日テレ、広告の「新型取引」でCMはどう変わるのか

2023年のインターネット広告費は電通の集計によると3兆3330億円で、広告市場としては最大だ。2010年代まで王様だったテレビ広告費は地上波だけでいうと1兆6095億円。インターネット広告費の半分を切ってしまった。

2025年春にサービス開始予定

地上波テレビ局の放送収入が2021年度以降、減少し続けている一方でTVerのCM売り上げは驚異的な成長を遂げている(キー局決算で見えた「TVerによる驚きの配信収入」)。ただし、テレビ局の危機脱却策は、TVerだけではない。CMの売り方を変えることでその価値が見直される可能性もある。それが日本テレビが開発中のアドリーチマックス(AdRM)プラットフォームだ。

日本テレビが2023年11月に発表したAdRMは、2025年春のサービス開始を予定している。発表からローンチまで1年以上かけることに、日本テレビの本気度がうかがえる。少しずつ他のキー局や広告代理店、系列を問わずに準キー局、ローカル局に説明していき、時間をかけて着実な浸透を図る戦術だ。先を急ごうとしない姿勢に逆に自信を感じる。

AdRMはTVerのような放送とは別の新商品ではなく、テレビCM取引そのものを変える。その基本的な考え方は、テレビCMをネット広告の取引手法に近づけることにある。

6月12日に幕張で開催されたインターネットテクノロジーのイベント「Interop」で取材した情報を含めて解説する。

広告取引の主流はネット広告なのに、テレビ広告の取引形態は1970年代から変わっていない。AdRMはこれを、ネット広告の取引に合わせていく。テレビ広告は形態で言うと「予約型」。CMをあらかじめこことあそこに放送しますと「予約」する。これに対し、AdRMでは枠の予約ではなくリアルタイムの枠運用も可能になる。インターネットでは主流の「運用型」の広告商品に対応できるのだ。

さらにこれまでのテレビCMは素材を4営業日前までに納品する必要があった。これをAdRMでは放送直前まで素材を受け付ける。刻々と変わる社会状況に応じてCM素材を差し替えることも可能になる。

わかりやすいところでは、天気や気候に合わせて臨機応変に素材を変えることができる。今年のように梅雨入りが遅く、また突然梅雨入りするような場合でも、梅雨向けの素材にパッと切り替えることができる。あるいはスポーツの試合結果に合わせたCMを流すことができる。

もちろん、CM考査は事前に済ませておく必要がある。メディアにとって広告素材の考査はいま重要視されているが、そこは事前にきちんと済ませておき、ストックしておいて直前にどれを放送するかを選べるようになる。

インプレッション取引とは?

こうした技術的な新しさと並行して、テレビCMの価値が高まる可能性があるのが、インプレッション取引だ。テレビCMは受発注の単位が視聴率の合計値であるGRP(Gross Rating Point)だった。ある商品のCMを2週間で200GRP流したいとのオーダーに、例えば10%の視聴率の枠を10回、5%枠を20回確保して応える。

ではインプレッション取引とは何か。インプレッションはネット広告の基礎単位で、広告が1回表示されると1インプレッションとカウントする。さらにそれが何%クリックされたかなど、そこから派生する指標も多々あるが、基本はインプレッションでimpと表記する。

AdRMでは、これまでの視聴率=%をインプレッションに換算して取引する。どうすればいいかは、単純な話だ。インプレッションは何回表示されたか。視聴率はその瞬間に何%の人が見たかだから、人口をかければ表示数に換算できる。「視聴率×人口=インプレッション数」の公式で算出できる。

例えば最近は個人視聴率が5%などという番組はざらにある。以前よりずっと低いわけだが、大雑把な計算をすると1億2000万人×5%=600万インプレッション、ということになる。

一度に600万もインプレッションが獲得できるネット広告はそうそうないと思う。インプレッション取引では、テレビCMのリーチ力が莫大であることが明らかになり、その広告効果が見直される可能性があると私は見ている。

例えば人気YouTuberの動画が100万回再生されるとすごいと思うだろう。だが、テレビ番組の視聴率が下がって5%しかとれない、と言われるが600万インプレッションなら、100万回のYouTube動画より多いことになる。しかも動画は数日かけて100万回になるものだが、テレビCMは一瞬で600万だ。テレビはオワコンと言われるが、なんとまだまだいけるではないか、とならないだろうか?

