日本はお金も稼げるし、安心で安全な国。いつかそんな日本で働きたい――少し前まで、それがアジアの若者たちに共通する願望だった。しかし、“日本の魅力”に注目が集まったのも今は昔。聞こえてくるのは「日本、大丈夫か」と案じる声だ。日本に住むアジア人に、私たちの国はどう映っているのか。(ジャーナリスト 姫田小夏)
日本に行けば死んでしまうのか
「かつてベトナムでは、日本のネガティブなニュースなど見たことも聞いたこともありませんでした。3.11のときは、震災で被災しながらも配給の列に並ぶ日本人がいることを知り感動したものです」と、ベトナム出身のバン・タイさん(仮名)さんは話す。
東日本大震災(2011年3月11日)で思い起こすのが、東京電力福島第一原子力発電所の事故だ。ある労働団体の資料によると、福島第一原発の事故以来、作業員の中に放射線被ばくによる白血病や甲状腺がん、肺がんの発症者が複数人確認されているという。
だが、アジアからの技能実習生さえもこうしたリスクと無縁ではない。2018年、技能実習生として来日したベトナム人男性が、除染作業に従事していたことが大手メディアの報道で明らかになったのである。
「近年、ベトナム人の間では、『日本に行けば死んでしまうのではないか』というイメージさえ持たれるようになった」とバン・タイさんはいう。
除染作業は命の危険と背中合わせの過酷な労働だが、製造業やサービス業でも、借金を背負いながらの過酷な実態が数々報じられている。“失踪する技能実習生”の背後にあるのは劣悪な労働環境だが、「外国人技能実習制度」では外国人は自由な転職ができない。一部の技能実習生は命からがら逃げ出すが、逃亡しても結果として不法残留となり、犯罪に手を染めながら食いつなぐのが現実だ。
50年近くにわたって日本で生活する古参のベトナム人アウ・ダットさん(仮名)は、「ベトナムの友人から『娘が日本で勉強したいと言っている』と相談を受けたが、即座に『日本には来ないほうがいい』と伝えた」という。
1970年代以降、来日するベトナム人が増え、今では43万人(2021年12月末時点、出入国在留管理庁)のコミュニティーを形成している。だが、「その一方で社会に取り残された人も多く、犯罪組織を肥大化させています。ベトナム人コミュニティーには根深い問題があり、初期の時点でもう少し日本政府が親身になってくれていたら、と悔やまれます」とアウ・ダットさんは語る。
日本語はつぶしが利かない言語?
「日本語が少しも上達しない。3年間を無駄にした」――。埼玉県のある日本語学校でベトナム人留学生グエン・フォン君(仮名)がこうぼやいた。グエン君を受け持つ日本語教師は「ベトナム人は他の国籍の留学生に比べて数が多い。ベトナム人同士のコミュニティーへの依存は、日本語が上達しない原因の一つ」だと話す。
グエン君にも、それなりの言い分があった。日本語を学ぶメリットをよくよく考えると、「結局、日本語を学んでも日本人との間でしか使えない」と、あきらめムードになってしまうのだという。
その日本人とのコミュニケーションも、どうも積極的になれない。日本人の輪の中に入ろうとしても、話題や興味が一致しなかったりすることが多い。「日本人の雑談にはついていけず、自分はごまかしてただ笑っているだけ」――グエン君にかかわらず、孤独に陥る外国人は多い。
日本語は「つぶしが利かない言語」だという声もある。ベトナムから中国や韓国に渡り仕事をする人もいるが、中国語や韓国語をマスターした方が、ベトナムでの再就職にも生かすことができるというのだ。
ベトナムへの投資金額(2021年)を見ると、首位はシンガポール、2位は韓国だった。2021年、日本は金額で3位だったが、2022年上半期は5位に落ちた。前出のバン・タイさんは「他のアジア企業に比べて、ベトナムにおける日本企業は産業のすそ野を広げておらず、雇用の機会が多いとは感じられません」と語っている。
英語が通じない日本、一方台湾は…
バン・タイさんは、実際に自分の手でロボットを作りたいという夢がある。そのために日本の大学にも留学したが、道をはばむのは日本語だ。
