電動キックボードが海外で相次ぎ規制強化 一方日本には米大手が参入 何が起きているのか

世界最大手の「Lime」が日本上陸

 「世界最大手の電動マイクロモビリティのシェアリングサービス」をうたう「Lime」が、2024年8月から東京都内の一部エリアを対象に、電動キックボードおよび、自転車のように着座できるタイプの電動シートボードのシェアリングサービスを始めています。

「Lime」が2024年8月に日本上陸

 日本国内におけるシェア交通サービスは、東京都心部など、都市部を中心に展開する「ドコモ・バイクシェア」と、郊外を中心に「HELLO CYCLING」プラットフォームで展開するOpenStreet、電動キックボードに力を入れている「Luup」が三つ巴の状況でした。

ドコモ・バイクシェア、HELLO CYCLING、Luupが"三つ巴"状態
ドコモ・バイクシェア、HELLO CYCLING、Luupが"三つ巴"状態

ドコモ・バイクシェア、HELLO CYCLING、Luupが“三つ巴”状態

 そんな中で、ドコモ・バイクシェアとOpenStreetが業務提携することが7月に発表されています。サービスエリアや自転車の投入を各社が競い合うフェーズから、競争する部分は残しつつも、提携によってユーザーの利便性を確保しつつ過当競争を防ごう、という動きがある中で「Lime」が参入してきたのは、筆者としては意外な展開でした。

海外での事例は?

 日本国内では、2023年7月1日から道路交通法が一部改正され、基準を満たす電動キックボードなどは新たに設けられた「特定小型原動機付自転車」に分類されるように。これにより、16歳以上であれば運転免許証不要で利用可能、ヘルメットは努力義務となり、着用していないことで直ちに違反にはならなくなっています。

 こうした法改正を経て「Lime」が日本に新規参入するなど盛り上がりを見せていますが、一方で海外では導入開始後に規制の対象となったり、全面的に禁止されたりする事例も続いており、率直に言って逆風が吹いているように感じます。

シンガポール

 シンガポールでは、2019年に電動キックボードの歩道および車道の走行が全面禁止が決定されました。同国では、通常の自転車、電動アシスト自転車、電動キックボードなどのPMD(Motorised Personal Mobility Device)、アシストなしのキックボード、電動車いすなど車両区分によって走行可能な道路が細かく区分されていますが、規制強化の後は、電動キックボードで走行できる道路は基本的に自転車専用道路のみになっています。

シンガポールにおける車両区分(シンガポール陸上交通庁のWebサイトより)

 また、いわゆる車検と同様に、2020年4月からは各種規制に適合していることを確認するための検査に2年ごとに合格する必要があり、これに合格しない電動キックボードなどは、公道走行が認められません。

 規制強化後は、自転車と電動アシスト自転車には認められている一般車道の通行も行えなくなるなど、電動キックボードに対して厳しいルールが課されているようにも思えます。

メルボルン市(オーストラリア)

 オーストラリアのメルボルン市では、2022年2月から実証実験として「Lime」と、「Neuron」の2社の電動キックボードを官民連携のもと導入しました。導入時点でのルールは、自転車レーン、低速道路、多用途道路が走行可能。歩道については走行不可です。

 導入にあたって、同市のサリー・キャップ市長(当時)は「メルボルン市は、LimeとNeuronとの提携により、多くの観光客を誘致し、人々が迅速かつ安全に移動できるようになるでしょう」と歓迎するコメントを出しています。

メルボルン市、2022年2月に電動キックボードのシェアサービスを試験導入した

 しかし、2023年末に発行されたニュージーランドの医学論文誌「ANZ Journal of Surgery」によると、2022年1月~2023年1月の期間中に、メルボルン市における電動キックボード・電動スクーターが関連する人身事故は256件が記録され、その内訳は247人が運転手、歩行者が9人でした。

負傷者者の年齢の中央値は29.5歳、飲酒していた人の割合は34%、ヘルメット着用は33%でした。なお、レポートでは飲酒およびヘルメット着用については負傷者本人の申告に基づいた集計のため、実際よりも飲酒率は低く、ヘルメット着用率は高く報告されている可能性がある、と指摘しています。

