遅すぎた「じゃらん休刊」で露呈した”残酷な真実”

10月8日、旅行情報誌『じゃらん』と『じゃらんムックシリーズ』(リクルート)が来年3月で休刊し、35年の歴史に幕を閉じることを各メディアが報じました。

リクルートはリリースの中で、「今後、旅行に関する情報発信および予約については、ウェブサイト・アプリの『じゃらんnet』に集約し、読者のライフスタイルに寄り添ったサービスのさらなる強化をしてまいります」とコメント。

つまり、「旅行情報誌そのものが人々のライフスタイルに合わなくなった」ということでしょう。

出版業界では2010年代から雑誌の休刊が相次いで報じられていましたが、『じゃらん』に関しては、他誌とは異なる理由も含めて「遅すぎた」という感が否めないのです。

筆者は2000年代後半まで『じゃらん』やライバル誌の『るるぶ』(JTBパブリッシング)などで仕事をしていました。国内旅行業務取扱管理者の資格を取り、日本全国の観光地や宿泊施設をめぐった経験を踏まえて、今回の休刊にかかわる本質を掘り下げていきます。

国内の個人旅行を加速させた立役者

『じゃらん』の創刊は1990年1月。当時は携帯電話を持っている人がかなり少なく、Windows 95の登場前でパソコンも普及していません。

旅行の情報を得るのも、予約をするのも、「旅行会社か旅行関連本か」の2択。旅行会社に行ってパンフレットを集めて「どの行き先でどの宿にするか」を考え、カウンターで相談しながら決めていました。

また、旅行情報の入手に関しては、1970年代から発売されていた『るるぶ』シリーズなどのムック本で行う人も多く、誌面で紹介された宿泊施設に直接電話をかけて予約する人がジワジワと増えていました。

そんな時代に『じゃらん』が創刊されたことの効果は大きく、多くの宿泊施設をまとめた雑誌の登場で、人々の旅行熱が加速。部屋、風呂、食事、プランなどを比較検討しやすくなり、学生から高齢者までが利用する旅行情報誌として人気を集めました。

それまで旅行と言えば団体が主流でしたが、『じゃらん』は現在につながる個人旅行の流れを作った立役者と言っていいでしょう。

ちなみに、旅行情報誌の先駆者であるJTBは1998年、『じゃらん』に対抗した『るるぶじゃぱん』を創刊。宿泊施設の情報が中心の『じゃらん』に近い誌面構成に、全国各地の「るるぶ情報版」で得た観光情報を織り交ぜる形で勝負したものの、2006年で休刊しています。

リクルートは『じゃらん』休刊の理由について、「昨今のユーザー動向を含む社会の変化を受け止め」「読者のライフスタイルに寄り添ったサービスのさらなる強化をしてまいります」などとコメントしていました。

『じゃらん』はエリアごとに発行されてきましたが、主力の『関東じゃらん』が2011年に『東北じゃらん』と統合されて『関東・東北じゃらん』になり、前年の2010年にも関西版と中国・四国版が統合。さらに2021年5月には月刊をあきらめて隔月刊にするなどの苦しい状況が続いていました。

営業マンがコンサルとしても機能

この間、人々は旅行の情報収集や予約をネットで行うようになり、旅行情報誌を読まなくなっていきました。また、それによって宿泊施設も旅行情報誌への広告出稿を重視しなくなりました。

以前より販売部数が減り、広告収入も得られなければ雑誌が休刊するのは当然でしょう。実際に発行部数や広告出稿がまだ多い『北海道じゃらん』だけは来春以降も継続することがそれを裏付けています。

旅行の情報収集や予約に限らず、より便利で効果の得られるほうに変わっていくのは時代の流れでしょう。特に紙の本を買う人が減る中、『じゃらん』のような「予約するために買って、読んだら捨てる」という消費行動が、「ムダ」「エコではない」などとみなされるようになったことは痛手でした。

ただそれでも、『じゃらん』営業担当者と広告主となる宿泊施設の結び付きは、「時代が変わったから」と単純に割り切れないほど強固なものがありました。

『じゃらん』としては、「本が売れて、広告収入が入って、広告主の集客数や売り上げが伸びる」というWIN-WINの関係性が理想。

営業担当者たちは単に広告出稿を勧めるのではなく、宿泊予約を増やすために、貸切風呂や露天風呂付き部屋などの設置、特別な食事プラン、カップルや親子向けステイなどを提案するコンサルタントのようなところがありました。

1990年代から2000年代までの『じゃらん』は日本全国の宿泊施設をクライアントに持ち、前述したライバル誌・JTBの『るるぶじゃぱん』を寄せ付けない一強状態。

各地の宿泊施設で話を聞くと、判で押したように「『じゃらん』に頼るしかない」という言葉が返ってくるくらいでした。先駆者としてのアドバンテージだけでなく、提案、クロージング、足を使った努力などの営業力が優れていたのは間違いないでしょう。

宿泊施設の予約は2000年にスタートした「じゃらんnet」に引き継がれていくようです(ちなみにJTBの「るるぶ.com」は2001年スタート。2019年に終了しましたが、「るるぶ+」など別サイトに移管)。

