12月18日内閣府から東京電力福島第1原子力発電所事故で避難した福島県の住民へのアンケート結果が公表された[調査概要:福島県内22市町村 (警戒区域等が設定された12市町村と隣接12市町村)を対象に平成26年2月~5月において、避難を継続している住民(各世帯の代表者で、市町村が連絡 先を把握している者)59,378人が対象。回答20,173人、有効回答数19,535人]。
各新聞社でなどで報じられた内容は、3月11日に複数回にわたって出された避難指示等を入手した住民はいずれの情報も2割未満、避難にあた り困ったこととして「どこに避難すればよいかについての情報がなかった」が約6割、「行政から避難に関する情報が得られなかった」が約5割、またこの期間 に家族離散を経験した人が約4割というものである。もちろんこれらは極めておおきな問題であり、また、避難された方々の困難の一端を明らかにしたものであ る。
日本経済新聞:福島原発事故の避難指示、伝わった住民2割未満 停電など影響か
福島第1原発事故当日の避難指示「知っていた」2割未満 避難住民アンケート
私は、内閣官房東日本大震災対応総括室「東京電力福島第一原子力発電所事故における避難実態調査委員会」のメンバーとして、この調査の設計分析に関わった。調査の設計、分析に関わったものとして、この結果のポイントを考えてみたい。
いざというとき住民を「放射線」から守るための教訓
この調査のポイントは何か。
この調査の最も重要なことは、原子力防災、特に住民の放射線防護の教訓にかんする福島原発事故の教訓が明らかになったことある。これは、震災後の政府事故調、国会事故調、民間事故調でも検証されていない内容で、非常に大きな意味を持っている。
現 在の原子力防災のもっとも大きな問題点は、福島原発事故が起こったにも関わらず、その避難の教訓を十分に踏まえないままに、IAEAの方針に基づき避難計 画を立てているという点だ。原発事故に限らず日本の災害対策は、さまざまな災害が起こった後、それらの反省を踏まえて、二度と同じ災害を繰り返さないよう に教訓を徹底的に洗い出し、少しずつ進んできた。それは海外でも同様である(それでも十分とはいえない)。だが原子力防災だけは、海外の原子力発電所事 故、JCO臨界事故、新潟県中越沖地震などを踏まえても不十分な防災対策のままであり、福島原発事故を踏まえてもその教訓を徹底的に汲み取った防災対策と しようとはしていない。
たとえば、現在、全国の原子力発電所の各サイトでたてられている広域避難計画は、「広域に避難」するということばかりが注目されている(し かも、それは○○%が避難した場合という仮想のシミュレーションに基づくものであって、福島原発事故の実態を踏まえたものではない)。だが放射線防護(原 子力防災)は、広域避難にだけでなく、屋内退避、スクリーニングとそれに伴う除染、ヨウ素剤の服用などにより総合的に被曝量を低減させることが重要であ る。福島原発事故は、スリーマイル島原子力発電所事故後に原子力防災が検討されはじめてから、世界で初めて適用されつつ避難が行われた原発事故であるとい う特徴をもつ。
福島原発事故では原子力事故における放射線防護措置の難しさが多々明らかになった。この調査は、福島原発事故では明らかになった放射線防護の教訓を、避難者の声として拾い出したという意味で極めて重要な意味である。
(1)広域避難の避難先
避難者のうち、祖父母・親・子ども・孫の家、親戚の家を頼って逃げている人が非常に多いということである。事態の深刻化に伴って、避難者が増えていくにしたがって、直後は約1/3、最大(約1週間後)で約1/2が祖父母・親・子ども・孫の家、親戚の家を頼って逃げている。
報道されるのは避難所ばかりで、このような避難をした人たちはメディアに取り上げられることは少なかったので、この形態の避難はあまり認識されていない。
現在、多くの原発立地地域で、広域避難計画が立てられている。そこでは都道府県が調整し、自治体をペアリングして、地域ごとにまとまって逃げることを想定しているが、これが現実的でなく机上の空論に過ぎないことがわかる。
(2)スクリーニング
警戒区域からの避難者でも約2割の人がスクリーニングを受けていない。初期段階で、スクリーニングが徹底されていなかったことがわかる。なお楢葉町、広野町などいわき市・茨城県方向に逃げた自治体の避難者ほど、この傾向が顕著である。
