死者をデジタルで復活させる「故人AI」が海外で急速に普及 「悲しみに暮れる人の社会復帰を妨げる」という懸念も

仏壇の前に座って線香に火をつける。墓前に花を供え、手を合わせる。これまで一般的だった故人をしのぶ日本人の風習だ。技術革新が著しいAIの発達で、そんな死者との向き合い方に劇的な変化が起きようとしている──。

 仕事に出かける前、愛する夫に「行ってくるね」と声をかけると、夫は「頑張って。忘れ物はない?」と送り出してくれる。

 帰宅後、会社で起きたトラブルを打ち明けると、「誰にだって失敗はあるさ。きみなら大丈夫」と慰めてくれる。

 優しい笑みをたたえ、悩みや他愛のない世間話も聞いてくれる夫。だが、いつも彼がいるのは液晶画面の中だ。触れることも抱きしめることも叶わない。なぜなら、すでにあの世へと旅立ってしまっているから。

 故人をデジタルで復活させる、「故人AI」と呼ばれるサービスが海外で急速に普及し始めている。

 もう二度と会えないと思っていた愛する人と再会し、共に生きていけるとしたら、それが仮想のサービスであっても、あなたは利用したいと思うだろうか。

新しい記憶も定着できる「故人AI」

 4月18日、「TBS NEWS DIG」が配信した、中国で普及が進む「故人AI」ビジネスを紹介した記事。この記事には、コメントが2000件以上付くなど、ネット上で大きな注目を集めた。

 昨年「故人AI」のビジネスを立ち上げた中国人男性のもとには「事故で亡くなった子供を復活させてほしい」「古い写真からおじいちゃんを復活させてほしい」などの注文が絶えず、これまで1000人以上にサービスを提供してきたという。

「中国では同様のサービスを展開している企業がほかにも10社以上あります。価格は日本円で数千円から数万円程度で、金銭的なハードルはそれほど高くありません」(中国事情に詳しいジャーナリスト)

「故人AI」とは、コンピューターに亡くなった人の写真や動画、音声、その人が書いた文章を読み込ませることで、故人の言動を動画などで再現するサービスのことを指す。

「人工知能(AI)が、故人の“資料”を読み込み、学習するんです。写真を動画のように動かし、声やしゃべり方の癖なども簡単に再現してくれます。家族しか知らない思い出をインプットさせれば、そのときのやり取りもできる。例えば、生前、家族で行った温泉旅行について、画面内の故人が思い出を話し始める、というわけです。

 この『故人AI』のすごいところは、やり取りを重ねれば、新しい記憶も定着できること。“昨日のハンバーグはおいしかった?”“明日は朝早く起きるんでしょ?”などと、意思を持った人間と話しているようなレベルに達することが、技術上は可能なのです」(ITジャーナリスト)

アメリカで普及する“死者と語り合うサービス”

「実は、そうしたサービスはアメリカでは3〜4年前から普及しているんです」

 こう語るのは、国際ジャーナリストの山田敏弘氏。

「2020年夏に、“死者を模倣する”というキャッチコピーで発表された『プロジェクト・ディセンバー』というチャットボット・サービスがそのはしりです。

 チャットボットとは人工知能によって、自動的にテキスト形式での会話を行うプログラムのこと。このサービスの開発者が、自身の亡くなった祖母やスティーブ・ジョブズ氏との会話を作成したと発言して話題を集めました」(山田氏)

 ユーザーは10ドル程度の登録料と、会話をしたい相手の名前や趣味、思い出などの情報を提出することで、テキスト形式でのチャットが100往復程度利用できる。さらに別のサービスでは月額50ドル課金すれば、無制限で会話を楽しめるという。

SafeFrame Container

「2021年7月、『サンフランシスコ・クロニクル』紙が同様のサービスを利用して、8年前に亡くなったフィアンセと会話を続ける男性の姿を取り上げた。ちょうどコロナ禍で、突然の別れを受け入れられない人がアメリカで急激に増えていたことも注目された理由のひとつでしょう。ChatGPTの登場など生成AIサービスが広く一般化して技術レベルが格段に進歩したことも、“死者と語り合うサービスの普及”に寄与しています」(山田氏)

「死者への冒涜に当たる」という批判

 そのように海外で普及が進む「故人AI」だが、さまざまな懸念も指摘されている。

 まず挙げられるのは「死者への冒涜に当たる」という批判だ。

 2019年、NHKは紅白歌合戦で『AI美空ひばり』を登場させ、本人そっくりのCGが新曲を歌い、「私の分まで、まだまだ頑張って」などの“語り”も入っていた。

 だが、歌手の山下達郎は、「一言で申し上げると、冒涜です」、「技術としてはありかもしれませんが、歌番組の出演、CDの発売は絶対に否と考えます」と断じた。“故人の再現”において、故人の遺志がどこまで尊重されているのかなど不明点が多いことに、同じアーティストとして違和感を覚えているようだった。

 また、「故人AI」への依存が、肉親を失って悲しみに暮れる人の社会復帰を妨げるという意見もある。

「アメリカでは心理学者などから、人間にとって必要とされる『忘れる』という行為に抗う危険性が指摘されています。

 また、人工的に作られた『人格』との対話が、精神に与える影響も未知数です。以前、Googleで『ラムダ』というAIを開発していた研究者が精神を病み、Googleを告発するという事件も起きました。この研究者はAIにデータを学習させるため、ラムダと一日中会話をするのが仕事だったのですが、『ラムダは感情を持っている』などとおかしなことを言い出すようになってしまったのです」(前出・ITジャーナリスト)

 一方、ビジネスを展開する側は、家族の同意など倫理面をクリアすれば、遺族たちにとって“福音”となると主張している。

 数年前、弟を自死というかたちで失ったある遺族男性に、「故人AI」をどう思うか聞いた。彼の弟はまだ20代半ばだった。

「私は心の整理がつくまで2年くらい要しましたが、母はいまも『離れたくない』と納骨できずにいます。母は『科学が進歩したら、遺骨から生命を復活できるかもしれない』とも話していました。母のような人にとっては、生きる活力を見出すサービスになるような気がします。実際、私の妻が、遺影がまばたきをしたり、微笑んだりする『動く遺影アプリ』を教えてあげただけでも、母は喜んでいましたから」

 ただ、彼は自分では利用しないだろうと話す。 「リアルに見せかけた、作り物だとわかっているからでしょうね……」。

 今後、日本にも上陸することが予想される「故人AI」サービス。

 あなたは誰に会いたいか、そして、どう使うのか。いまのうちから考えておいてもいいのかもしれない。

※女性セブン2024年5月9・16日号

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