相次ぐ炎上による広告の取り下げ
このところ、企業による広告の炎上が相次いでいる。
【画像】ギター、ピアノなどが続々と破壊されるAppleの広告(7枚)。大きな物議を醸し続けている
JR東京駅の商業施設「グランスタ東京」の駅構内に4月25日から掲出されていた広告が批判を浴び、5月1日に撤去された。
取り下げられたのは、母の日向けの切符を模した広告。「こどもに帰ろう」というキャッチコピーや、「ずっと小児」という表記について、「マザコンっぽい」などと違和感を示す人がいた――というのが撤去の理由となっている。
5月2日にはサッポロビール「黒ラベル」のCMにおいて、起用タレントの過去の未成年飲酒疑惑が発覚し、広告が取り下げられた。
先月には、サントリー「伊右衛門 特茶」の広告に、実業家・インフルエンサーのひろゆき氏が起用されたことで批判を集めた。3月にはキリンの缶チューハイ「氷結無糖」の広告に起用された経済学者・成田悠輔氏の過去の発言が批判され、広告は取り下げとなっている。
企業の広告に批判が相次ぎ、これだけ取り下げが起きるのは最近はあまりなかったことだ。これは日本だけの現象ではなく、海外でも”事件“は起きている。
5月に入って公開されたアメリカ・Apple社のタブレット端末、新iPad Proのプロモーション動画「Crush!」に対しても批判が集まった。5月9日付の “Ad Age”の記事において、同社の副社長が謝罪を表明するに至っている。
【画像】ギター、ピアノなどが続々と破壊され、大きな批判が集まったAppleの広告(7枚)
これまでも広告表現が批判されたり、炎上したりすることはあったし、それによって取り下げを余儀なくされることも少なくなかった。
昨今の特徴としては、「不快だ」と消費者からネット上などで批判される広告が目立っていること、また、その広告を取り下げるのが適切なのか否か議論が起きる案件が増えていることだ。
要するに、適切とも不適切とも言いがたい、“グレーゾーン”のものが多くなっているということだ。
明確ではない、広告取り下げの基準
これまでも何度か書いてきたが、広告の取り下げ基準というのは明確ではない。
著作権・肖像権を侵害していた、あるいは不当表示を行っていた(景品表示法違反)といった法律違反をしていたということであれば、すぐに広告取り下げの判断がなされる。
人種・性別・社会階層などの差別を煽るもの、危険を誘発するもの、文化を冒涜するものも、大半の場合は取り下げられる。
最近、議論が起きているのが、これらに該当しない下記のようなものだが、こうした場合は、適切/不適切の判断を一義的に下すことは難しい。
1. 広告に起用されたタレントや著名人の言動が物議を醸す
2. 広告表現が見る人の不快感を催す
サッポロビール「黒ラベル」の広告に起用されたダンサーの未成年飲酒疑惑は、1のケースにあたる。10年以上も前のこととはいえ、未成年飲酒は違法行為であり、かつアルコールのCMでもあるので、今の時勢を鑑みても取り下げになるのはやむをえない。
厳密に言えば、現在アルコールの広告に出演しているタレント全員が過去に未成年飲酒をしていなかったという保証はあるのか?という疑問もわくが、「表沙汰になっていない以上はなかったことにする」としないと、果てしないことになってしまう。
直近で問題になったグランスタ東京、iPadの事例は2にあたる。こちらはさらに厄介だ。見た人が「不快感を覚える」「違和感を覚える」と苦情を訴えたものだが、人によって受け止め方はさまざまで、当然ながら主観的な部分が大きく、明確に判断するのは難しい。
筆者自身、これまで多くの企業の広告効果の検証を行い、SNSの口コミを分析してきたが、「不快だ」という意見が一定数出ていたという理由で取り下げを勧めることはしてこなかった。
そもそもSNS上の口コミが世の中一般の声とは限らない(むしろそうでないことも多い)。また、攻めた表現ほど批判の声も多くなりがちだが、刺激的な表現のほうが広告効果は高くなる場合もある。
「グランスタ東京」の広告取り下げは正しかったのか?
