これは「袋麺の復権」が静かに始まっているということなのだろうか――。これまで長く低迷してきたインスタント袋麺がこの3月から急にブレイクしているのだ。 即席めんから連想する単語は? ランキングを見る 右肩あがりで販売量を増やしているカップ麺に対して、インスタント袋麺は年を重ねるごとに販売量が前年を割り込んできた。実際、2019年4月から20年3月までの即席麺市場を振り返った業界紙でも以下のように述べている。 「カテゴリーでは、袋麺が苦戦し、カップ麺が堅調に推移する。袋麺に関しては、単身世帯の増加などの社会構造の変化で、袋麺の中心の5食パックの魅力が伝わりにくい状況となっている」(日本食糧新聞 2020年3月1日) 業界紙らしい愛のある表現にはしているが、率直に言ってしまえば「時代遅れの商品」という位置付けだったのだ。どのあたりが時代にマッチしていなかったのかというとズバリ、「不便」な点だ。 19年2月10日のNEWSポストセブンの『若者の「袋麺離れ」が顕著 メーカーは販売減食い止めに必死』という記事では、富士経済・東京マーケティング本部主任研究員の方がこのように低迷の要因を分析している。 「カップ麺はいつでもどこでもお湯を注ぐだけですぐに食べられる簡便性がある一方で、袋麺はどうしても麺を茹でたり鍋や器を用意したりと調理に時間と手間がかかります。そのため、特に若い人たちは不便さを感じて、袋麺からカップ麺へのシフトが年々進んでいるのです」 要するに、なんでもかんでもスマートにというこのご時世に、わざわざ鍋を用意してお湯を沸かして、具材もいちいち用意するのがトロくてかったるいので、若者にそっぽを向かれていたのである。しかし、そんな時代遅れの象徴だったインスタント袋麺が、この3月あたりから「時代」にビタッとハマっていく。需要がドカンと爆発的に増えているのだ。 「注目された新型コロナウイルスの影響については、3月単月実績に如実に表れた。種別生産量はカップ麺15.9%増、袋麺27.9%増。同出荷額はカップ麺18.9%増、袋麺29.2%増。特に非JASは、カップ麺58.4%増、袋麺85.2%増と爆発的な伸び」(食品新聞 2020年5月20日)
インスタント袋麺が「時の人」に
全国一斉休校要請や外出自粛の呼びかけによる「巣ごもり消費」の中で、インスタント袋麺がカップ麺をしのぐ勢いで売れた。それはまるで一躍「時の人」になったかのような大ブレイクである。 という話を聞くと、「いやいや、3月は買いだめのせいでカップ麺が一時的に品薄になったから、そのぶんがたまたま袋麺に流れただけなんじゃないの」と思う方も多いかもしれないが、今のところ“一発屋”という感じではない。 ビッグデータマーケティングの株式会社True Dataが発表した20年4月と5月のドラッグストアの伸び率ランキング(金額前年同月比)をみると、インスタント袋麺は4月で187.7%、5月でも147.9%と相変わらず売れており、マスク、ハンドソープ、ウェットティッシュというコロナ時代の人気者と肩を並べて5位をキープしている。 つまり、コロナによるパニック買いが一段落した以降も、インスタント袋麺は生活必需品の座をキープし続けているのだ。では、若者離れで低迷していたインスタント袋麺がなぜこの3月から急にスポットライトが当たるようになったのか。 まずきっかけとして大きな役割を果たしたのは、『マツコの知らない世界』(TBS)である可能性が高い。これまでもレトルトカレー、シューマイ、激辛麻婆豆腐など数多の食ブームの火付け役となってきた実績があるこの番組で、3月10日にインスタント袋麺が取り上げられたのだ。 