だがこれだけではテレビCMの復権は果たせないだろう。以上のようなことは、広告主だってわかっている。ただテレビは、その莫大なリーチの中身に問題があった。

テレビCM取引で、広告主側が持っていた不満がこの「中身」にある。例えば視聴率が高く10%あるとしても、その大半は50歳以上の女性「F3」で占められることが多い。20~34歳の「F1」にCMを見せたい広告主からすると、不満に思うだろう。しかも枠の値付けは視聴率が基準なので高い。値段が高いのに欲しいF1が少ないようでは割高に感じてしまう。

一方、視聴率が3%しかないのにF1がたくさん見ている番組があるなら、値段は安いのでお買い得枠になる。

これまでのスポット取引では、割高枠も割安枠も交ぜて一緒くたに売られていた。出稿量が多い「お得意さん」の広告主は「F1含有率を少しでも高くしてくれ」と要望することもあるそうだ。それができたとしても、なんとも不合理な取引をしていた。広告主からすると、F1だけ買えればいいのに余計な部分にまでお金を払っている気持ちになる。一方、テレビ局としては本来は価値がある枠も、ほかと一緒に売ることになっていた。バルク売りと同じで、私が思うに結果的には安売りになっていた可能性がある。

視聴率が低くてもF1(20~34歳の女性)の割合が多い番組は割安に(左側)、視聴率が高くてもF1の割合が少ない番組(右側)は割高になる(筆者作成)

これまでの15才から「10才刻み」に

AdRMのインプレッション取引では、広告主が望めば「F1だけ」を取引することもできる。ただ、AdRMではターゲット設定をこれまでの15才刻みではなく、10才刻みにする。18-24才、25-34才、35-44才のようにこれまでより細かく刻む。これはまた、ネット広告のターゲット分類に合わせているのだ。

だから「1月1カ月で、F18-24を5000万imp買いたい」のようなオーダーができる。これまでは「200GRP買いたい」としか注文できなかったのが、ターゲットを指定して発注ができるようになる。これはテレビCM取引として画期的な変化だ。

ネット広告では、1カ月で18〜24才の女性に5000万impの広告出稿をしてくれと言われたら、慌てふためくだろう。LINEとInstagramと、あそことあそこに広告出稿してそれでも足りない!となるのではないか。

だがテレビCMで1カ月の間に同じターゲットに5000万impを獲得することは可能だ。

テレビCMは確かに以前より視聴率は下がった。若者は見なくなった。それは10年前との比較だ。それでもテレビ視聴量は莫大なので、インプレッション換算するとネット広告では簡単に達成できないリーチを獲得できる。前より見なくなったが、それでも若者もテレビを見ているのだ。

インプレッション取引にはもう1つ効用がある。AdRMは「地上波×インターネット統合在庫セールス」も行うと標榜している。簡単に言うと、TVerと一緒にCM枠を売ります、ということだ。TVerでは再生回数が指標の基準になるが、これはインプレッションと同じだ。テレビCMをインプレッション換算すれば、TVerと同じ広告商品として売れる。

TVerのCM枠とセット販売も可

TVerはものすごい勢いで成長している。しかもテレビ受像機での視聴がもう3割を超えた。TVerのCM枠はもはや地上波のテレビCM枠と同格と言っていい。

インプレッション取引によって、「テレビCMだけにしますか? TVerのCM枠と合わせて買いますか?」と広告主にセールスできる。そして広告主からすると、テレビCMもTVerCMもテレビ受像機で見るなら同じ効果が期待できる。

いいことばかりを書いてきたが、もちろん課題も多い。AdRMの仕組みは他局やローカル局も足並みを揃えて導入してこそ意味が出てくる。日本テレビだけができると言っても広告主は使いにくいだろう。だが導入にはある程度のシステム投資が必要だ。この厳しい状況で、もろ手を挙げて歓迎する局がどれだけいるか。まずは日本テレビが来年ローンチしてうまくいくか、様子見をするだろう。系列局の中で唯一、名古屋地区の中京テレビが導入を発表したが、現状ではまだそこまで。

ただ、私はAdRMには期待していいと考えている。先述の、いい枠が安くそうでもない枠が高い矛盾を克服すべきと思っていたからだ。

そしてもうひとつ、ネット広告がいま、大袈裟に言うと崩壊しかけている。怪しいサイトがはびこり始め、既存メディアの広告表示もモラルを逸してしまっている。テレビ局による広告表示はモラルダウンを起こしにくく、広告市場を守る役割も出てきているとも考えている。

テレビ広告は、物差しを変えればその価値を新たに示せるはずだ。

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