人工光合成は、無尽蔵の太陽光エネルギーによって、水と二酸化炭素から水素や有機化合物などを作り出す、夢の技術だ。この夢を実現すべく、産学官連携のもと、実用化を視野に入れた研究開発が行われている。
『日本の国家戦略「水素エネルギー」で飛躍するビジネス』の著者・西脇文男氏がその最新事情をレポートする。
■植物の「光合成」を人工的に再現
植物の「光合成」は、太陽光エネルギーを使って水を酸素と水素に分解する「明反応」と、生成された水素と大気中の二酸化炭素からデンプン・ブドウ糖などの糖質を合成する「暗反応」の2つの経路を経由する。
「人工光合成」は、植物の光合成と同じ反応を人工的に再現するものだ。
前半の「明反応」では、植物の場合、葉緑素(クロロフィル)が光エネルギーを吸収し、水を水素と酸素に分解する触媒の役割を果たす。人工光合成でこの働きをするのが、酸化チタンの粉末半導体などを使った「光触媒」だ。
後半の「暗反応」では、明反応で生成した水素(正確には水素イオンと電子)と大気中の二酸化炭素を、合成触媒を使ってギ酸(HCOOH)やメタノール(CH3OH)などの有機化合物に合成する。
半世紀前、東京大学大学院生の藤嶋昭氏と指導教官の本多健一助教授(いずれも当時)が、水に浸けた酸化チタンの結晶に紫外光を照射すると、水が分解され水素と酸素が発生することを発見した。
これが「ホンダ・フジシマ効果」と呼ばれる、光触媒に関する歴史的発見だ。以来、光触媒の研究をリードしてきたのは、わが国の研究機関や企業だ。
酸化チタン触媒の弱点は、紫外光しか利用できないことだ。このため太陽光エネルギーの何%を水素エネルギーに変えられるかという「エネルギー変換効率」は0.1%程度にとどまる。実用化するには最低でも10%を超える変換効率が必要とされており、変換効率を高めるため、太陽光エネルギーの大半を占める可視光を効率的に吸収できる触媒材料・構造の開発が重要な研究テーマとなっている。
■光触媒技術で世界をリードする日本
つい先日、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)が、植物の光合成の太陽エネルギー変換効率(0.3%程度)の10倍以上となる世界最高の変換効率3.7%の光触媒を開発したと発表した。
実用化に向けては、変換効率の向上とともに、効率的・経済的な製造プロセスの開発も必要だ。ARPChemは、三菱ケミカル、TOTO、東京大学と共同で、大面積化・低コスト化を実現する新しい光触媒パネル反応器の開発に成功した(2018年1月発表)。
開発した反応器は、基板上に光触媒を塗布し形成したシートを用いて、水深1mmで水を安定的に分解可能という。既存の反応器に比べて水の量を大幅に低減でき、軽量で安価な材料で製造が可能で、実用化に近づける画期的な成果だ。
これらの成果は、NEDO「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)」の一環として研究開発したものだ。このプロジェクトでは、最終的に光触媒で生成した水素をCO2と合成し、石油化学製品の原料となるオレフィンを製造することを目指している。
人工光合成には、これ以外にもいくつかの方法があり、企業や研究機関が開発を競っている。
パナソニックは、可視光も利用できるニオブ系光触媒の開発を進める。将来的には、工場などから排出されるCO2を吸収し、エタノールを製造する人工光合成プラントを完成させる構想だ。
トヨタグループの豊田中央研究所は、光触媒を使わず、水に溶かしたCO2を直接還元する方法で「ギ酸」の合成に成功した(2011年発表)。この時の太陽光エネルギー変換効率は0.04%だったが、高効率化を目指して材料と構造を全面的に見直した素子を開発し、2016年には世界最高の4.6%(注)を達成している。
(注)前記H2(水素)生成とは基準が異なるので単純比較できない。
東芝も、CO2の直接還元で2014年に当時世界最高レベルの変換効率1.5%を実現。2015年には独自の分子触媒を用い、CO2からPETボトルやポリエステル繊維の原料となるエチレングリコールをワンステップで製造できる「多電子還元」を開発。20年代後半の実用化を目標に、汎用性の高い工業原料を高効率で製造する技術の開発を進めている。
人工光合成で生成する水素は「ソーラー水素」と呼ばれる。もちろんCO2フリーだ。
水素を製造するだけなら前半の明反応のみで十分だが、暗反応まで行うことにより、直接CO2を吸収消費(カーボンマイナス)するだけでなく、化石資源由来ではない燃料や化学原料を人工的に作り出すことができる。
将来、化石資源依存から脱却する可能性のある「夢の技術」だ。
近年この分野の技術の進歩は目覚ましいものがある。夢が現実となることを期待してもいいだろう。
西脇 文男:武蔵野大学客員教授