インスタントラーメン専門店「やかん亭」の店主、大和イチロウ氏が出演し、「サッポロ一番塩ラーメン」などの定番人気商品や、北海道の「オホーツク塩ラーメン」などご当地袋麺を紹介するとともに、「カップ麺よりも小麦粉が多く使われていることが多い」「具材がないぶん、麺とスープに力が入っている」などの袋麺の魅力をマツコ・デラックスさんに対してたっぷりと語ったこの回をご覧になって、「インスタントラーメン食べたい」と思った方は多いのではないか。 実際、オンエア後、番組内で紹介された袋麺がスーパーの棚から消える現象が起きている。そんな”マツコ効果”が3カ月を経た今もなお尾を引いてる、というのはこれまでの食ブームの実績からも十分あり得る話だ。 それを示唆するのが、川崎市・溝の口のマルイファミリー溝口で6月16日からオープンしている「やかん亭」の期間限定ショップだ。この店は大盛況で毎日多くの人が全国各地のご当地袋麺を買い求めているのだが、そこにはやはり『マツコの知らない世界』の番組ロゴと、大和氏がスタジオに出演している写真がPOPとしてドーンを掲げられている。 つまり、オンエアを見ていない人にも、「へえ、マツコの知らない世界で取り上げられたんだったらおいしいのかも」という感じで興味を抱かせるなど、同番組がいまだにブームの牽引役になっている可能性があるのだ。
「インスタント袋麺の魅力」が再発見
とはいえ、いくら絶大な影響力のある番組でも単体でここまでの勢いを生み出したわけではないはずだ。マツコ効果にオンする形で、この3月から日本人の行動や意識が大きく変わったことによって、「インスタント袋麺の魅力」が再発見されたとみるべきだ。 もちろん、ヒットというのはさまざまな要素が複雑に絡み合った結果なので、これが原因だなどと単純に割り切れるものではないが、その中でも以下の3つの要素が果たした役割が大きかったのではないか、と個人的には考えている。 (1)カップ麺よりもアレンジができる (2)カップ麺よりもコスパがいい (3)カップ麺よりも「体に悪くない」というイメージがある まず(1)の「カップ麺よりもアレンジができる」は多くの説明はいらないだろう。カップ麺よりも手間がかかるということは、具材やちょい足しで味にバリエーションができるのでカップ麺よりも飽きがこない。そんなアレンジ力が「おうちごはん」のトレンドにハマったのである。 ご存じのように、ステイホームによって自宅での料理をする機会が急激に増えた。子どものいる家庭では休校によって給食がないので、昼食をつくらなければいけなくなった。ひとり暮らしの若者も、とにかく時間ができたので、簡単なものくらい自分でつくってみるかという人が増えたのだ。とはいえ、やはりあまりにも手間がかかるものは面倒くさい。 そこで、麺を茹でるという手軽さな割に、さまざまなアレンジで料理っぽいことができる、インスタント袋麺に人気が集まっている可能性があるのだ。実際、テレビでもインスタント袋麺を使ってカルボナーラをつくりましょう、なんてアレンジレシピがちょいちょい紹介されている。
カップ麺から袋麺へスイッチ
そこに加えて追い風になっているのが、(2)の「カップ麺よりもコスパがいい」ことではないだろうか。ご存じのように、袋麺はカップ麺よりも安い。しかし、安くてカップ麺よりも量がある。5食パックも食べ盛りの子どものいるようなファミリーにはありがたい。さらに、賞味期限も長いので保存が効く。具材を入れなくてはいけない、鍋や器を用意するのがめんどくさいというデメリットをのぞけば、カップ麺に比べてかなりコストパフォーマンスが高いのである。 また、コスパとはやや異なるが、「ゴミ」という観点からも、袋麺はカップ麺よりも優れている。当たり前だが、カップ麺は「容器」という、かなりかさばるゴミが出る。家族4人でカップ麺を食べれば潰したり、ミックスペーパーとして洗ったりとそれなりに面倒くさい。レジ袋が有料化され、マイバッグの普及率も7割に届く地域もあるという昨今の社会ムードに加えて、ステイホームでゴミが大量に増えて、ゴミ収集の人々が大変なご苦労をされているので、「ゴミを減らそう」という呼びかけもされている。 