前向きであることは大事だが、ポジティブ思考の行き過ぎは禁物だ。東北大学准教授の細田千尋さんは「有毒なポジティブ思考といわれる『トキシック・ポジティビティ』の状態になると、自分の心身のネガティブな変化に気づけない危険をはらんでいます」という――。
■「有害なポジティブ思考」で自分を傷つけていないか
「自分のこころを決めるのは自分なのだから、どんな時もポジティブに考えることが大切」「何事も気の持ちよう!」そんなふうに考えて頑張りすぎている人は多いのではないでしょうか。
これが行き過ぎると、有毒なポジティブ思考と言われる「トキシック・ポジティビティ」となり、自分を傷つける行為になってしまう危険をはらんでいます。
この「行き過ぎ」に気づくには何が必要でしょうか。
自分の感情をうまく制御しながら心の健康を保つには、適度な自分の体への気づきが必要であることが多くの研究から示されています。この、自分の体への気づきは、「内受容感覚」と呼ばれ、鍛えることができます。
■体の変化が脳に伝わり感情が生まれる
楽しい、苦しい、嬉しい、悲しい、腹立たしい……などの感情は、家族や友人と過ごしていたり、仕事をしているとき、場合によっては1人で過ごしている時間にSNSなどを見ている時でも感じます。このようなさまざまな感情を感じているときに、心臓の動きに大きな変化が生じたり、胃の収縮が起こったり、血の気が引くような感覚を覚えるなど、身体のいろいろな場所の急激な変化が生じます。
心臓の鼓動や、胃や腸などの内臓感覚、それ以外にも、喉の渇き、性欲といった身体の内側の状態や、その変化に気がつく感覚を、「内受容感覚」といいます。私たちが、自分の感情や気分を理解するのにこの感覚は重要な役割を果たします。
多くの人は、脳が感情を決めて、その後に、胃が痛くなる、とか、血圧が上がる/下がるということが起こる、と思っているのではないでしょうか。実は、逆です。つまり、体の中で起きる異変が先にあり、その変化を脳が察知して、悲しい、怖い、つらいなどの感情が生まれる、ということです。内受容感覚は、自律神経によって脳に伝えられ、感情や気分を生み出したり、ホメオスタシスや意識を形成したりする基礎を構築しているのです。これが、内受容感覚が感情に深く関与する理由です。
■内受容感覚が高い人は感情制御がうまい
内受容感覚が高い人は、自分の感情の制御がうまく、レジリエンスが高いことが示されています。自分の感情がよく分かっていると感情制御がよくできて、自分の感情とうまくつきあえるためです。そして、その感情は、上述のように身体に根差しているため、感情にうまく対処するには内受容感覚も優れていたほうが良く、この感情制御のうまさがレジリエンスにもつながるのでしょう。
内受容感覚に関する指標はさまざまなものがあります。例えば心拍数を、実際の心拍よりわずかにずらせて聴覚のフィードバックを与えた時に、どの程度の時間の遅れで気がつくかといった識別閾値をもって測定される内受容感度や、指定された時間内(1分など)の心拍数を、体に触ることなくカウントしてもらって測定される「内受容感覚の精度」などがあります。
実際の心拍と、自分でカウントした心拍数の差が小さければ小さいほど、内需要感覚が高いことになります。1分間の心拍数をカウントしてみることは、実際に体に触れて心拍を測ってくれる人がそばにいれば、比較的簡単に自分の内受容感覚の程度を知ることができます。具体的には[1-{(実際の心拍-自分で数えた心拍)/実際の心}]以下だと低い、となります。
■自分の感情がわからないアレキシサイミア
内受容感覚が、感情の識別に重要ということを述べましたが、一方で、「感情が認識できない」「自分の感情がわからない」という症状や特性を持つ人がいます。とくに、精神的ストレスから身体に不調を来した人では、自分の感情を説明することが難しかったり、自分の心の状態に鈍感であったりする傾向があり、こうした症状をアレキシサイミア(失感情症)といいます。これは、感情がなくなる、ということではなく、経験している感情を表現できないということです。アレキシサイミアでは、内受容感覚の正確さが低下しており、内受容感覚を処理している脳の場所(島皮質)の活動も低下していることもわかっています。
■「ポジティブに明るく頑張ろう」が危険なワケ
やや遠回りになりましたが、冒頭で述べた「有害なポジティブ思考」とはどのような状態なのか、改めて考えてみます。