この直後のスクリーニング体制が不十分であったことは、住民の初期被曝がわからないという健康不安を引き起こし、福島県の県民健康調査(震 災後の行動記録などを基に被ばく線量推計する)の公開問題など、福島県で様々な問題を引き起こす遠因となった。にも関わらず、この対策が不十分なままであ る。
(3)屋内退避
新たな防災指針では、全面緊急事態では5~30キロ圏 内(緊急防護措置区域、UPZ)では屋内退避をすることになっている。3月11日21時23分に福島第一原子力発電所半径3km~10km圏、3月12日 7時45分に福島第二原子力発電所半径3km~10km圏に屋内退避指示が出されている。3月15日には福島第一原子力発電所半径20km~30km圏に 屋内退避指示が出されている。避難をしていない段階において、放射線プルームが拡散しているかもしれないという状況において、屋内にとどまるというのは被 曝をさける手段として重要な意味を持っている。だが、どの区域の人々も2割~3割程度の人がこの情報を入手していなかった。テレビなどで情報を得ている人 が多いにも関わらず、この屋内退避が周知(理解)されていなかったことがわかる。
また、屋内退避の情報を入手した人であっても防護行動をとった人は少ないことも確認された。情報を入手した人でも、屋内退避の実施率は地域 によらず6割程度であり、「子どもを外に出さないようにした」「換気扇、暖房などを使わないようにした」という人も2割程度であった。立地市町村も含め、 屋内退避の重要性が十分に周知されていなかったこと、緊急時におけるテレビなどの呼びかけだけでは、その屋内退避の意味が十分に伝わらないこと、事前にき ちんと屋内退避の意味が理解される必要があることがわかる。
(4)ヨウ素剤の服用
ヨウ素剤は双葉町と富岡町で配布され(服用は指 示されていない)、三春町で服用が指示された。だが、双葉町、富岡町以外においても、避難自治体のほとんどで服用した人がおり、全体で4.6%の人がヨウ 素剤を服用している。住民の避難先は行政の指示通りとはかぎらない。様々な避難先では複数市町村の住民が混在して避難しており、ヨウ素剤を他市町村から何 らかの形で入手したことによる(楢葉町と広野町、富岡町と川内村のように同じような避難経路をたどったところで類似の傾向がある)。
つまり、市町村ごとの避難対応、避難計画では不十分で、近隣市町村で連携して同様の対応をとっていく必要があることを示しているし、他市町村の住民も混在して避難するため、人口分のヨウ素剤だけで十分に行き渡らない可能性があることを示している。
(5)情報
避難時に役にたった情報としては、テレビ・ラジオの情報が もっとも多く、自治体からの電話や呼びかけはそれらと比べると回答率は低い。広域避難においては自治体は住民との情報伝達手段が失われてしまう。もともと 市町村から住民に緊急的に情報を伝える手段は防災行政無線くらいしかない。だが、防災行政無線は広域避難のきっかけにはなるが、当然、地元を離れて「広 域」に避難するときには役にたたない。主にテレビ・ラジオなど放送による情報を頼りに逃げたのである。
だが、福島原発の教訓を踏まえて、原子力の広域避難においてほぼ唯一の情報源になるテレビ・ラジオなどの放送を広域避難の唯一の情報源とし て、どのように位置づけるかなどについては、何も改善が加えられていない(なお、福島原発事故のとき周辺自治体では、停電とその後の基地局のバッテリー枯 渇により、キャリアによっては携帯電話・スマートフォンなども使えなかった)。
「想定」ではなく、実態ベースを踏まえた議論を
震災から5年を機会に、様々な原発事故の検証が、今一度、なされることだろう。原発事故そのものの技術的な要因を再検証することも重要だし、長期的な避難生活の問題をきちんと訴えて行くことも重要である。だが、直後避難の検証はそれらと比べるとなおざりにされてきた。
現在、世界には400基以上の原子力発電所が存在する。かつ世界は福島原発事故の経験を知りたがっている。最大規模、近年の先進国でおきた 唯一の原子力事故だからである。だが国内では再稼動に向けてストレステストを行い、新規性基準に対応しているので、同じような事故は起こらないという「安 全神話」に戻っているようである。脱原発にしろ、原発を推進するにしろ、この福島原発事故は、近年の先進国でおきた最大規模の原子力事故だからこそ、きち んとこの福島原発事故直後の対応や苦悩についても目をそらさず、教訓を残すことが必要である。