日本人が1年間に消費する米の量は1962年度の年間118.3キロをピークに減り続け、2022年度は50.8キロまで減っている(農林水産省調べ)。そこまで少なくなっているのに、2024年になって米不足だと騒がれている。本当に米が無いのだろうか? 人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、令和の米騒動とはどこで起きているのか、誰が「米がない」と言っているのかについて聞いた。
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「この通り米がないわけじゃない、米不足じゃなくて『安すぎる米不足』なんですよ。地域にもよりますがね」
9月、都内米穀店。60代店主は店内に積まれた米を前に、一部で騒ぎとなっている「米不足」について冷静に話してくれた。「安すぎる米不足」とは例えば、これまでスーパーやディスカウントストアなど特売価格で販売されてきた米のことだという。
「すでに新米も入荷し始めています。例年に比べれば減ったのは事実ですが、米をあらそって買い占めるほどじゃないし米騒動なんか起きていない。ただ、いままでの安すぎる米はなかなか手に入らないでしょうね。これまでの一般販売価格の安さ、とくに一部店舗の安さが異常なだけですから」
確かに店には「新米」と書かれた札つきで積まれた米も十分ある。産地や銘柄にもよるが、この店では以前より千円か、それより少し高いだろうか。
「もう少し高くてもいいくらいですよ。物流コストや燃料費、米農家の負担を考えたらこれまでが異常だったんです。安すぎる米って、誰かが泣いていたから安かっただけですよ」
いっぽう、近隣の地場スーパーに行ってみると見事に米はすっからかん、代わりにパックご飯が置かれているがこれもいつもより高いか。実際、9月2日にはパックご飯大手のサトウ食品が原料米の高騰で値上げに踏み切った。あとはパスタが「お米の代わりにスパゲッティ」といった感じで山積みされている。
スーパーの50代店員に話を聞く。
「米は入荷していますが、高くても開店と同時になくなりますね。ほとんどが高齢のお客様です。うちは5キロ2000円とか、それより安い価格でまあ、客寄せにしていた部分もありますから、そういうお米に慣れたお客様には『いま高い』と言われますね」
すでにこのスーパーでは安売りはやめて「おひとり様ひと袋」で3000円前後の値段をつけていると話す。それでも即完売だとも。
「お客様から米不足だ、大変だとお話いただくこともありますが『そんなことはありません、もうすぐ解消されますよ』と言ってはいるんですけどね。新米も続々入荷しますが安くはできませんね。しばらくは、これまでのような5キロで2000円を切るようなブランド米を出すことはないと思います」
断っておくがこの一部マスコミも報じる「米不足」やら「米騒動」。地域によってかなり異なる反応で、筆者の取材した限りも都内や関東近郊、地方でも都市部などで売り切れが続出するなどかなりの偏在が見られる。逆に後述するが「それ日本の話?」といった反応の地方もあった。
筆者の旧知の食品専門商社のバイヤーは「業界で聞いた話」としてこう語ってくれた。
「外食チェーン、とくに牛丼チェーンに『お前のところが買い占めているんだろう』『そんなに米があるのはおかしい』という意見が届いていると聞く。当たり前の話だが外食チェーンなどの米と一般小売りの米では経路が違う。事前契約で確保しているので米が足りないことはない、というだけだ。大手のほとんどは不作の予想が出た今年すぐ米の追加確保に動いた。それも小売りにまわる米とは別だ。冷静になってほしいと思う」
SNSに詳しいIT系企業の編集者もこう語る。
「SNSには『大手商社が買い占めて横流ししている』『農協が値段を釣り上げるために米を売り惜しみしている』といったデマが拡散されています。もちろん政府批判と絡めている。意見はさまざまだし自由ですが、憶測に基づくデマはだめでしょう。とくにXはひどい。インプレッション目的でこれでもかと陰謀論を撒き散らしている」
城東、都内のコンビニエンスストア社員は実際に客から言われたと話す。
「ご高齢の常連さんですが、おにぎりを指して『こんなに米があるのはどうして?』と聞かれましたね。本部が事前契約しているから供給できるだけですが。うちでも以前から2キロとかの小さい米は売っていましたが入る途端に売れます」
