21世紀に入って日本の賃金はほとんど上昇しなかった。その結果、平均賃金の水準では、G7でイタリアと最下位を争い、2015年には韓国に抜かれ、差が開く一方だ。なぜ賃金が上がらない、安い賃金の国になってしまったのか。特集『安いニッポン 買われる日本』(全24回)の#1では、その理由を分析する。(ダイヤモンド編集部編集委員 竹田孝洋)
20年間賃金が上昇しなかった日本 韓国に及ばない平均賃金
「長年働いているのに、給料が上がらない」「給料が少なくて、生活が苦しい」。こんな悩みを抱えている人は多いはずだ。この悩みが生まれるのは、働く人の能力や努力が足りないからとは必ずしも言い切れない。むしろ日本と世界を俯瞰したデータで見れば、日本が丸ごと「給料の安い国」になりつつあるのが現実だ。
OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本の平均賃金(年間)は2000年時点、3万8364ドル(約422万円)で加盟35カ国中17位だった。20年には3万8514ドル(約423万円)と金額はわずかに上がったものの、22位にまで順位を下げた。過去20年間の上昇率は0.4%にすぎず、ほとんど「昇給ゼロ」状態。これでは「給料が上がらない」と悩む日本人が多いのも当然だろう。
他国と比べると、日本の賃金の低さは歴然としている。トップの米国は6万9391ドル(約763万円)で、率にして44%の大差が開いている。OECD加盟35カ国の平均額の4万9165ドル(約540万円)に対しても22%低い。
米国以下には、アイスランド、ルクセンブルク、スイスといった欧州の国々が並ぶ。日本の賃金はこういった欧米の国々に負けているだけでなく、お隣の韓国よりも低くなっている。
韓国が5年前に逆転 「昇給なし」は日本とイタリアだけ
上図の通り、日本の平均賃金は韓国に比べて、3445ドル(約37万9000円)低い。月収ベースで見れば3万1600円ほど低いという計算になる。
OECDの平均賃金は、「購買力平価」をベースとするもの。例えば同じ品質、同じ量の製品が米国で1ドル、日本で150円だった場合、実勢の為替レートではなく1ドル150円のレートで換算するという計算方法だ。購買力平価には国家間の物価水準の違いが加味されており、生活実感により近い。
いったい、いつ韓国に賃金で逆転されたのか。前述の通り、日本の賃金は過去20年間で0.4%しか増えていない。これに対して韓国の賃金は43.5%伸びている。この結果、15年の時点で韓国に逆転され、その後も差は開く一方だ。
下図は、日米欧主要7カ国と韓国の平均賃金の推移を過去20年間で見たものだ。韓国だけでなく、米国やカナダ、ドイツなども賃金は顕著な右肩上がりで伸びている。「昇給ゼロ」状態なのは日本とイタリア(マイナス0.4%)だけである。
どうして、日本は賃金が上がらない国になってしまったのだろうか。その主な理由として、五つの点を指摘することができる。
一つ目はバブル崩壊やリーマンショックなど大きく景気が落ち込んだときに、日本企業は労使が協調して雇用維持を優先し、賃金を抑制してきたことだ。
人件費を抑え、増加した利益を内部留保としたことで、リーマンショック後の資金ショートも免れた。この経営側の成功体験も賃金を抑制し続けるインセンティブになっているだろう。
二つ目は雇用を維持しながら、賃金を下げられないこと。これも経営者が賃上げに慎重になった理由として挙げられる。
景気後退時に、賃金を引き下げようとした企業はあった。しかし、「賃金引き下げは労働者にとって不利益変更であるとして、経営側が敗訴する判決が相次いだ」(佐藤純・青山人事コンサルティング代表取締役)。
いったん賃上げをすると業績悪化時に引き下げて、コスト削減をすることができないと多くの経営者が考えた。業績がいいときは賞与で払い、ベースアップはせず定期昇給のみにしようという行動が主流となった。
ベースアップがなければ、同じ年齢、同じ役職といった同一条件の労働者の賃金が上がらない。定期昇給だけでは、平均賃金は上昇しない。
三つ目は労働組合の弱体化だ。「労働組合や従業員は雇用維持を優先して経営側に賃上げを強く要求してこなかった」(山田久・日本総合研究所副理事長)。
四つ目は、大企業が雇用維持を優先し続けたことで、中小企業に大企業から人材があまり移動しなかったことだ。そのため、再編も進まず、生産性が上昇しなかった。生産性が上昇しなければ、経営者は賃金を上げることをためらう。
五つ目は、賃金と個人消費の停滞の悪循環だ。賃金が上昇しなかったことで、個人消費が拡大せず国内市場も拡大しなかった。だから、国内の売上高が伸びないために、企業が国内での賃金を抑制するという悪循環も続いてしまった。
他の主要国では、日本より雇用が流動化している分、日本のような賃金の抑制は起きず、人材の移動は生産性向上につながった。
韓国に負けた理由は 「雇用の流動性」の差
実は韓国との比較でも、雇用の流動性の違いが格差につながっている。
日本型雇用の3本の柱は、年功序列賃金、終身雇用制、企業別組合だった。以前は、韓国も日本型雇用と同様の雇用形態が多くの企業で見られていた。
しかし、民主化が進展した1990年代以降、企業別組合から産業別組合へと形態が変わっていった。また、IMF(国際通貨基金)に支援を求めるに至った金融危機に陥った98年以降は、雇用規制が緩和され、流動化が進んだ。その一方で、労働組合は経営に対して強い姿勢で臨むこともあり、賃金の引き上げは続いてきた。そのため、韓国に平均賃金で抜かれてしまったと考えられる。
日本において、雇用の流動化を加速することは難しい。それでも今後、諸外国との賃金格差を縮めるには、格差の実態を認識した上で「絶対額で賃金を議論すること」(佐藤氏)も必要だろう。加えて、仕事内容と賃金をリンクさせるジョブ型雇用の導入も検討するべきだろう。