日本人は”新型コロナで旅行離れ”の深刻さを分かっていない

■新型コロナと世界の航空業界

中国で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の感染が拡大している。感染拡大に伴い、世界全体で人の移動に支障が出ており航空業界に深刻な影響が出ている。一部の報道によると、1月下旬を基準とした場合、中国向けの航空便は日韓で50%程度、米国やタイで70%以上も削減された。航空旅客の減少は、航空業界の収益に打撃を与える最も重要なファクターの一つだ。また、旅行者の減少で、世界各国の観光や飲食、小売りなど幅広い影響が懸念される。

写真=Avalon/時事通信フォト

新型肺炎の発生によって、中国で生産活動に重大な支障が生じている。中国を起点とするサプライチェーンの混乱から、生産活動が低下し航空貨物の取り扱いも大きく低下している。

2002年後半から2003年前半、重症急性呼吸器症候群(SARS)が発生した当時、中国経済は10%近い成長を実現していた。一方、現在の中国は深刻な景気減速に直面しており、SARS発生時と異なり経済成長の限界を迎えている。新型肺炎が世界全体の景気に与える影響は軽視できない。航空各社の中国便の運航などがどのように推移するかは、今後の世界経済の展開を考える重要な材料の一つといえる。

■ANAは中国本土へのフライト6割減

新型肺炎は、世界の航空業界に大きな混乱を与えていると考えられる。中国向けをはじめ各国の航空旅客便が削減されているのはそれを考える良い材料だ。一例として、2月20日から3月28日まで、ANAは羽田‐上海路線をはじめとする中国本土へのフライトを6割減らし、週64便とすることを決めた(2月13日時点)。

航空旅客便の削減などによって、世界的に航空関連の株価は不安定に推移している。その背景には、新型肺炎により人の移動に大きな支障が生じ、旅客収入などが落ち込むといった懸念があるだろう。

海外の航空業界も、新型肺炎への対応に追われている。中でも、韓国の航空業界はかなり厳しい状況に直面しているとみられる。新型肺炎が発生する以前から、韓国の航空各社は複合的なリスク要因に直面してきた。

その一つに、世襲経営の限界などから経営が混乱し収益力が低下したことがある。その上、日韓関係の冷え込みによってわが国への観光客が減少し、旅客需要が落ち込んだ。この結果、昨年4~6月期、韓国では航空全8社が営業赤字に転落した。新型肺炎の発生は、韓国の空運需要をさらに低下させ、業績懸念は一段と高まっているようだ。

■香港航空は400人以上をリストラ

また、香港の最大手キャセイパシフィックでは、長引く反政府デモの影響からの旅客数が減少した。新型肺炎が発生し、中国本土便が削減され、同社経営陣は従業員に3週間の無給休暇を取得するよう求めている。キャセイは感染への懸念などから、香港‐成田間のフライトも減便する。香港の中堅航空である香港航空では利用者の減少から400人以上のリストラを進める方針を明らかにした。

欧米の航空会社も、中国本土を結ぶ航空便の削減や全休に踏み切っている。米国政府が中国への渡航中止を勧告したことを受けて、アメリカン航空は中国本土向けの全便を停止している。感染への懸念から、中国本土以外の国とのフライトを削減する企業が増える可能性もある。

世界の航空会社が中国本土を中心にフライトを削減していることは、世界経済の下振れリスクが高まりつつあることの裏返しと考えられる。基本的に、経済が活性化するためには、より多くの人が自宅から出ることが必要だ。

外出すると外食などの支出が増える。反対に、人が家に閉じこもると、経済のダイナミズムは高まりづらい。一例として、バブル崩壊後のわが国では、節約のために日曜日の夕方を自宅で過ごす人が増えた。その結果、特定のアニメ番組の視聴率が上昇した。一方、外食や小売りなどの業況が冷え込み、デフレ経済が深刻化した。

■世界最大級のIT見本市は中止に

新型肺炎は、人の移動を制限し航空業界をはじめ、世界各国の企業の業績にかなりの打撃を与える恐れがある。感染を防ぐために、飛行機に乗るのをためらう人も増えつつある。そうした心理の増大から航空便が減少すると、航空機の需要は低下するだろう。それは、航空機に使われるさまざまな素材やジェットエンジンの生産を減少させるなど、広範な産業に影響を与える。

また、人の移動が制限されると、企業が商談を進め新規の契約を獲得することなども難しくなる。それは、スペインのバルセロナで開催予定だった世界最大級のIT見本市、“モバイル・ワールド・コングレス(MWC)”の中止が決定されたことから確認できる。

世界の企業にとって、新型肺炎は従業員の生命を危険にさらす脅威だ。それを回避するために、ソニー、アマゾン、エリクソン、フェイスブックなどがMWCへの出展を取りやめた。同時に、この決定は企業にとって痛手でもある。エリクソンなどにとって、MWCは自社の5G通信機器の安全性などを訴え、シェア獲得につなげるための重要な機会だったはずだ。

世界全体がウイルスとの戦いに臨む中、大規模な見本市などの開催は感染のリスクを高める要因になり得る。感染対策の為にイベントなどの開催を自粛するムードが高まり、人々の消費意欲の低下など、経済にはマイナス影響が出やすい。

■航空貨物は景気の先行指標

旅客に加え、新型肺炎が空輸されるモノの数に影響を与えることも見逃せない。航空貨物は運賃が高い分、輸送スピードが速い。それは、世界の企業が効率的に資材を調達するために欠かせない輸送手段だ。そうした側面を反映して、航空貨物の取扱量の動向は景気の先行きを反映する先行指標として扱われている。

近年、中国経済の景気減速や、米中の通商摩擦によるサプライチェーンの混乱から、世界の航空貨物需要は伸び悩んできた。新型肺炎の発生はそれに追い打ちをかけている。国際航空運送協会(IATA)は、今回の新型コロナウイルスの発生によって世界の航空貨物業界が一段と厳しい状況を迎えるとの見方を示している。

すでに、中国では武漢が封鎖されるなど、世界のIT機器や自動車などの生産に大きな支障が生じている。わが国でも部品調達が滞り、一部企業の完成車生産が一時停止された。その他の産業でも、中国での生産活動の停滞などを受け、資材調達に影響が生じている。

経済の専門家の中には、世界的な物流の混乱から航空貨物業界にはかなりの衝撃が予想されると警戒を強める者もいる。このように考えると、新型肺炎が各国の航空ビジネスだけでなく、世界経済全体の安定感に与える影響は軽視できない。

■世界経済全体に下押し圧力がかかる

今後の展開として、時間の経過とともに効果のある治療方法が確立されるなどして、新型肺炎の感染が収束する可能性はある。同時に、世界全体で新型肺炎に対する人々の危機感は高まっているとみられる。当面、世界各国で観光などへの需要は低下し、人の移動が一段と落ち込むリスクは軽視できない。

そうした展開が鮮明となれば、世界の航空旅客や貨物はさらに落ち込み、世界経済全体に下押し圧力がかかるだろう。先行きへの懸念が高まるに伴い、金融機関の融資姿勢などが硬化し、金融市場参加者のリスク許容度は低下する可能性がある。航空業界が直面している状況は、世界経済の不確定要素が増大していることを示唆している。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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