日本各地はもちろん、世界中で店舗を展開しユニークな商品を販売し続けている無印良品。しかし約20年前は赤字状態で、2001年には初の減益を経験している。その時に社長に就任し、たった2年で経営をV字回復させた松井忠三氏の新刊『無印良品の教え』から、良品計画がクレームを7000件から1000件にまで減らした方法について、一部編集の上で紹介しよう。
「マニュアル対応」がクレームを減らした?
どの企業でもクレームは日々発生しますし、さらに社内でもコミュニケーション不足などが原因で、さまざまなトラブルが起こります。
こうしたミスやトラブルは企業全体で共有してこそ、初めてプラスに転化できます。
MUJIGRAM(各店舗用のマニュアル)では「危機管理」というジャンルだけで1冊のマニュアルになっていますし、業務基準書(本部の業務用マニュアル)でも「リスク管理」に関するマニュアルはあります。ちなみに、危機管理のファイルだけ赤いファイルを用いています。
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特に昨今は企業のコンプライアンス(法令遵守)が重視されているので、無印良品でもコンプライアンス・リスク管理委員会をつくってしっかりと対応する体制を整えています。リスク管理をマニュアル化するときに、必ず「具体的な事例」と「対処例」を入れるのがポイントです。
多くの企業や団体でもコンプライアンスのマニュアルを作成していますが、たいていは相談窓口を設けているという説明や、セクハラやパワハラをしない、個人情報を勝手に利用しないといった禁止事項を述べているだけです。社外の人に「わが社はこのようなことに気を付けています」と知らしめるためにはこれで充分ですが、リスク管理についての社内の指針になっていないのは明白です。
他のマニュアル同様、読んだ人がきちんと対応できるようにするためには、どのような場面でどのような対応をすればいいのかを明記しなければなりません。
たとえばMUJIGRAMでは、お客様からクレームがあった場合は、一次対応として五つの応対を決めています。
(1)限定的な謝罪
(2)お客様の話をよく聞く
(3)ポイントをメモする
(4)問題を把握する
(5)復唱する
という対応があり、それぞれのポイントで「言い訳をせずに最後まで聞く」「お客様の表現でメモする」といった注意点も記してあります。
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最終的な対応は店長がきちんとしますが、最初の対応は全スタッフができるようにしておかなければなりません。対応するのが新人スタッフであっても、お客様にとってはみな同じ無印良品のスタッフですので、これはスタッフの責務なのです。
お客様と直接接しない部署であっても、取引先とのトラブルはあります。そこで業務基準書では、衣服・雑貨部など取引先と契約や取引でのトラブルが起きると想定される部署では、リスク管理のマニュアルを作成しています。
部下がミスやトラブルを起こしたときに、「次からは気を付けるように」の一言で済ませてしまうリーダーもいるでしょう。その後、その部下はミスをしないよう気を付けるかもしれませんが、他の部下が同じミスをする恐れもあります。
ミスやトラブルが起きたとき、誰が悪いのかという犯人探しをして責任を追及するのが本来のリスク管理の目的ではありません。同じトラブルを未然に防ぐための判断材料として、その情報を役立てるべきです。そのためにもトラブルの事例はフォーマットをつくって、管理しておくといいでしょう。
無印良品ではこのような体制を整えてから、2002年度下期に7000件を超えていたクレームが、その後右肩下がりになり、2006年度上期以降は1000件台前半を推移しています。これは、重複して起こりうるクレームの発生を未然に防止できた成果だといえると思います。
「一人前になるまで15年」は長すぎる
私が西友で人事の課長に就いたとき、「松井君、経理部の社員が一人前になるのには15年かかるんだよ」と上司に言われたことがあります。
「経理の仕事は、商品会計や財務など、大きく分けると四つぐらいあるが、それを一通り経験するには15年かかる」という話でした。
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そうなると、経理に配属された人は、定年まで経理しか経験できなくなります。入社して15年で経理の仕事を覚えた頃には、40代の中堅社員です。これでは時間がかかりすぎです。その段階で営業や商品開発のような畑違いの部署に異動となっても、何もできないでしょう。だから関連会社に経理として出向するぐらいしか、その先の道は考えられません。すると人材の流動化が進まず、組織が硬直化してしまいます。
この構造は、部署ごとに派閥を生む温床にもなります。経理部の人間は、経理の利益だけを守ろうとし、販売部は販売の利益だけを守ろうとする。これでは会社全体を強くしていくことができません。こういった悪しき習慣をなくすためにも、人の流動化を進める仕組みが必要です。
マニュアルで「人材育成」する
仕事を覚えるのに15年かかるのは、上司から部下に仕事の仕方を口頭で教えるという、いわば“口伝の世界”だったからです。
私は、これを明文化しようと決めました。15年かけていた仕事を、新入社員でもある程度できるようにするために、業務基準書をつくりました。長い時間をかけて覚えていた社員からは、「そんなに短期間で覚えられるわけがない」と反発はありましたが、そこは譲れませんでした。
業務基準書では、経理部の業務は店舗に関する会計だけで11個のカテゴリーに分かれています。クレジットカードや商品券で支払いがあったときの処理の仕方や、新店を開店するときに必要な対応などを具体的に記しています。経理の担当者は、この業務基準書を読みながら手続きを進められるようになっているのです。
この仕組みができてから、経理の担当者はわずか2年間で一通りの仕事を覚えられるようになりました。5年もあれば一人前の経理部員のレベルです。
つまり、マニュアルをつくると人材育成を効率的にできるようになるということです。
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無印良品では課長は全員、3カ月の海外研修に行く決まりになっています。それだけ長期間、課長が不在になったら現場は大混乱しそうですが、毎年大きな混乱もなく現場は普段通りに仕事をしています。
それが可能なのは、業務基準書さえ見れば、仕事の進め方がすべてわかるようになっているからです。部下が判断に迷ったときにそばに上司がいなくても、業務基準書を見ればどう行動すればいいのかがわかる。この仕組みがあるから、課長も自分の研修に打ち込むことができるのです。
よく課長と部長で指示が異なり、部下は同じ仕事を何度もやり直すケースもあるでしょう。それを防ぐためにも、部署内で方法を統一させておけば、仕事はスムーズに進むようになります。
業務基準書にしてもMUJIGRAMにしても、「そんな膨大な量を覚えられるのか?」と思うかもしれませんが、暗記する必要はありません。入社した時点で、それぞれのマニュアルを使って研修もしますが、2、3回教えたぐらいですべてを覚えられる人はいないでしょう。
仕事を忘れた時、上司にその都度聞くのは気が引けて、独自の判断で行動して失敗し、上司から叱られるのはよくある話です。それが重なれば、部下はますます上司に聞きづらくなり、思考停止に陥ってしまいます。上司も「なんで何度教えても覚えないんだ」と、部下に対して苛立つばかりです。上司と部下、双方がストレスをためるだけで、何一ついいことはありません。
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マニュアルがあれば、仕事を忘れてもマニュアルを確認すればいいので、上司も部下も、どちらも気を遣う必要はなくなります。社内の雰囲気が険悪にならずに済むのも、マニュアルの優れた副産物かもしれません。