 レポートによると、月別で最も負傷者数が多いのは12月で、その多くは金曜日(46件)、土曜日(44件)、日曜日(49件)に発生しており、これらの週末は飲酒運転による事故の割合も高かったとされています。飲酒運転による事故の発生割合が高かったことと、週末に事故が多かったことは密接に関連があると思われます。

月別の人身事故発生数(引用元:ANZ Journal of Surgery

 試験導入後に事故が多発した経緯もあり、メルボルン市における電動キックボードの導入は2024年8月に契約の打ち切りが発表され、メルボルンはLimeとNeuronの2社に対して30日以内に電動キックボードを市内から撤去するように求めています。当初予定していた契約期間の満了を待たずに契約打ち切りとなった背景には、多くの事故が発生したことや、事故にならずとも交通ルールを守らない走行、無秩序な返却などの問題が発生していたことがうかがえます。

メルボルン市のWebサイト。電動キックボード(e-scooter)のシェアリングサービスを廃止する方針

 メルボルン市議会が契約を打ち切る決議をする際に、2024年7月から新たに市長に就任したニコラス・リース氏は、「恥ずべきことだが、電動キックボードの法律に従わない人は、実際にルールを守っている人よりもはるかに多い。メルボルン市のように人口密度が高い都市では、平均に100万人に近い人々が中心街でキックボードを乗り回している。ヘルメットを着用せずに歩道を二人乗りで走行することは、市にとって許容できないリスクである」と、電動キックボードによる影響を率直に説明しています。

パリ市(フランス)

 2024年に夏季オリンピック・パラリンピックが開催されるパリでは、2018年から電動キックボードのシェアリングサービスがスタートしていましたが、2023年4月に実施された住民投票によって、電動キックボードのシェアリングサービスを禁止することを発表しました。パリ市が提携していた、Dott、Lime、Tierの3社の電動キックボードは合計で1万5000台が投入されていたとされています。

 約138万人の有権者を対象にした投票では、約10万人が投票に参加し、そのうち約9割が電動キックボードのレンタル禁止に賛成するという、圧倒的な差によって電動キックボードのレンタルを禁止する民意が明らかになり、2023年8月31日をもって同市における電動キックボードのシェアリングサービスは終了しています。ただし、同様の動きが他の欧州の都市でも立て続けに起きているかと言えば、今のところそうではありませんし、パリ市でも私有の電動キックボードの所持・走行については認められています。

日本国内における課題

 こうした海外の事例を見るに、電動キックボードなどのマイクロモビリティによって引き起こされる課題は、どの都市や国でも概ね似通っています。つまり、ルールを守らない利用者による社会的な影響が看過できないほど大きくなると、その結果規制が強化され、場合によってはシェアサービスの全面禁止に至っています。

 さて、冒頭でご紹介の通り、日本国内では2023年7月1日の法改正によって、これまでよりも気軽に電動キックボードに乗れる環境が整っていますが、一方で「電動キックボードや自転車が走行しやすい空間が限られている」という、大きな課題は解決されていません。この課題は、特に交通量の多い都市部で顕著ではないでしょうか。

 筆者は自転車に乗って移動する機会が多いのですが、車道上に「自転車専用」と明記されている自転車専用通行帯でさえ、路上駐車の自動車やバイクによって安全に走行できないケースが多々ある一方、駐車している自動車が取締りの対象となっているシーンは見かけたことがありません。一方で、シェアサイクルでも所有型の自転車でも、歩車分離式の信号で車道を走行する自転車が、車道側の信号を無視して横断歩道上の歩行者を避けて走行するシーンは毎日のように見かけます。

 また、「Luup」をはじめとする電動キックボードが赤信号を無視して横断したり、車道モードのまま歩道を走行したりすることは毎日頻繁に見かける一方、法律に従って歩道走行時に歩道モードにして走行している例は、これまでに数えるほどしか見かけていません。メルボルン市の新市長が言うように「法律に従わない人が、従う人よりもずっと多い」というのは、残念ながら日本国内でも同じように感じています。

 運転者自身が交通マナーやルールを守って運転する必要がある、というのは大前提ですが、電動キックボード、自転車など、運転免許が不要で乗れるけど原則として車道を走るカテゴリーの車両が安全に走行しやすい空間の整備も、今後の重要な交通課題として取り組んでほしいものです。

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