グランスタ東京の広告に関しては、取り下げの判断に対して、SNSやニュースのコメント欄には、「(取り下げたことが)過剰反応だ」「取り下げる必要はなかった」とする声が大勢を占めていた。筆者も同様の意見である。
違和感を持つ人は一定数いたとしても、人を傷つけるような表現にはなっていない。少し考えれば、母親、あるいは親子関係に関してポジティブなメッセージを発信していることはわかる。何よりも、駅構内という場所の特性をうまく活用した良い広告であると思う。
類似の例でいえば、2021年10月にJR品川駅のコンコースのモニターに掲示された「今日の仕事は、楽しみですか。」というメッセージの広告が炎上して1日で取り下げになった例がある。
これは当時、人材開発等の支援を行うアルファドライブ社が出稿した広告だが、駅通路に大量に並べて掲出されて大変目立つものだった。共感した人もいただろうが、仕事のつらさを感じる、皮肉めいたものに感じる人も多数いた。そうして、多くの働く人に思いがけない方向で“刺さり過ぎ”てしまったがゆえに、取り下げ騒ぎとなってしまった。
この広告も、賛否両論あったはずで、本当に取り下げまで行う必要があったか微妙なところと思うが、ネガティブな側面がかなり大きいと判断して取り下げたのかもしれない。
他に物議を醸した広告では、2018年2月1日、ゴディバが日本経済新聞に掲載した「日本は、義理チョコをやめよう」の広告がある。義理チョコを肯定する人、反対する人、価値観がさまざまというなかで、当時かなり賛否両論の声が巻き起こったが、取り下げの議論までは起きなかった。1日だけの掲載であったこと、また、会社員も多い日本経済新聞の読者には一定程度の共感も集めるメッセージであったことなどから、“炎上”には至らなかったと考えられる。
なお、この広告に対抗して、チョコレートのブラックサンダーの公式Twitter(現X)アカウントが「義理チョコ文化を応援いたします」という投稿を行い、話題を集めた。
このように多くの人の目にとまり、盛り上がるメッセージ広告を作るのは、炎上と紙一重のようなところがある。
広告は不寛容社会にどう対峙すべきか
広告のSNS上での「炎上⇒取り下げ」というトレンドは加速しているが、実はSNSが普及していなかった時代にも炎上と取り下げ自体は存在していた。
現在でも話題に上るのが、1991年に放映されたエーザイのチョコラBBドリンクのCMだ。CMの中で、女優の桃井かおりさんが「世の中、バカが多くて疲れません?」とつぶやいたケース。視聴者から苦情が殺到して放映中止となった。
これには、「バカ」のセリフの部分が「お利口」に差し替えられて放映されたという後日談がある。
この差し替えには、苦情を寄せた視聴者に対する、コピーライター(仲畑貴志氏)と広告を出稿したエーザイからの意趣返しの意味もあったのではないかと思う。
広告の表現は、芸術やエンターテインメントの表現と比べても制約が多く、「ルールを守る」「誰も傷つけない」ということが重用される。それでも、さまざまなことに挑戦したり、ギリギリのところを攻めたりすることで、多くの人の注意や共感を引くことに成功することもある。批判を恐れて過剰に萎縮してしまえば、広告の目的を達成することができない。
最近炎上したアメリカ・Apple社の新iPad Proのプロモーション動画は、トランペット、ギター、カメラ、テレビなどのさまざまな物がプレス機で押しつぶされ、最後にiPad Proが姿を現す――という内容になっている。
この動画は批判を浴び、Apple社は“We missed the mark with this video(この動画は的を外していた)”として謝罪し、テレビCMの放映を行わないことを表明した。しかしながら、同社の公式YouTubeアカウント上では、本動画はいまだ(2024年5月14日現在)取り下げられておらず、視聴可能となっている。
日本企業が日本国内向けに配信した動画であれば、即刻で取り下げとなったに違いない。筆者としても、この表現は動画で押しつぶされる物を作った人や、その物を愛する人たちを逆なでするものであるし、物を破壊する行為自体が好ましくなく、当然取り下げるべきだと考える。
一方で、グランスタ東京の広告については、取り下げるべき明確な理由は見当たらなかったと筆者は考えている。広告表現の主旨が誤解を招くものであったのであれば、主旨を説明して掲示を続けるという選択肢も取れたように思う。
取り下げ以外の対応方法もある
このところの「取り下げ」ラッシュを見ていると、本当にそれがベストなのかという疑念を抱かざるをえない。今後、広告の内容が「不愉快だ」という批判に対しては、「(批判が妥当と言えない場合は)取り下げない」「(取り下げずに)主旨を説明する」「(一旦は取り下げるが)表現を調整して再度掲載する」というように、さまざまな対応方法を検討するのがいいのではないかと思う。
直近では、タレントの生田斗真氏がInstagram上で出産に関する不適切な発言をしたことで、CMに起用しているP&Gに対して降板を求める声も出ているが、こちらに関しても、筆者は取り下げる必要はないと考える。
いずれにしても、不買運動が起きるほどの決定的なミスが広告にあったのでもない限り、多少の否定的な意見があったところで、企業イメージはそこまでダメージを受けないし、多くの場合、売り上げにも大きな影響は出ない。必要以上に世間の声に過敏になって、必要のない広告取り下げを行わないためにも、今回取り上げた事例と対応方法が参考になればと思う。
西山 守: マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授