日産本社で開かれた記者会見。内田社長は一度も頭を下げることはなかった(撮影:風間仁一郎)
「失望した。自分たちは悪くないと終始主張しているだけだ──」
日産自動車は5月31日、「下請けいじめ」問題に関する会見を開いた。会見を聴いていた日産系サプライヤー幹部はそう突き放した。
日産は3月7日、公正取引委員会から下請法違反で再発防止の勧告を受けた。2021年1月〜2023年4月に原価低減を目的として、下請け先36社への代金を約30億円不当に減額したと認定され、日産は下請け先に相当分を返金した。
勧告後も「減額強要」報道に反論
しかし、この勧告後も「一方的な減額の強要が続いている」との報道があった。下請け先の納入価格が自動的に低減されるフォーマットを使った見積書を提出させてきたことや、日産の担当者が「長い付き合いだからといっていつまでも仕事もらえると甘く見るなよ」と告げ見積書の再提出を迫ったことなどを、テレビ東京が報じたのだ。
日産が調査を依頼した外部弁護士が、報道された疑惑について関係部門の37人にヒアリングを実施。31日の記者会見は、この調査結果の発表だった。
日産側は「(単価について)日産とサプライヤーで合意するなど、必ずしも報道されているわけではない新しい事実が調査で確認された」、「威圧的なコミュニケーションがあったことはヒアリング等において確認されていない」と説明。
内田誠社長は「不満の声があることは事実」と述べる一方、取引先への対応が「適切な行為だったか」は明言を避けた。
調査を行った外部弁護士は、「現時点で直ちに法令違反があると断定的に評価する状況ではない。最終的には公取の判断であろうと思う」としている。
日産は公取の勧告について公に説明してこなかった。3月13日に内田社長がオンライン会見で謝罪したが、これは労使交渉(春闘)の回答を説明する場で、一部の報道機関のみが対象。減額要請について詳しい説明を行っていない。
こうしたこともあり、テレ東の報道後、齋藤健・経済産業相が「至急に事実関係を確認し、報告するよう求める」と日産に対して要請。政財界からも責任を問う声が強まっていた。
ただ31日の会見で日産が説明したのはテレ東が報じた2案件についてだけ。参加した約30人の記者の多くが質問のため挙手し続けていたが、テレ東の記者が「本当に下請け企業と合意ができていると思うでしょうか? 圧倒的に力の違いがある中で」と詰め寄ったのを最後に1時間弱で打ち切りを告げられた。
今回、日産側は取引適正化へ向けて2つの対策を打ち出した。社外に取引先専用ホットラインを設置するほか、内田社長直属の「パートナーシップ改革推進室」を設け、すべての取引先の困り事を聞くという。だが、「(相談すると)取引を減らされるなど、不利益を被るのではないかと心配だ」(冒頭のサプライヤー幹部)と懸念する声もある。
日産系サプライヤーの苦境
完成車メーカーの原価低減要求が強い自動車業界では、サプライヤーの経営は総じて厳しい。とくに日産系は苦境に立たされている。カルロス・ゴーン時代に拡大戦略を推し進めた日産はその後の経営混乱や半導体不足もあり、販売台数は2017年度の577万台から2023年度に344万台まで4割も減少。日産の増産に応じて主に海外での能力を拡大したサプライヤーの中には損失計上を余儀なくされた会社も少なくない。
日産の主要サプライヤーの1社で、内装部品を手がける河西工業は2020年度から3期連続の赤字で、金融機関への借入金返済が停滞。日産から60億円の出資を受け入れることが今年5月に発表された。
日産は3月公表の中期経営計画「The Arc」で、2026年度までに30車種の新型車を投入、年間販売台数100万台増の反攻戦略を掲げる。その大前提となるのは、部品を供給するサプライヤーとの協力関係だ。
「サプライヤーから不満の声が出ないように徹底的に取り組む」と内田社長は強調したが、サプライヤーの視線は厳しい。「日産の台数計画を前提に経営計画を立てるなどありえない」と、前出とは別の部品会社幹部は切り捨てる。
日産は6月中にも再発防止策を提出、公表する方針だ。そこで、3月の下請法違反の勧告(2021〜2023年の取引)について購買部門出身の内田社長がどのような説明をするのか。「ゴーン時代以前から行われていた商慣習」(公取)に関する抜本的な改善策が出されるのかにも注目だ。
サプライヤーの信頼を失えば、100万台増の反攻計画も画餅に帰しかねない。
著者:秦 卓弥