過度な飲酒が認知症リスクを高めることは知られている。だが、一昔前までは「酒は百薬の長」とまで言われていたため、少量の飲酒なら影響はないだろうと考える人は、今でも多いのではないだろうか。飲酒が脳に及ぼす影響と最新研究で判明した「カロリー制限」の意外な効果とは。本稿は、中冨浩文『脳は何歳からでもよみがえる』(アチーブメント出版)の一部を抜粋・編集したものです。
認知症リスクを高めるNG生活習慣
近年では、脳内だけでなく、人体はひとつの大きなネットワークであると考えられるようになってきています。
医学の進歩により、エクソソーム(exosome)という微小な物質が体内を還流していて、細胞同士のさまざまなやりとりを仲介していることがわかってきました。人体内部でも臓器や細胞同士でメッセージを発しており、そのネットワークが乱れると病気になりやすいということが知られています。つまり、脳の病気を予防するためには脳への影響を身体全体で考えていかなければならないのです。
アルツハイマー型認知症の有害因子となる代表的な生活習慣は高血糖、喫煙、飲酒、食生活の乱れ、睡眠不足、運動不足です。脳血管性認知症のリスクでもあるので避けたいところです。
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高血糖
空腹時血糖126mg/dL以上だと糖尿病と診断されますが、100mg/dL以下には抑えたいです。
喫煙
50~60歳時点での喫煙量と20年後の認知症発症には相関がみられました。喫煙者の脳は5~10年、脳の萎縮を早めると言われています。
飲酒
酒は百薬の長と言われ、適度な飲酒はアルツハイマー型認知症の予防効果があるとされてきました。それを証明したとする研究も多かったのですが、2016年に英国の30年におよぶ観察で、長期間の飲酒は海馬の萎縮に関連するという結果が報告されました。
大量飲酒はもとより、1週間にワイン1本、缶ビール6本程度の、いわゆる適度な飲酒でも、飲む人は飲まない人に比べて3倍程度の海馬の萎縮が見られました。さらに適度な飲酒がアルツハイマー型認知症を予防するという証拠も得られませんでした。
中国の大規模な疫学調査で、飲酒量の多い地区と少ない地区で血液中のゲノムの状態を比較したところ、飲酒量ではなく、飲酒そのものが脳卒中の発生リスクになっていることがわかりました。
ひと昔前までは適度なアルコールは身体にいいと言われていましたが、断酒しなければ健康効果はないのです。
食生活の乱れ
ポリフェノール、不飽和脂肪酸、カロリー制限が認知機能維持に有効であることはよく知られています。これらは酸化障害の軽減や、抗炎症作用を介して血管の健康維持に役立っているのです。
つまり、アジやサバといった青魚は動脈硬化の発症リスクも下げるので認知症予防に効果的です。毎日食べなさいというよりは、お肉が好きな人は、半分は青魚に変える。1日置きにしてみるといいです。
脳を若く保つためには高齢者でも運動すべき
睡眠不足
米国では、睡眠不足だと脳の新陳代謝が落ち、疲労物質が蓄積されるために認知症発生リスクも高いという調査結果があります。睡眠時間は7時間必要だと言われています。
恥ずかしながら、わたしはこの年齢になってもまだまだ守れていません。深夜までオペをして2~3時間寝たあとに、朝5時半に起きてまた夜まで働くという日もしばしばあります。10年間くらいはそれが3日間続くことが3カ月に一度はあったので、やはり週末はダウンしていました。まったく脳によくない人生を歩んできたと反省をしています。
なかなか眠れないという方は、15~30分程度昼寝をしたり、眠る30分前にお風呂に入ると、一度上がった体温が下がって入眠しやすくなります。
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運動不足
1990年代から、継続的な運動習慣が認知症の予防に有効であることが示されてきました。しかし最近、運動の認知機能改善効果が明らかでなかったという大規模な研究結果も発表されました。
ただし、この研究内でも高齢者に対しては有意な改善効果が報告されていて、脳を若く保つために高齢者であっても運動すべきだという結論が導かれています。
認知症が一気に進行する典型的な例でよくあるのは、足を骨折してから歩かなくなったというケースです。1日30分程度歩くのでもかまいません。大脳血流を上げるいちばん簡単な方法です。
過剰な運動はフリーラジカルを増やすので適度な運動で十分です。外に出るのが億劫な人は、後述する運動も試してみてください。また、脳の血流を物理的に上げるためには逆立ちも顕著に効果があります。できる人は毎日1分でもしてみるといいかもしれません。無理なく毎日の生活に習慣として取り入れることを目標としましょう。