米の値段を言うと「高い」「負けろ」
都市部でも米屋に行けばある。地方に至っては「米不足?」であった。東北の一家6人家族、二児の母である40代女性の話。
「東京や大阪は大変ってニュースで見ますけど、米不足とか米騒動とか遠い場所の話です。『令和の米騒動』なんて大げさな。値段は上がってますけど米がないなんてこの辺では聞いたことがないです。それにこの辺りは米農家も多いですから、自分たちで作って消費している家庭も多いですし、そういう方々と馴染みでずっと買っていたりもします」
実際、北関東の米農家(兼業)は「米を売ってくれという連絡はある」としてこう話す。
「米を分けてあげたいのは山々だが、いつもの利用者の分もあるから新規は受けつけていない。それに値段を言うと電話を切られる。東京がほとんどだ」
田舎はそこまで飢えずに都会が飢えて、都会の人々が高価な着物やら貴金属を持って米(闇米)を売ってもらいに行っていた戦後まもなくみたいな話だが、やはり究極的には地縁、そして自分で自分の食べ物を作れる土地や人は強い。
「値段を言うと『高い』『負けろ』だ。以前の格安スーパーとか激安ネットショップの感覚で米の値段を考えているのだろうか。こちらも偉そうにしているつもりはないが、新規で電話してくる人たちは態度もよくないように思う」
いわゆる格安スーパーの中には5キロ1000円とか、下手をするとそれ以下の値段で売っていた時期もあった。米余りで「米が売れない」「米を食べない」が問題になっていた。それがいまではフリマサイトなどで転売とみられる米の出品が露骨に増えた。
「1年を通して作ってみたが少なかった、というだけだ。自然と共に作るものだから当たり外れはある。ずっと減反政策でただでさえ供給源を絞ってもいた。それでも豊作不作は当たり前の話で、こうなることがあることもみなさん知っていてほしい。それに、こちらの都合かもしれないがいままでが安すぎた。あれでは米農家も減るいっぽうだ」
いまから約30年前の米不足(1993年)はすっかり歴史の彼方になってしまったが主食がない、というのはこうした原始的な人間関係を思い出させるように思う。だからこそ、原始的な危機感と不安もまた襲ってくる。そうして買い急ぎ、デマが横行する。
大手ネットニュース記者はその「危機感と不安」についてこう話す。
「吉村知事の備蓄米放出要請はまたかと思いました。コロナ禍にうがい薬が効くという会見をして買い占めが起きたのに」
8月26日、大阪府の吉村洋文知事はなぜ備蓄米を放出しないのかと政府を批判した。吉村知事、かつてコロナ禍の2020年、ポビドンヨードを含むうがい薬について「うそみたいな本当の話」「うがい薬がコロナに効くのでは」などと会見してしまい、それによってうがい薬の買い占めや転売が横行してしまったのに。今回の備蓄米についての発言も消費者の不安を煽るだけのように思う。
先の商社マンが語る。
「はっきり言ってマクロな意味で『米不足』というほどではない。かなり地域格差、とくに都市部の一般消費者に限られているので政府も大規模な備蓄米の放出はないと考える。放出すれば新米が出回りきったあとに価格暴落の危険性すらある」
8月27日には坂本農水大臣が先の吉村知事の発言も含め「慎重に考える」と備蓄米放出に否定的な見解を述べた。もともと8月は米の供給が少なくなる上に南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)発表や台風で「買い急ぎ」が局所的に加速したことも理由にあげた。
「それに現場(米農家)のためには、以前までの極端な安すぎる米が出回り、それを消費者が当たり前のように捉える風潮は変えたほうがいい。米は不足していない、むしろ米の価格が値上がりしているというのは現場の今後を考えれば、値上がりでなく適正価格に戻りつつあるだけ、と考えてもいいのでは」
コスパはリスクと紙一重
なんでもかんでも安すぎることが正義のような時代もあったが、100円ショップがいつのまにか「100円」の部分をスルーするようになり、激安を売りにする店舗がそれほど「激安」でなくなった現在、米もまた不作もあるとはいえ元に戻るということか。
1980年ごろまでか、思えば米はそんなに安いものではなかった。それよりもっと前の方々なら「お米が貴重品」だった時代の人もあるだろう。買い急ぎの高齢者の話が出たが、彼らにすればそれが当たり前、米がなくなるという恐怖は私たちのそれともまた違うのだろう。それでも、冷静になってほしいと思う。
