータボルタ電池のように半導体で放射性物質を挟み込む「サンドイッチ構造」ではない。放射性ダイヤモンドを通常の炭素原子の人工ダイヤモンドに混ぜ込んだかたちになっている。こうすることで、ベータ粒子の移動距離を短くし、電力への変換効率を最大化するのだ。Arkenlightのボードマンは、「ベータ粒子を電気に変えるダイオードと放射性物質は別々になっていましたが、この電池は画期的です」と話す。
炭素14は、宇宙線が大気に入射する際にできる中性子と大気中の窒素との化学反応によって生じる。一方で、原子力発電所で原子炉の減速材に使われる黒鉛ブロックからも生成される。原発の黒鉛ブロックは使用後に放射性廃棄物となるが、ボードマンによると英国だけでも10万トンの黒鉛廃棄物が存在する。
こうしたなか英国原子力公社(UKAEA)は、やはり原子力電池の放射能源として使えるトリチウムを、放射性黒鉛35トンから回収している。ArkenlightはUKAEAと協力し、黒鉛廃棄物から炭素14を分解回収する方法を模索している。
UKAEAの試算では、炭素14が100ポンド(45.4kg)程度あればダイヤモンド電池が数百万個はつくれるという。つまり、黒鉛廃棄物からの回収に成功すれば、電池の原材料がほぼ無尽蔵に入手できることなる。さらに、炭素14を取り除くことで黒鉛ブロックの放射能レヴェルが下がって低レヴェル廃棄物に変化するため、取り扱いや貯蔵が容易になる。
放射性廃棄物の貯蔵施設から出るガンマ線を電力に変換するガンマボルタ電池の試作品。
PHOTOGRAPH BY UNIVERSITY OF BRISTOL
宇宙産業や原子力産業が関心
放射性廃棄物から取り出した炭素14を利用したダイヤモンド電池の試作品はまだ完成していない。実用化には、数年かかる見通しだ。
それでも、すでに宇宙産業や原子力産業が関心を寄せており、Arkenlightは欧州宇宙機関から通信衛星に搭載される信号装置向けのダイヤモンド電池の開発を受注している。装置は微弱な無線信号を発することで個々の衛星の識別を可能にするためのもので、ボードマンはこれを「衛星のRFIDタグ」と呼ぶ。
Arkenlightはダイヤモンド電池だけでなく、放射性廃棄物の貯蔵施設からガンマ線を利用する電池の開発にも取り組んでいる。また、原子力電池の実用化を目指す企業は、Arkenlight以外にもたくさんある。例えば、米国では以前からCity LabやWidetronixといった企業がトリチウムを使ったサンドイッチ構造のベータボルタ電池の商用開発を続けている。
コーネル大学の電気工学教授でWidetronixの共同創業者でもあるマイケル・スペンサーは、原子力電池は用途を考えた上で放射性物質を選ぶ必要があると指摘する。例えば、炭素14はトリチウムと比べてベータ粒子の放出量が少ないが、半減期はトリチウムの500倍以上だ。つまり、寿命の長い電池が必要なら最適だが、同量の電力を供給したい場合、サイズはトリチウムを使った電池よりはるかに大きくなる。スペンサーは「同位体を選ぶときには、さまざまなトレードオフを考えなければなりません」と言う。
原子力電池はかつては傍流の技術だったが、最近になって注目されつつある。数千年の寿命を必要とする電池は全体のごく一部だが、今後はとてつもなく長い期間にわたって電力を供給しなければならない場合でも選択肢があるようになるだろう。
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