検査
ここまで脳に悪い生活習慣について述べてきました。今現在、脳がどのような状態かを知るために、脳ドックの受診をお勧めします。
脳が萎縮する前には血流が落ちることがわかっていますし、アルツハイマー型認知症の原因となるアミロイドたんぱく質を見つけるPET検査も進歩しています。とくに65歳以上でまだ脳ドックを受けたことのない人は、必ず一度は検査をしていただきたいです。
血管が詰まったり、破れたりすることで脳卒中により神経細胞が破壊されて、脳機能が失われて認知症症状が出る場合は急激に進行します。
一方で脳のゴミと呼ばれるアミロイドたんぱく質が溜まることで、認知症が10~15年かけて穏やかに進行することがわかっています。どちらも注意したい疾患です。
人間の身体の老廃物はリンパ液によって排出されます。しかし、脳にはリンパ管が存在しないため、脳血管周囲の髄液で満たされた空間を「グリンファティックシステム」と呼ぶようになりました。
最近になり、この空間が脳脊髄液を導く管であり、脳のリンパ管とも言える役割を果たしていて、とくに睡眠中にアストロサイトの体積が縮小してこの空間が広がり、脳脊髄液が脳組織を通過しやすくなることがわかってきました。よい睡眠中にこそ脳の間質に存在する老廃物が効率的に除去されるため、睡眠不足は脳機能低下の原因となると言われています。
脳の最新研究でわかった「カロリー制限」の効果
2021年の「サイエンス誌」に、東京大学医科学研究所の中西真教授らの研究グループが、老齢のマウスにGLS-1という酵素の働きを阻害する薬剤を投与したところ、老化細胞の多くが除去され、老年病や老化が改善したと発表されました。
老化は、ゲノムの守護神とも言われるP53という遺伝子が特定の時期に活性化することで細胞が増殖サイクルから外れることから始まるということがわかっています。そこでこの研究ではP53遺伝子を活性化させ、純化した老化細胞を人工的につくり出しました。
この人工老化細胞に影響を与える遺伝子をスクリーニングすると、GLS-1という酵素が老化細胞において特異的に高く発現していることがわかりました。
そこで中西教授らは60歳の老いたマウスにGLS-1の阻害薬を投与してみたところ、老化細胞が選択的に死ぬだけでなく、筋力が30歳レベルまで回復したことが観察されました。
さらに老化に伴う腎機能低下と加齢による線維化した肺機能が回復し、動脈硬化も大きく改善するという結果が得られたそうです。老化そのものが病気であり、治療できるとする学説も生まれています。
また、最新のアンチエイジング研究では、サーチュインという物質が注目されています。サーチュインは体内を駆けずり回って、どの遺伝子にスイッチを入れ、どの遺伝子をオフのままにしておくのかを調節しています。それによってDNAの修復や細胞をストレスから守ったり、老化の原因である酸化を防ぎます。サーチュインは細菌から哺乳類までがもつサーチュイン遺伝子からつくられているタンパク質です。
もしサーチュインがうまく働かず、活性化すべき遺伝子を元気づけられなかったり、黙らせるべきではない遺伝子が沈黙してしまっていると、細胞はアイデンティティを失って正しく機能しなくなり、老化が始まります。
マサチューセッツ工科大学のレオナルド・P・グアレンテ教授とワシントン大学の今井眞一郎教授によって、サーチュイン遺伝子の活性化が長寿につながることが2000年に発表されました。
『脳は何歳からでもよみがえる』 (アチーブメント出版)中冨浩文(著)© ダイヤモンド・オンライン
さらにハーバード大学医学部のデビッド・A・シンクレア教授によってカロリー制限によってもサーチュインを活性化させると述べています。
2009年のウィスコンシン大学の報告では、食事のカロリーを30パーセント制限したアカゲザルは、制限なく食事を与えたサルに比べて、糖尿病、心血管疾患、がんといった加齢に伴う病気での死亡および、脳萎縮が減少することが示されました。
サーチュインの燃料となるNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)、さらにその原料となるNMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)はアンチエイジング効果のあるサプリメントとして市販されています。マウスに12カ月間NMNを投与した研究では、老化抑制効果がみられました。加えて心不全や糖尿病、アルツハイマー病抑制に対する有効性もその他の研究により、示唆されています。