「専門書を手にしても、日本語の表現が難解で、日本語での情報収集に壁を感じています」と話すが、彼がもし英語を学んでいたら、すでに彼のロボットは完成していただろうか。
バングラデシュ出身のムバラク・アリさん(仮名)は、1970年代に留学生として来日したが、修士課程ですら英語で学位を取得できないという状況に困惑した経験がある。今でこそ、英語での学位取得が可能な大学も出てきて、アリさんも「日本もだいぶ国際化が進んだ」と受け止めている。それでも、今なお来日するバングラデシュ人はあることに驚くという。
「それは『先進国なのに英語が通じない』ということです。バングラデシュ人は『日本はG7にも加わる先進国だから、当然英語が通じる』と思い込んで来日しますが、特別な場所を除いて通じないため意外に思ってしまうのです」(同)
「日本は島国だから仕方がない」とも思う。だが、台湾に目を向ければ、なぜかグローバル人材が多い。台湾は教育熱心な家庭が多く、ごく普通の家庭でも自分の子どもを積極的に海外留学させているのだ。欧米留学ともなれば高額な留学費用が必要だが、台北出身の林慧文さん(仮名)によると、「台湾では大家族になることで、費用を捻出する風潮があります」という。
「台湾人は次世代育成をとても大切にしており、欧米留学の費用は率先して祖父母が負担する傾向が強い。もし祖父母にお金がない場合は、三世代が同居することで留学費用を捻出します」(同)
一方で、中国・大連出身の張玉さん(仮名)が、日本で生活して強く感じたのは、日本の家族関係の希薄さだった。最近は、特に育児の放棄や子どもの虐待など耳をふさぎたくなるニュースが多い。張さんは「日本では、社会の最小単位である家族を維持することすら難しい。私たちが想像する以上に、日本では貧困が進んでいるのではないでしょうか」と案じている。
安倍晋三元首相の銃撃事件は、都内の中国人の間でも衝撃が走り、一部の中国人留学生は「日本といえば“安心・安全な国”だったはず」とショックを受けていた。他方、以前に起きた新幹線や京王線車内での無差別殺傷事件を知る留学生の中には「中国では地下鉄や高速鉄道の乗車時には手荷物検査を行っている」と、祖国でのテロ防止の徹底ぶりを再評価する者もいた。
「日本人女性からは敬遠される」生涯通じて住めない
インド出身のディネッシュ・チャブラさん(仮名)は、日本の有名企業M社に就職した。超エリートの彼が2019年にM社を辞めた理由は、「女性の友人ができない」というものだった。意外な理由だが、これは結婚適齢期にある人にとっては大変切実な問題である。
「最終的にはマッチングアプリを使いましたが、対象となるインド人女性は多くはない上、日本人女性からは敬遠されました。いつも女性に人気の英国人の親友がうらやましかったくらいです。残念ながら、日本では将来のパートナーになり得る人は見つかりませんでした」
チャブラさんが今生活しているのは、ドイツのベルリンだ。社内には中国人やマレーシア人もいる。こうした異なる国籍を持つ同僚たちと、互いの文化を紹介しあう雑談のひとときがとても楽しいという。
インドといえば、筆者の恩師に、生涯を日本人のベンガル語教育に力を注いだコルカタ出身の女性がいた。高齢になっても“架け橋”であり続けようと、不自由な体を引きずりながら、司法通訳として法廷に臨んでいた。しかし晩年は難病を患い、公団住宅での一人暮らしが難しくなった。彼女はもともと日本に骨をうずめる覚悟だったが、6年前、日本での老後の不安と孤独に、重い足取りで祖国に帰っていったことを思い出す。
日本に行けばたくさん稼げる。日本の生活は安心・安全・清潔で、日本製は高品質で、日本人も勤勉でマナーがいい。――それが一昔前のアジア人材の来日動機だった。しかし今、彼らが直面するのは想像を超えた“ギャップ”だ。
移民国ではない日本だが、外国人材は欠かせない。その外国人材に選ばれる国になるための制度改善も待たれるが、それ以上に「日本では人として幸せな生活が送れるのか」という本質的な問題が潜在する。憧れたジャパン・ドリームだったが、彼らの中では徐々に色あせつつある。