一言でいうと、それは自分のネガティブな感情を認識できていない、アレキシサイミアのような状況だと考えられます。このような現象は、ポジティブな感情や思考のみを善として、ネガティブを拒絶することで起こり、心身にとって不健康であると言われています。「なんだかよく分からないけど、なんとなく、もやもやしていたり、違和感を持っている」「なんとなく苦しい」、そんな状態です。
常にポジティブであること(あろうとすること)が、むしろ、自分の毒になっているのです。「ネガティブなことは考えないで、明るく頑張ろう」という言葉は、つい言いがちですし、思いがちですが、このような考えが、自分の体と心への気づきを封印してしまうのです。
■内受容感覚を上げて心を健康にする
内受容感覚を鍛えるのに、マインドフルネスが有効であるという研究成果が出ています。マインドフルネスとは、「意図的に、この瞬間に、価値判断することなく、注意をむけること」です。マインドフルネストレーニングでは、呼吸瞑想(めいそう)やマインドフルネス瞑想を行います。さらに、脳指標を用いた研究では、マインドフルネストレーニングの後に、内受容感覚を司る脳の場所(島皮質)の活動変化や脳の構造が変化することも示されています。
自分自身の心の状態を知ることは、決して簡単ではありません。事実、私自身も、それほど苦しいという自覚はなく、前向きに頑張っているだけのつもりで日々をこなしていたら、円形脱毛がたくさんできている、ということがよくあります。
しかし、自分の心、とくに自分の「感情」を正確に認識することは、自分の感情を適切にコントロールすることや、相手への共感する気持ちなどにも直結し、人間社会で生きるためにはとても重要な能力です。
うまく自分の感情を制御できないと、感情に振り回されたり、対人関係に悪影響を及ぼしたりすることにもつながりますし、感情を自覚できないとさまざまな身体症状が現れたりします。自分の感情に深く正しく気づくために、毎日少しずつでもいいので、自分の身体と向き合い、有毒なポジティブ思考に陥っていないか、確認していきましょう。
<参考文献>
・ Damásio, A. R. (1994). Descartes’ error: emotion, reason, and the human brain. Avon Books.
・ Critchley, H. D., Wiens, S., Rotshtein, P., Ohman, A., & Dolan, R.J. (2004). Neural systems supporting interoceptive awareness. Nature neuroscience, 7, 189-195.
・ Haase, L., Stewart, J. L., Youssef, B., May, A. C., Isakovic, S., Simmons, A. N., …, Paulus, M. P. (2016). When the brain does not adequately feel the body: Links between low resilience and interoception. Biological Psychology, 113, 37-45.
・ Mehling, W., Price, C., Daubenmier, J. J., Acree, M., Bartmess, E., & Stewart, A. (2012). The Multidimensional Assessment of Interoceptive Awareness (MAIA). PLOS ONE, 7, e48230.
・ 寺澤悠理・梅田 聡(2014)内受容感覚と感情をつなぐ 心理・神経メカニズム 心理学評論,57, 49-66.
・ 山本和美(2017). マインドフルネスと内受容感覚 〈身〉の医療, 3, 18-24.
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細田 千尋(ほそだ・ちひろ)
東北大学大学院情報科学研究科准教授。博士(医学)
内閣府Moonshot研究目標9プロジェクトマネージャー(わたしたちの子育て―child care commons―を実現するための情報基盤技術構築)。内閣府・文部科学省が決定した“破壊的イノベーション”創出につながる若手研究者育成支援事業T創発的研究支援)研究代表者。脳情報を利用した、子どもの非認知能力の育成法や親子のwell-being、大人の個別最適な学習法や行動変容法などについて研究を実施。
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(東北大学大学院情報科学研究科准教授。博士(医学) 細田 千尋