給料を「PayPayや楽天ペイ」で受け取り、解禁されても誰も知らない残念な理由

4月1日、給与の「デジタル払い」が解禁された。が、その認知度は、国民の間で高まっていない。金融庁によると、3月15日時点で「PayPay」(ソフトバンク系)、「楽天ペイ」(楽天系)、「d払い」(NTT系)など84業者が登録されている。わが国の一般庶民や企業は、世界的に進むデジタル化に対する関心が低いといえるかもしれない。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)

給与の「デジタル払い」解禁の認知度が低い

 2023年4月1日、給与の「デジタル払い」が解禁された。デジタル払いとは、給与をスマホの決済アプリや、電子マネーの口座に支払う仕組みをいう。

 これまで厚生労働省は、1975年に銀行口座への給与振り込みを、そして98年には証券総合口座への振り込みを解禁した。今回、社会のデジタル化に対応するため、「資金移動業者」の口座が給与支払いの対象に含められた。

 世界の主要な中央銀行は、法定通貨のデジタル化に関する実証実験などを進めている。その中、デジタル払い解禁は人々の生活の利便性、経済運営の効率性向上に寄与することが期待できる。

 ただ、デジタル払い解禁の認知度が、国民の間で高まっていない。デジタル払いのアンケート調査の結果を見ると、デジタル払いに関する理解はあまり高くないことが分かる。素直に考えるとかなり便利になるはずなのだが、給料を受け取る側も、払う側の企業もあまり関心がないように見える。

 わが国の一般庶民や企業は、世界的に進むデジタル化に対する関心が低いといえるかもしれない。それは、世界的なデジタル化の波に乗り遅れることにもなりかねない。そうした状況が続くと、わが国の「デジタル後進国」ぶりは一段と鮮明になる。それは、世界経済における存在感の低下につながることも考えられる。

デジタル給与支払いに84事業者が登録

 リーマンショック後、わが国でもデジタル化の加速を背景に、非金融分野の企業による銀行分野への新規参入が増えた。一例が、資金移動業を行う企業の増加だ。デジタル払いはこの仕組みを利用し、企業が就業者に銀行を介さずに給料を支払う。資金移動業とは、銀行以外の事業者が行う送金サービスをいう。

 事業者は送金の上限金額(5万円以下、100万円以下、100万円超)によって3つに分類される。100万円以下であれば監督当局への登録を経て事業を開始する。登録とは、行政機関に申請を行い事業者として名簿に記載されることで、正式にビジネスを開始できる制度を指す。金融庁によると、2023年3月15日時点で「PayPay」(ソフトバンク系)、「楽天ペイ」(楽天系)、「d払い」(NTT系)など84業者が登録されている。

 資金移動サービスの利用者は、銀行口座とひも付けたスマホのアプリに入金し、買い物や送金に使う。デジタル払いでは、この仕組みを利用し、銀行口座を介する手間を省いて企業(雇用者)から就業者へ、給与は支払われる。

 デジタル払いは、資金決済システムがネット空間に取り込まれた結果として、口座振替決済などの銀行ビジネスが他の業界に染み出していることを象徴する変化の一つだ。そのメリットを生かすため、20年夏以降、厚生労働省は賃金支払いの新しい選択肢として資金移動業者の口座活用を目指し、法令の改正に取り組んだ。

 なお、デジタル払いの利用に当たって、雇用主は就業者の個別の同意を得る必要がある。不正な資金引き出しなどによって就業者が損失を負った場合、補償されなければならない。振込金額が100万円を超える場合には、あらかじめ就業者が指定した銀行口座などに自動的に出金される。ATMなどによって1円単位での現金化も可能だ(最低月1回は就業者の手数料負担なし)。

