経済の立て直しの肝「観光」を見誤った日本の失策 独や英と比べても国内旅行が圧倒的に少ない

日本は、「自分の車に自費でガソリンを入れ、自ら運転する高速道路の料金が、乗れば目的地まで運んでくれる鉄道の料金より高い」という、世界的にも異常な状態にある。トヨタの元副社長で名古屋商工会議所副会頭なども務めた栗岡完爾氏、岐阜県庁で企画・経済振興などの分野で活躍した近藤宙時氏は、「モノの流れや人の流れを妨げている現在の高速道路のあり方こそ、経済の沈滞を生み、地域間の格差を広げてきた元凶」と話す。

アフターコロナも見据え、データに基づいた提言をもって「地方を切り捨てる産業・国土交通政策」の欺瞞に迫った両氏の共著書『地域格差の正体 高速道路の定額化で日本の「動脈」に血を通わす』から、一部を抜粋・再構成してお届けする。

モノづくりは日本の得意分野ではあるが、自動車や家電など一部の分野を除くと、国内市場が大きかったために、輸出にはあまり力を入れてこなかった。そのため、国際競争力を高めるにはかなりの時間がかかる。ましてこの20年間、日本経済が停滞し続けていたように、経済規模を大きくしようとするのは極めて難しい。

特に、これまでずっと企業誘致を行ってきた地方にとっては困難な話だ。明治以来の悲願といっていい中央と地方の格差は、縮まる様子がない。限界集落となってしまってから工場を誘致しようにも、工場で働く人にも事欠いてしまう。

■モノづくりに代わる産業とは何か

しかし、観光はほかの産業に比べ、多大な時間と投資を必要とせずに活性化し得る分野だ。それだけに、地方にとっては最初に手をつけるべきであり、同時に最後の砦となり得る産業分野なのである。

たとえば、国内旅行は何か「きっかけ」があれば、比較的早くに活性化できる。ほかの多くの消費財は大量生産時代を経て国民すべてに行き渡り、新規の需要は少なく、消費してもらうには買い替え時期を待つしかない。

しかし、国内旅行は日本人が「もういらない」といえるほどには充足していないからだ。「もしお金があったら何をするか、何を買うか」という各種の調査でも、国内旅行はたいてい一番に挙がる。

このことは、コロナ対策として全国民一律に配った10万円の特別定額給付金の使い道の調査にも表れている。

日本生命による使い道の調査(複数選択可)では、「生活費の補填」が53.7%で1位、困窮時の備えとしての「貯蓄」が26.1%で2位だった。政策目的からいって当然の結果だが、3位は10.1%の「国内旅行」であり、4位に「家電製品の購入」(9.7%)と、マスク・除菌グッズなど「衛生用品の購入」(9.7%)が同率で続く。具体的な使い道としては、国内旅行が最も多かったことになる。

その意味では、コロナ禍でどん底に落ち込んだ日本経済を立て直そうとして政府が行ったGoToキャンペーンは、時期と方法論は大いに間違っていたが、「観光を活性化させる」という政策の方向性だけは間違っていなかった。日本経済を短期的に立て直すには、まずは国内旅行を促進させるのが一番だ。

そのGoToキャンペーンだが、1.7兆円という前代未聞の補助金規模に対する効果の少なさ、逆にその18%、3000億円にも及ぶ巨額の事務委託費、それに加えて新型コロナウイルスの感染者数が連日うなぎ上りの時期に始められたというタイミングの悪さから、批判にさらされ続けた。

ただ、本当に批判されるべきは、国内旅行を増やし、コロナ禍の直撃で危機にある国内旅行業を支援するために、「国民一人ひとりの旅行代金を補助する」という方法だ。これは、補助金がなくなれば後に何も残らない、まさにバブルに過ぎないバラマキ補助そのものといえる。

■国内旅行の支援のために行うべきは?

本来、政策的に行われる補助は、「補助が終わった後にも消費が持続的に拡大する効果が見込まれる投資」に対して行われなくてはならない。仮に倒産の危機にある国内旅行業を支援するなら、場合によってはほかの産業への転換費用を補助するほか、補助を受けた後も継続的に売上が増えるような施設の整備、魅力ある観光地づくり、観光資源の掘り起こしなどに支援をすべきなのだ。

また、コロナ禍が過ぎた後に国内旅行客の増大につながる道路や鉄道などの交通手段の整備こそが、行うべき政策だったはずである。

だが、それ以前に当時から政府は「観光産業活性化の本質」を見誤っていた。安倍政権では来日観光客数(いわゆるインバウンド)の目標が引き上げられ、カジノを中心としたIR(統合型リゾート)の推進や観光ビザの発行基準の緩和など、インバウンド拡大のためにさまざまな政策が実行された。その結果、2011年に622万人だった来日観光客数は、2019年には3190万人に達し、その消費額は8135億円から4兆8113億円へと、それぞれ約5倍に伸びた。

