ンガポールのランドマークタワー、「マリーナ・ベイ・サンズ」。最上階の展望デッキで人気を集める眺望が、目の前を行き交うおびただしい数の大型貨物船やタンカーだ。欧州、北米など、世界中の船がシンガポールに寄港し、荷物を積み替え、別の港に向かう。
海運業は世界経済の縮図だ。世界の経済成長を物流面で支えている。中国や東南アジアの経済は世界経済を上回る速度で成長しているが、2018年における世界の主要地域でのコンテナ荷動き量を見ても、東アジア─北米間、東アジア─欧州間など、東アジアを中心とした物流が圧倒的に多い。
2月17日発売の『週刊東洋経済』は、「船・港 海の経済学」を特集。海運業界は集約が進み、造船業界も再編待ったなし。世界の港湾ではコンテナ機能強化が進むが日本は周回遅れ。変貌する船と港の現状を追っている。
四面を海に囲まれた日本において貿易の主役は海上輸送だが、成長が続く世界の海上輸送量に対し、日本の海上輸送量は横ばいにとどまることが、冴えない日本の景気を反映している。
■激しいコスト競争
そして、日本の生命線ともいえる船と港湾を取り巻く様相が近年大きく変わっている。
世界の海上輸送の転機となったのが、1960年代に起きたコンテナ規格の統一だ。それまでバラバラだったコンテナ規格が統一された結果、人手に頼っていた積み下ろしが機械化され、物流コストが劇的に下がった。
海運業界はコスト競争の時代に突入、大量のコンテナを一度に運ぶために船舶の大型化が進んだ。2000年代後半に入ると、海運各社は旺盛な中国、アジアの輸送需要を取り込むべく、大型の新造船を大量発注した。しかしそこへリーマンショックが直撃し、2010年以降は深刻な「船余り」に陥った。
激減する新規発注が造船業界を疲弊させる。昨年11月には国内1位の今治造船と2位のジャパン マリンユナイテッドが資本業務提携に踏み切ると発表した。
海運業界も空(から)の貨物スペースを埋めるため、運賃値下げ競争に陥った。日本郵船、商船三井、川崎汽船の3社は競争の激しいコンテナ事業を分離、3社統合のコンテナ会社を誕生させた。が、息はつけない。2020年からは船舶の排出ガス規制が実施され、割高な規制適合燃料油の採用が費用を圧迫する。
船の大型化の影響は港湾にも及ぶ。現在、世界最大級のコンテナ船を接岸させるために必要な水深は18メートル。世界各国の主要港湾が大型船対応に向け埠頭の整備に動く中、日本で18メートルの水深を持つのは横浜港のみだ。
コンテナの規格統一は、港湾のあり方も変えた。シンガポール港のように積み替え港としての機能を強化し、コンテナ取り扱いで稼ぐ港も登場。世界の港湾ランキングを見ると、2002年には取扱貨物量の上位10港に千葉港と名古屋港の2港が入っていたが、2017年には上位10港に日本勢はゼロ。名古屋港の21位が最高で、日本は完全に出遅れた。
日本の港湾が現在注力しているのはクルーズ船の寄港だ。博多港の2018年におけるクルーズ船寄港回数は実に279回。中国発ツアーが多いせいか、地理的に近い西日本の都市への寄港が目立つ。東日本の自治体はクルーズ船誘致の取り組みを進めるが、寄港があっても地元経済が潤うとは限らない。寄港地で夕食を取らず宿泊もしないツアーが多いのだ。「クルーズ船の団体客は必ずしも富裕層ではない。100円ショップでしか買い物をしない客もいる」と、九州の旅行関係者がぼやく。
■新型肺炎ショックも襲いかかる
日本の港湾には、経済活動とは違う新たな脅威も襲いかかる。2017年6月に初めて、強い毒性を持つ特定外来生物のヒアリが、神戸港で下ろされ尼崎市内に運ばれたコンテナの中で発見された。昨年秋には、東京港で有翅女王ヒアリが20個体以上見つかった。「女王アリが飛び立ち、ほかの場所に広がった可能性が高い」(環境省)。
そして、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では乗客が新型コロナウイルスに集団感染するという事態が発生。密室状態で長時間過ごす旅が思わぬリスクを伴うことが浮き彫りになった。
これまであまり注目を集めることがなかった日本の船と港だが、多くの課題が山積している。
『週刊東洋経済』2月22日号(2月17日発売)の特集は、「船・港 海の経済学」です。
大坂 直樹:東洋経済 記者