日本の若者の東南アジアでの起業が増えている理由

最近、日本ではなく、わざわざ海外、しかも東南アジアで起業する若者が増えている。かつて海外での起業といえば、シリコンバレーなどのアメリカが定番だった。なぜ、東南アジアなのか、現地で起業した若者の声を聞き、実情をまとめた。(日本総合研究所・調査部 上席主任研究員・岩崎薫里)

東南アジアで起業した3人の若者たち

「タイには駐在員として日本企業から派遣されてやって来ました。でも、その生活にどうしても生き甲斐を感じられなくて、退職してそのままタイで起業しました」――。

そう語るのは、2013年にタイで人材採用事業、TalentExを立ち上げた越陽二郎氏である。今、越氏のように東南アジアでスタートアップ※を立ち上げる若者が増えている。

※スタートアップとは「急成長を志向する企業」であり、ベンチャー企業などとも呼ばれるが、最近のトレンドに合わせてここではスタートアップと呼ぶ。

越氏(1984年生まれ)がTalentExを立ち上げたのは、駐在員時代に人材採用に苦労した経験から、タイの人材採用事業にビジネスチャンスが大きいと感じたためである。現在、TalentExはオンラインの人材採用サイト“JobTalent”および“WakuWaku”を運営し、最近ではSaaS型の人事管理システム“HappyHR”の提供を始めている。

「最前線で血を流しながら」(越氏)異国の地での戦い方を模索し、最近になってようやく手ごたえが感じられるようになっている。

一方、Omise(オミセ)は、長谷川潤氏(1981年生まれ)がタイで友人と2013年に立ち上げたオンライン決済サービスのスタートアップである。

長谷川氏は日米で複数のスタートアップの設立に携わった後にタイに渡り、Omiseを立ち上げた。当初はeコマースのプラットフォーム事業を立ち上げる予定で準備を進めていたが、決済機能を導入する段階になってさまざまな問題に直面し、それをビジネスチャンスと捉えて事業内容を変更した。

創業以来の資金調達総額は2500万ドル(約25億円)超と、東南アジアのフィンテック・スタートアップの調達額としては最大級を達成している。しかし、長谷川氏曰く、「現実は苦しいですよ。6回も病院に担ぎ込まれましたから」。

複数の国で起業する若者もいる。

岡本博之氏(1984年生まれ)は、まず2010年にベトナムに渡って邦人向け情報誌を提供する企業を共同創業し、それが軌道に乗った後はより大きな挑戦がしたいとタイに渡り、eコマースのプラットフォームを運営するHIPSTORESを2015年に立ち上げた。そして2016年には、クロスボーダーのインフルエンサー・マーケティング(※)のプラットフォームを運営するWithfluenceをタイと日本で立ち上げている。

※インフルエンサー・マーケティングとは、特定のコミュニティやセグメントで影響力の大きい人物(インフルエンサー)に対し、FacebookやInstagramなどのソーシャル・メディアで自社製品やサービスを紹介してもらったり好意的なメッセージを発信してもらったりするというマーケティング手法。

岡本氏は、ベトナムでベトナム語を覚えてオートバイで営業活動し、タイでは顧客のデザイン事務所や小売店で実際に働かせてもらうなどして、「現地の課題を理解するのに努めたと」言う。なお、岡本氏もベトナム時代に3回、病院に担ぎ込まれている。

なぜアメリカではなく東南アジアなのか

この3人はタイを主な活動拠点としているが、そのほかにもインドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピンなどでスタートアップを立ち上げ活躍する日本人の若者もいる。

ところで、なぜ東南アジアなのか。

スタートアップ、というとアメリカをまず一番に想起される読者も多いだろう。

確かにアメリカ、なかでもシリコンバレーはスタートアップの聖地であり、アメリカで成功すると世界的評価も得やすい。このため、世界市場を目指すのであればアメリカでスタートアップを立ち上げるのが理想的である。

しかし、アメリカは同時に、世界中から起業家が集まり競争が激しい上、人件費や物価が高い、高レベルの英語が求められるなど、成功のためのハードルも極めて高い。その点、東南アジアは革新的な技術やアイデアがなくても通用し、人件費や物価も安く、流ちょうな英語が話せなくても構わない。

そうしたハードルの低さが日本の若者の魅力になっているのであろう。

折しも、ここ数年間、東南アジアではスタートアップの立ち上げブームが起こっている。中間層が台頭しインターネットやスマートフォンの普及が進む一方で、社会や個人の生活で依然として課題が多いことがビジネスの種を生んでいる。

また、東南アジアには先進国ですでに当たり前となっている商品やサービスが普及していないケースが多いため、先進国で成功したビジネスモデルを移入する、いわゆるタイムマシン経営が可能である。既存プレイヤーや既得権益者が少ないことから、新規参入の余地も大きい。

こうした点が、日本の若者が東南アジアに渡ってスタートアップを立ち上げる原動力となっている。ただし、東南アジアでの起業が簡単でないことは、前述の3人の若者の例からも明らかである。

大企業に代わり日本のプレゼンス向上に貢献

このような日本の若者の活躍は、東南アジア経済・社会の活性化に貢献するとともに、東南アジアでの日本の存在感を高めることにもつながるだろう。

東南アジアではこれまで日本へのあこがれや信頼感が強く、「日本ブランド」が世界で最も通用する地域であった。

ところが、欧米や中国、韓国からの企業進出が本格化するなか、日本企業の相対的地位が下がりつつある。いまや「サムスン」のほうが「ソニー」よりもブランドイメージが高いのがその一つの証左であろう。

それだけに、彼らが立ち上げたスタートアップが成功し注目されることで、日本人としての彼ら、および彼らを輩出した日本への評価も高まることが期待できる。

日本企業への就職は魅力が低い!?「頭脳流出」という問題も

彼らに実際に会ってみると、一見すると人当たりの良い、いわゆる「普通」の若者である。帰国子女である、外資系企業に勤めていたことがあるなど、過去に海外と接点を持つ者が多いが、そろって優秀であり、高学歴者も目立つ。

彼らのように自立心や向上心に富む優秀な若者が東南アジアに出て行くのは、そこに大きなビジネスチャンスを見出しているためであるが、それと同時に、彼らにとって日本企業への就職は魅力が低いという側面があることも否定できない。彼らはいわゆる「尖った人材」であり、グローバルに活躍する可能性を秘めた人材である。

イノベーションとグローバリゼーションは日本のこれからの持続的な経済成長に不可欠であり、その担い手となり得る彼らのような人材の居場所を日本企業が提供できなければ、彼らはやすやすと海外に出て行ってしまう。こうした「頭脳流出」は日本全体にとって大きな損失となるのではないか。

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