ここへきて、韓国企業の海外脱出が加速化している。それを如実に示すデータが韓国政府から発表された。企画財政部の発表によると、今年1~3月期、韓国の企業は141億ドルの海外直接投資を行った。これは過去最高だ。産業別にみると製造業の割合が高い。
その背景の1つに、文在寅(ムン・ジェイン)政権の経済運営の失敗がありそうだ。韓国企業にとって、文政権は安心して事業を行える環境ではなくなったということかもしれない。労働組合への配慮や税負担など、韓国企業が国内で事業を続けるメリットはあまり見当たらなくなっているようだ。
それに加えて、米中摩擦の影響という外部要因もある。すでに米国のトランプ大統領は、2500億ドル相当の中国からの製品輸入に25%の制裁関税をかけた。制裁関税の回避やサプライチェーンの立て直しのために、多くの韓国企業はベトナムなどに進出し、収益をひねり出そうとしているように見える。
韓国の政治的な環境や人口構成など社会的なファクターを考えると、韓国企業は“生き残り”をかけて海外に出て行かざるを得なくなっている。
ただ、そうした動きがすぐに効果には結びつかない。企業の収益をみると減少傾向になっている。自国企業の海外脱出と、企業収益の減少が同時に進むと、韓国経済の成長基盤はぜい弱になる。長めの視点で考えると、韓国の政治と経済は一段と厳しい状況を迎える可能性が高まっていると見る。
「国内脱出」を図る 韓国企業
先日、ソウルから知人が来日して話す機会があった。その人は「韓国では自由なビジネスが難しくなりつつある。できれば日本など、海外でチャンスを見つけたい」と真剣な表情で話していた。
このことに最近の韓国企業の海外直接投資の増加ペースを重ね合わせて考えると、企業を取り巻く環境は厳しさを増していることが分かる。韓国国内では、国内の政治と経済に関する閉塞(へいそく)感と先行きへの不安や不満がかなり強くなっているのだろう。
企画財政部のデータは、それを確認するいい材料だ。1~3月期、韓国経済の“成長のエンジン”というべき製造業の海外直接投資は、前年同期比で140%も増加した。それは、輸出主導型の韓国経済が、大きな変化に直面していることを意味する。
韓国は資材などを海外から調達(輸入)し、それを国内で加工・生産し、完成品を輸出することで成長してきた。それを支えたのが財閥系の大手企業だ。韓国経済の成長と減速は、財閥企業などの輸出実績に大きく左右される。
リーマンショック後は現代自動車の輸出が成長を牽引した。また、2016年ごろからはサムスン電子の半導体事業を筆頭とする、エレクトロニクス産業が輸出を伸ばして韓国経済の持ち直しを支えた。
ただ、そうした経済の運営は徐々に難しくなってきた。
その要因の1つには、中国が国家主導で半導体産業の育成などを進めたことがある。中国企業などの技術面でのキャッチアップに直面し、韓国企業は徐々に海外に進出した。その主な目的は、国内生産を海外に移管し、コストを低減することにある。
その上に、文政権の最低賃金の引き上げや法人税率の上昇という負担がのしかかった。企業は従来に増してコスト削減を徹底しなければならず、海外進出を加速化させている。企業は“生き残り”をかけて自国から脱出せざるを得ない。経済の専門家の中には、「文政権の経済政策は企業を国内から追い出している」と評する者もいる。
懸念される 韓国経済の“地盤沈下”
韓国経済は、サムスン電子を筆頭とする財閥企業の業績に大きく依存している。財閥企業が海外進出を強化するのに従い、韓国の中小企業も生産拠点をベトナムなどに移している。
そうした動きを見ると、これまで国内経済を支えてきた産業の基盤が、そのまま海外に移管されているといえる。その分、国内の雇用機会は減少してしまう。より高い付加価値を生み出す産業を育成できなければ、韓国国内における投資(民間企業による設備投資)も減少するはずだ。
そうした状況が続くと、韓国経済は長期低迷に陥りかねない。現状、そのリスクは高まっている。韓国では産業基盤が弱体化し、経済の実力が大きく低下する恐れが高まっている。それは経済の地盤沈下といってよいだろう。
一国の経済の実力は、ありていにいえば、労働の投入量と、資本の投入量、それ以外の要素(全要素生産性、イノベーション)によって決まる。韓国ではわが国を上回る速度で少子化が進んでいる。2018年の合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの数)は0.98だった。加えて、国内での投資も減少している。国内企業の海外進出に加え、海外から韓国への投資も増えていない。
今のところ、韓国は目立ったイノベーションを発揮することができていない。韓国企業は、半導体市場では存在感を示してきた。ただ、それは完成品の需要に左右される。
自動車の分野で韓国企業は世界的なSUVブームに乗り遅れた。米国によるファーウェイへの制裁はサムスン電子にとってはチャンスだが、開発を急ぎすぎたこともあり折り畳み型スマホの発売が遅れている。加えて、海外進出を進めたにもかかわらず、同社の売り上げは減少している。
自動車や造船業界では、文政権の支持基盤である労働組合がストライキを起こし経営再建がままならない。韓国では財閥企業創業家や労組といった一握りの既得権益層に富が集中してしまっている。この中で、より効率的な資源の再配分を目指すことは難しい。韓国経済は長期低迷に向かっているように見える。
「木の葉」のように 漂流する韓国経済
米中の摩擦や欧州の政治情勢、中東および北朝鮮の地政学リスクなど、世界経済の先行きは見通しづらい。徐々に、世界全体で景気は下り坂に近付いているように見える。
海外進出にはコストがかかる。先行きが不安な中、韓国企業はコストを抑えて守りを固め、不確実性への抵抗力をつけることが必要だろう。しかし、生き残りのために企業が海外に出ていかなければならないほど、韓国の政治と経済の深刻さは増している。
足元、世界的に貿易取引は低迷している。状況次第では、世界的に輸出がさらに落ち込み、サムスン電子など韓国企業の収益が減るだろう。韓国の所得と雇用は減少し、リスク上昇を嫌ってさらに多くの資金が海外に流出する可能性がある。これを避けるには、韓国の政治家が景気対策を打ちつつ、競争原理を働かせて富が公平に再分配される状況を目指すしかない。
問題は、革新派も保守派も、世論に批判されていることだ。韓国の政治全体で、格差問題の固定化に怨念を募らせる世論をなだめることは難しい。文大統領は財政支出を増やして目先の所得環境を支えようとしているが、効果は一時的でしかない。
世界経済の成長率が鈍化した場合に、韓国が自力で景気を支えることは口で言うほど容易なことではない。韓国の景気は米中の思惑やグローバルな景気動向に振り回される可能性が高まっている。それは、木の葉が大海をさまようように、韓国が世界経済の中で漂流する状況に例えられる。
極東情勢の安定にとって、韓国の政治と経済の落ち着きは非常に重要だ。韓国の政治が揺らげば、北朝鮮は自力で米国からの譲歩を得ようとする。北朝鮮問題に関して、中国が米国と歩調を合わせることも難しい。
わが国は、経済協力や連携を進めてアジア新興国との関係を強化し、国際世論を味方につけなければならない。状況が厳しくなればなるほど韓国の対日姿勢は硬化するだろう。国力を引き上げつつ韓国の身勝手な要求を封じるために、わが国は自国の主張に賛同する、1つでも多くの国を獲得しなければならない