そうなれば、カップ麺の「容器」を敬遠して、袋麺に流れる人が増えても不思議ではないのだ。ただ、個人的にはこれら2つの魅力よりも意外と、今の人気につながっているのは(3)の『カップ麺よりも「体に悪くない」というイメージがある』ではないかと考えている。 つまり、コロナによって健康志向が増して、カップ麺から袋麺へスイッチしている人もかなりいるのではないか。「カップ麺もインスタント袋麺もそんなに変わらないだろ」というツッコミが飛んできそうだが、実は多くの消費者が「袋麺のほうが健康」と捉えていることが明らかになっている。 一般社団法人 日本即席食品工業協会が19年1月に公表した「『即席めん』の消費者心理調査 インターネット調査報告書」というものがある。その中で全国15〜74歳までの男女3107人を対象に「カップ麺」と「袋麺」と聞いて連想する単語を調査して、ランキング形式で30位まで紹介しているのだが、そこで非常に興味深い事実が浮かび上がっているのだ。 カップ麺では「健康に悪い/体に悪い」というネガワードが13位に入っているが、袋麺の場合は18位となっている。また、「カロリー/太る」というネガワードにいたっては、カップ麺では18位なところ袋麺では27位。「塩分」もカップ麺は19位のところ袋麺では26位。「添加物/化学調味料」にいたってはカップ麺は28位にあるが、袋麺ではなんと圏外となっている。 このイメージの「差」が3月からの袋麺ブレイクにつながっている可能性はないか。なぜかというと、この数カ月ほど、我々は「自分の健康」というものと向き合った時期はないからだ。
日本にとって絶好のチャンス
毎日のように検温をして、外に出かけるときはマスクをつけ、少しだるくないかとか熱っぽくないかなど自分の体調に神経を尖らせた。「コロナ太り」を気にかけて、筋トレやジョギングにハマった人もたくさんいた。あまり動かないので、これまでよりも食事に気を使う人も増えた。 実際、それを示すデータもある。オムロン ヘルスケア株式会社は健康管理アプリ「OMRON connect」を利用するユーザ約3万人を対象に意識調査をしたところ、なんと81.1%が「健康に関する意識が変化した」と回答。具体的にどう変わったかというと、運動やストレスをためないように心がけるようになったのとともに、「食事に気をつかうようになった」(25.5%)という回答も多かった。 もちろん、「気をつかう」のは人によってさまざまだ。栄養面に気につかう人もいれば、合成着色料とかに気をつかう人もいる。が、少なくとも全体的に「気をつかう」人が増えているのは間違いない。 ならば、これまでカップ麺ばかりをバクバク食べていた人たちも多少は「食事に気をつかう」ことになって、カップ麺よりもイメージ的にややヘルシーな袋麺へと流れていったこともあるのではないか。 いろいろな推論を述べさせていただいたが、ひとつだけ断言できるのは、今回のコロナ危機は、インスタント袋麺の価値が見直されたいい機会になったことだ。実際、米国などでもインスタント袋麺は飛ぶように売れている。安くて長期保存ができるインスタント食品ではなく、アレンジ次第では「食材」にもなる利便性が、withコロナ時代にハマっているのだ。 それは裏を返せば、日本にとって格好のチャンスということだ。 日清創業者の安藤百福氏が「チキンラーメン」を開発して以来、日本はこの分野を長くリードしてきた。その知見を生かして、「体に悪い」というネガイメージを払拭(ふっしょく)するような新たな価値を生み出すことができれば、これまで以上に世界で存在感を示すこともできるのではないか。 袋麺ファンとしては、今回のブレイクが一過性のもので終わらず、インスタント袋麺の「復権」につながることを期待したい。 (窪田順生)