しかし、関係者や読者の効率性が上がった一方で、「営業担当者と宿泊施設との関係性が以前よりドライになった」という話をたびたび聞くなど、「すべてがよくなった」というわけではないのでしょう。

るるぶ+

旅行ガイドブック『るるぶ』に掲載している情報の一部を、ウェブメディア「るるぶ+」で公開している(画像:「るるぶ+」より)

今も収益を上げる「旅行関連本」

では、「旅行関連本のビジネスがまったく通用しないか」と言えば、まだ「YES」とは言い切れないところもあります。

たとえば、現在の旅行関連本はビジュアル重視のものが主流。デジタルではなく紙で見ることを楽しめたり、部屋に飾っておきたくなったりするような美しい写真をベースにデザインされたもので販売につなげています。

これは「やっぱり紙の本もいいな」「ここに行ってこういう写真を撮ってみたい」などと思わせる本なら売れるかもしれないということでしょう。

また、もともと『じゃらん』のような広告メインではなく、情報メインのムック本が強みだったJTBは2011年に自治体発行の公式パンフレットを作成する「カスタム出版(るるぶ特別編集)」という事業をスタート。

『るるぶ』ブランドを貸したタイアップ本を手がけるビジネスであり、対象を企業や学校などにも広げつつ貴重な収入源となっています。

これは裏を返せば、広告重視のコンセプトである『じゃらん』はビジュアル重視の本にはなりづらく、タイアップ本を作るほどの編集は難しいということ。そもそも『じゃらん』はその大半が宿泊施設の情報で特集記事は少なく、広告を見て予約するための本として親しまれてきました。

つまり、「特集記事の間に少しの広告がある」のではなく、「広告の間に少しの特集記事がある」という構成であり、本の売り上げよりも宿泊施設などの広告収入をベースに制作されてきました。ちなみに『じゃらん』に限らずリクルートの情報誌が他の雑誌より安価で買えたのは、そんなビジネスモデルによるものです。

そんなリクルートのビジネスモデルは、年月の経過とともにさまざまな情報誌で逆境に立たされてきました。

リリースの「リクルートグループについて」という項目には、「1960年の創業以来、リクルートグループは、就職・結婚・進学・住宅・自動車・旅行・飲食・美容などの領域において、一人ひとりのライフスタイルに応じたより最適な選択肢を提供してきました」と書かれていました。

就職は『タウンワーク』『FromA』『とらばーゆ』、結婚は『ゼクシィ』、住宅は『SUUMO』、自動車は『カーセンサー』、旅行は『じゃらん』、飲食や美容は『ホットペッパー』。さまざまなジャンルの情報誌を手がけ、トップクラスの売り上げを得ていました。

しかし、今なお情報誌として発行されているのは『ゼクシィ』などの一部にすぎず、休刊やウェブ版に移行したものが少なくありません。

競合が多く、警戒されがちな「OTA」

広告重視の情報誌をベースにしたリクルートのビジネスモデルは、2000年代後半あたりから「難しい」と言われ、その中で『じゃらん』は他誌以上に奮闘してきたものの、これ以上時代の流れにあらがうことはできないのでしょう。

ただ、「じゃらんnet」に関しても「順風満帆」とは言いづらいところもあります。国内トップクラスの予約サイトであることは間違いない一方で、いくつかの不安もあります。

その最たるものは競合相手の多さ。国内向けのOTA(オンライン旅行代理店=Online Travel Agency)は、「楽天トラベル」「一休.com」「るるぶトラベル」「Yahoo!トラベル」「ベストリザーブ・宿ぷらざ」「Relux」など。

さらに海外系のOTAにも「Booking.com」「Expedia」「Agoda」「トリバゴ」などで国内施設の予約が可能であり、情報誌時代のように営業力を生かした一強とはほど遠い難しさがあります。

宿泊施設への予約は、主に予約サイト、施設への直接予約、旅行会社経由の3パターンで、そのうち「半数程度は予約サイトが占める」のが業界の常識。

ただ宿泊施設にとっての理想は、予約に応じた手数料を払わなくも済む自社ホームページなどでの直接予約でしょう。そのためOTAを経由せずに宿泊予約してもらうための工夫を重ねていますが、OTA側としてはそれが進むほど売り上げが下がってしまいます。

賢くなった利用者にどう対応するか

また、利用者はOTAをいいものと思っている人だけではありません。手数料ありきのビジネスモデルを疑問視し、クチコミ欄を「ステマではないか」と警戒。旅情報の特集ページやキャンペーンも「広告だろう」という目で見るなど、「参考程度にはするけどここで予約はしない」という人も増えているようです。

そのようにネットでの情報収集に長け、「企業側が仕掛けるビジネスには簡単に乗らない」という人が増えたのは間違いないでしょう。そんな賢くなった人々にどのようなサービスで対応していくのか。

2000年代から苦しくなる一方だった過程を見る限り、「遅すぎた」という感は否めませんが、それでも来春、『じゃらん』が休刊し、「じゃらんnet」に集約したとき、どのような戦略を仕掛けていくのか。

旅行というジャンルにとどまらず、リクルート全体のコンテンツを再浮上させるようなものを期待したいところです。

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木村 隆志 コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者

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