解禁の背景はある地方企業の提言

 デジタル払い解禁のきっかけの一つが、福岡県に拠点を置くフィンテック企業、ドレミングホールディングの提言だった。18年6月14日に開催された国家戦略特区諮問会議で、同社の高崎義一CEOがデジタル支払いを進めるための規制緩和を求めた。高崎氏は、外国人の受け入れ強化のために、銀行口座開設の困難さを解消し、リアルタイムでのデジタル給与支払いを可能にする必要性が高まっていると主張した。

 それに加えて、同社にはデジタル払いの活用によって、新興国の需要をより多く獲得できるとの思惑もあっただろう。例えば、アフリカ大陸などの途上国では、無線通信基地局の設置によって携帯電話の利用者数が増えている。これまで銀行口座を持たなかったが、スマホアプリなどで口座を開設し働いた分の給料を受け取る人は増えている(生活に必要な金融サービスにアクセスする人が増えることを「金融包摂」と呼ぶ)。

 アプリを通して銀行、ネット通販、さらには医療などのサービスを利用することも可能になった。こうして、加速度的に経済活動はデジタル化している。それは社会の厚生、人々の「ウェルビーイング」を高める。既存の銀行システムが未整備な分、新興国における給与デジタル払いなどのスピードはわが国より早い。

 ドレミングの提言をきっかけに、政府はデジタル払いの実現に取り組んだ。企業は銀行口座振込手数料を削減し、就業者もATMなどからお金を引き出す手間が省かれると期待された。世界的に主要中央銀行による、「中央銀行デジタル通貨」(CBDC)の利用を目指す動きも強まった。

 加えてコロナ禍の発生は、民間、政府、両分野でのデジタル化を加速させた。効率性を高め成長を目指そうとする民間企業の考えに触発されるようにして、わが国はデジタル払いの準備を進めたといえる。

 一方、銀行ではない資金移動業者に関しては、破綻時に預かっていた財産の価値をどう保全するかなどの懸念がある。ITセキュリティーの強化も欠かせない。利用者の保護体制の整備など、より安心したデジタル払いの実現に向け、解禁は当初予定されていた21年度ではなく、23年度にずれ込んだ。

日本のデジタル化の遅れは経済的地位を揺るがす

 デジタル払い解禁は、わが国が世界的なデジタル化に対応するために欠かせない要素の一つと考えられる。一時、政府の内部では、デジタル払いの解禁を足掛かりにしてフィンテック企業の成長を加速し、海外の需要取り込みにつなげる考えもあったようだ。それは、規制によって守られてきた銀行などの分野で競争を喚起する狙いもある。

 より成長期待の高いビジネスモデルが生み出され、当該分野へヒト・モノ・カネの再配分が勢いづく可能性も増す。地方企業の提言をきっかけに規制緩和が進み、デジタル払いが解禁されたことは、ある意味エポック・メイキングな変化だ。

 ただ、現在のわが国では、デジタル払いの意義が社会全体で共有されているとは言いづらい。変化が起きていることは重要だが、そのペースはかなり緩慢といってもよいだろう。

 デジタル払いに関するアンケートを見ると、デジタル払いの認知度は高いといえない。特に、「言葉は聞いたことはあるが、内容は理解していない」という人が過半数を占める結果が散見される。理解度が十分ではないため、積極的にデジタル払いを活用したいという考えの人も増えにくい。

 認知度の低さの要因の一つとして、政府、企業にとって十分な準備期間が取れなかったことは大きい。特に、雇用者である企業にとって、給与の振り込み形態の多様化に対応するには時間がかかる。個々の就業者からの理解や同意の取り付けなどの負担もある。結果的に、経済環境や技術の変化に合わせて、制度やルールを改変することの難しさが分かる。

 依然として、わが国全体でデジタル技術への活用の危機感は希薄といえるだろう。その状況が続けば、世界経済におけるわが国の「デジタル・ディバイド」ぶりは一段と鮮明にならざるを得ない。その状況が深刻化すると、わが国が現在の経済的な地位を維持することも難しくなるだろう。そうした点を踏まえても、デジタル払いの普及ペースは注目に値する。

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