先の米穀店の店主はこう語る。
「一部のスーパーや激安店はスポット買いで安値になったところを大量に買い叩いて客寄せに使っていた。もうしばらくは仕入れ値の安いバイヤーの相手はしないでしょう。さっきも言いましたが米の流通も本当にいろいろなんです。だから安すぎる米が不足しているだけ、と言ったのですが、新米が入ってくれば不足している地域でも徐々に解消されます。もちろん値段は高いかもしれませんが。でも、本来のお米の価格というか、いまでも安いとすら私は思っていますよ」
そして「宣伝ではないのですが、生活の知恵として」とこう続けてくれた。
「みなさんお忙しいでしょうし、量販店でお米を買うのも結構ですが、地元の米穀店ともお付き合いしておいたほうがいいです。少し高いかもしれませんが、主食と考えればね。それに自然のものですから、不作のときは今回以上に不足することだってあるかもしれません。米穀店も普段のお客様を優先しますから困ったときだけ、と言われても売れないことだってあります。それはどんな商売もそうでしょう。もちろんルートは米穀店だけではないので米農家さんと直接とか、ネットでも事前契約はできるはずですから、そういう日ごろの万が一への心がけが大切だと思います」
また先の商社マンもその万が一、主食の「リスクヘッジ」についてこう話す。過度にコスパ(コストパフォーマンス)を高めるのは危険とも。
「家庭の経済事情はそれぞれでしょうが、コスパはリスクと紙一重ですよ。ただでさえ食料自給率の低い国で、米も不作ならこうもなりますし不安はわかります。ですから、これからは食料に対するリスクヘッジも大切です。そもそも、日本がなんでも安く当たり前のように食べられていることが奇跡なんですよ」
筆者はロジスティクスも含めた世界食料争奪戦の現場などを取り上げてきたが、近年、この国は円安と買い負け、金にならない日本に船が寄ってもらえない抜港やコンテナ不足などに苦しんできた。日本の食料自給率はカロリーベースで47%、生産額ベースでも61%、飼料自給率に至っては27%(農林水産省、2023年度)と多くは他国に依存している。それも現場がなんとかしてきただけで限界が迫りつつある。そして現場軽視が拍車をかける。激安であれば誰がどうなろうと、どうでもいいと。
「現場の苦労とその自然の恵みを思えば、激安で当たり前なんて思えないはずです。デフレマインドによって『価格の知覚』のおかしな消費者が増えてしまった」
「価格の知覚」とは消費者心理とその判断基準を語る際に使われる言葉だが、米に限らず「もやし一袋1円」「こんにゃく250グラム30円」などの「激安」によって行動経済学で言うところの「参照点」(多くの消費者の期待する価格、値ごろ感)がバグって久しいことは確かなように思う。
それでも「すぐに元に戻るよ」と悲観的な北関東の米農家(兼業)の声もあった。
「この国の構造的な問題だから、このまま米の価格が高いままというのは長期的にはないと思う。結局元通りの激安にされる。そういう仕組みで国も根本的にはそれを変えようとしない。米農家ばかりが消費者に食い散らかされて消えるだけだ。馬鹿だね、急いで買ってる連中はさ」
2024年上半期の米農家倒産および休業、廃業は34件に及んだ。いずれその激安も含め、この国の米の大半が生産者の消滅により外国産米に変わるかもしれない。大げさでなく、このままでは2040年には主食用の国産米に限れば国内供給が物理的に不足するという試算も出ている(全米販・2024年)。
ともあれ今回の一部地域での米不足、買い急ぎやデマに限ればそれこそ混乱を招くだけ、コロナ禍のトイレットペーパーやアルコール消毒液の買い占めや買い急ぎは記憶に新しいが、すぐに解消され、結局どうということはなかったはずだ。決して結果論でなく、一部の人心と邪まな転売ヤーが招いた一時的なことでしかなかった。
とにかく冷静に、デマや陰謀論に惑わされないことが本当に大切だ。買うときも必要な量だけ、精米した米を大量に溜め込んでも風味や食感がどんどん悪くなるばかりでいいことなんかない。
米はある、ただ極端に安い米がないだけ――これを期に、私たち消費者の考え方のアップデートも大事なように思う。
日野百草(ひの・ひゃくそう)/日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。