しかし、かなり無理をして伸ばした4兆8113億円という数字も、日本人による国内旅行消費額の20兆4834億円(観光庁発表値、2019年4月)の4分1以下でしかない。全観光産業の売上に占める割合はわずかに18%に過ぎない。

もともと1でしかなかったものを倍にするより、もともと10であったものを1割増やすほうがずっと簡単なのは当たり前だ。国内旅行は「きっかけ」さえ作り出せば、必ず急増するのである。

経済浮揚に観光が適している理由はほかにもある。国内旅行消費額が増えると、観光産業以外の消費も「風が吹けば桶屋が儲かる」方式で増える。ひとつの産業の伸びがほかの産業に与える影響を「経済波及効果」と呼ぶが、観光産業はこれが2と、ほかの産業に比べても高い。ごく単純にいえば、観光消費額が1増えると、国全体の消費額は2増えることになるのだ。

このように、国内旅行の重要性は決して低くはないと考えられるが、世界的に見るとどうだろうか。ここではドイツ、イギリスの国内旅行と比較してみる。ドイツとイギリスを比較対象として選んだのは、この両国が日本と比較するのにふさわしい国だからである。

国内旅行に影響を及ぼすと思われる諸条件として、3カ国の面積は、日本が約38万平方キロメートルなのに対して、ドイツがその95%の約36万平方キロメートル、イギリスが同65%の約24万平方キロメートル。

人口密度もドイツが日本の70%、イギリスは86%と近い。またGDPも世界において日本が3位、ドイツとイギリスが4位と5位であり、1人当たりのGDPはドイツが日本の134%、イギリスは108%。先進国のなかでもドイツとイギリスは、日本と基本的な国力の差が比較的少ない国であり、比べる対象として最適な国であるといえる。

下に掲げた図表は、2018年度のこの3カ国の国内旅行に関係する項目を一覧にしたものである。

3カ国の自国民が行う国内旅行における宿泊日数(自国民が行う海外旅行や、海外からの旅行者の宿泊日数は含まず)を見てみると、日本が2億9188万泊であるのに対し、ドイツでは3億6640万泊、イギリスは3億7170万泊である。これを人口比で見ると、日本を100とすれば、ドイツが191、イギリスは243だ。日本人はドイツ人の52%、イギリス人の41%しか国内旅行で宿泊していない。

■国内旅行はドイツやイギリスの3分の1

国内旅行消費額も当然、この数値に比例する。日本人が1年間に国内旅行で使う金額の合計が約20.5兆円であるの対し、ドイツは39.6兆円、イギリスは28.8兆円。日本は人口が両国より多いにもかかわらず、その国内旅行消費額は圧倒的に低い。これも1人当たり国内旅行消費額について日本を100とすると、ドイツは294、イギリスは267となる。率にすると、日本人はドイツ人の34%、イギリス人の37.5%と、両国のほぼ3分の1の金額しか消費していない。

これは単なる「統計上の誤差」や「国民性」の問題に帰せられるような差ではない。

逆に、日本人がドイツ人やイギリス人並みに国内旅行したとすると、日本の国内旅行消費額は3倍になる。別の言い方をすれば、「やり方によっては、一気に3倍にも増大する可能性」を秘めている。しかも、現状でも日本の国内旅行消費額である約20.5兆円は決して小さい数字ではない。たとえば、日本の輸出の屋台骨を背負っているといっていい輸送機械製造(自動車のほか飛行機や船舶も含む)は11兆円前後であり、その2倍もの大きさがあるのだ。

前述のように観光産業の経済波及効果は2だ。日本人がドイツ人並みに国内観光消費をすれば、単純計算ながら国内観光消費額自体は40.3兆円増え、さらに国全体の産業でいえば2倍の80.6兆円も増える勘定になる。これは約536兆円(2019年)であるGDPの15%にも達する。

日本の国内旅行をドイツやイギリスの半分に押し留めているボトルネックを明らかにして、それを取り除けば、日本の国内旅行は一気にドイツ・イギリス並みになる可能性がある。

筆者らは最大の原因が、遠くに行けば行くほど高くなる「距離制」の高速道路料金にあり、400円走り放題といった「定額制」に移行させることで大きく改善すると考えているが、それについては別の機会にお話ししたい。

栗岡 完爾:トヨタ元副社長

近藤 宙時:経営ナビゲーター

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