《新型コロナ》“非正規いじめ”被害を告白、派遣社員に「マスク支給なし」の非情

新型コロナウイルスの勢いが止まらない。その蔓延(まんえん)は感染と発病だけにとどまらず、企業の収益悪化という社会問題も引き起こしている。そしてそこからは、非正規労働者への差別、正規労働者との待遇格差という問題があらためてあぶり出されるのだ。

 とりわけ苦境に陥っているのは、非正規全体のおよそ7割を占める女性たち(2019年・労働力調査)。

派遣だけ出社強制のテレワーク格差

 派遣社員の野間みちるさん(30代=以下、すべて仮名)は1年ほど前から、大手通信会社でOA事務の仕事に就いている。ワードやエクセルといったパソコンソフトのスキルが求められる事務職だ。出社しなくても働ける業務内容でありながら、野間さんには、コロナ対策としてさまざまな企業で導入が進むテレワークが認められていない。

「正社員にテレワークの指示が出されたのは2月ごろ。でも私たちには、“派遣さんはテレワーク環境を整えられないので、出社してください”と言うんです」(野間さん)

 なぜ派遣だけ対象外なのか? 野間さんが尋ねると、上司は「弊社と派遣会社のどちらがテレワークのパソコン費用を負担するかで、折り合いがつかなかった」と答えた。

「セキュリティーの問題がある、とも言われました。でも、派遣先の企業がパソコンを用意するなどして、派遣にもテレワークを導入している会社は実際に数多くある」

 派遣会社にも訴えたが、「検討します」と答えるだけ。

「派遣会社にとって、派遣先の企業はお客様。言われるがままという感じです」

 結局、会社がとったコロナ対策といえば唯一、時差出勤だけだった。

 ついに先日、会社が入っているオフィスビルの別のフロアで、新型コロナに感染した疑いのある人が出た。テレワークが認められない以上、派遣は出社せざるをえないのだから、自衛するほかない。コロナ騒ぎの前からインフルエンザ対策として、会社ではマスクを備蓄していた。

 せめてマスクをもらえませんか? 野間さんがそう訴えると、備品を管理する社員から「本当に必要な人のためにとってあるものだから、あげられない」と断られた。

「工事業者や現場に出向く社員には、マスクを支給しているのに。私たち派遣は、本当に必要な人には入らないってことですか? と掛け合いましたが、“上が決めたことなので”の一点張りでした」

 “上が決めたこと”は、まだある。最近、野間さんら派遣社員は席替えを命じられた。それも派遣同士は近くに座らず、席をなるべく離すよう指示されたのだ。だが、1フロアに100人以上がひしめき合う職場で席を離して座る余裕はない。

「それでは感染予防にならないのでは?」と言う野間さんに、上司は「予防のためではない。何かあったときに業務を遂行するため」と、そう断言した。

 もし感染者が出ても、離れた席にいれば濃厚接触にならず、残りのメンバーで業務を進められるという理屈だ。

「人権侵害というか、派遣のことはそのぐらいにしか見ていないんだなと思って、本当にショックです」

 あらゆる会社には、労働者が安全に働けるよう配慮する「安全配慮義務」が法律で定められている。非正規にも当然、その義務はおよぶ。

「社員と仕事内容は変わらず、派遣の力に頼り切っている業務もたくさんあるのに、この待遇の違いは納得いきません」

非正規シングルにはなんの補償もナシ!

 非正規が直面する苦境はテレワーク格差だけではない。休業補償や賃金の支払いでも不利な扱いを受けることが多く、深刻な影響がおよぶ。

「新型コロナの影響で、ほぼレギュラーで入っていた仕事が3月はゼロに。この先も続くのではないかと不安です」

 そう話す武藤里香さん(43)はアルバイトのほか、フリーランスとして仕事を請け負う業務委託など、5つの仕事をかけ持ちしている。なかでも試験監督のアルバイトは収入の柱のひとつ。そのため英語検定試験『TOEIC』の中止は痛かった。ほぼ毎月実施され、1日働けば8000円ほど得られたからだ。

「政府による休業補償の対象は子どもがいる人だけ。シングルには無関係です。試験監督が休業になっても、アルバイト先からは何の説明もなければ、補償もない。それでも実家住まいなのでどうにか暮らせていますが、もともと非正規の仕事は不安定なうえに、今回は天災も重なって、先が見通せません」(武藤さん)

生きていけない……殺到するSOSの声

 労働組合が行う電話相談にも非正規労働者からのSOSが後を絶たない。

「正社員には休業手当が出るのに、パートの私は休業を強いられても手当がゼロ」

「お客様にスマイルを見せられないからと、マスク着用が禁じられている」

 こうした声が労働組合『ジャパンユニオン』(以下、ユニオン)に3月11日時点で160件ほど寄せられている。

 ユニオンには2月からコロナ関連の相談があり、実態把握のため2月24日、「新型コロナウイルス関連集中労働相談」を実施。その日だけで36件の電話相談があった。

 その後も継続的に相談を受けており、2月29日時点での労働相談は以下のような統計にまとめられている。相談件数のべ116件。最も多い相談内容は「休業手当の不払い」など休業関連が36件(33・6%)。次いで「マスク着用の不許可」などが27件(25・2%)、「いじめや嫌がらせ」が11件(10・3%)と続く。

 筆者(樫田)は2月24日と3月11日の2回、電話相談の現場にいた。時々はユニオン相談員から電話を代わってもらい相談者とも話をした。結論から言うと、正規労働者も厳しい現実に直面するが、非正規は生活が成り立たないところまで追い込まれている。

●非正規・トリプルワークの50代女性の場合

 関東地方でひとり暮らしをする清水茜さんは、3つの仕事をかけ持ちして月収は約18万円。節約の限りを尽くすギリギリの生活だ。

 仕事のひとつは、飲食店での調理補助。週1度の勤務で月6万円を得る。だが2月下旬、店のオーナーが「コロナ騒ぎでキャンセルが増えていて、ごめんね。次は休んで」と電話してきた。ところが翌週も「今週も休んで。そのかわり、違う曜日に出て」と連絡が入る。オーナーが指定した曜日には別の仕事が入っていたが、清水さんは時給のいい調理補助の仕事を選んだ。もうひとつの職場からは当然、いい顔をされなかった。

 オーナーに言われて調理補助に入ったその日、終業時にまた「来週も休んで」と言われた。清水さんは「わかりました」と力なく答えた。

「でも、ごめんねと言われても、このペースなら月6万円を失うんです。それで何の保証もない。これでは生きていけません」(清水さん)

 清水さんはすがる思いでユニオンに電話をしたのだ。電話を受けた須田光照書記長はこんなアドバイスをした。

「休業命令は会社側の都合。その場合、会社は、正規・非正規を問わず、従業員に最低でも賃金の60%の休業手当を払う義務があります。もし会社に同じような仲間がいれば、オーナーへの支払いの直訴や労働基準監督署に相談するのもいい。泣き寝入りする必要はありません」

●パート先で自主休業を強制された女性の場合

 石川雅恵さんは医療クリニックで働く事務員だ。職場では唯一のパート職員で週3回、勤務している。2月に入ると、院長が「コロナ感染予防のために1週間ほど休業してほしい」と要請してきた。

「でも変なのは、院長が“自主的に休め”と言っていることです」(石川さん)

 須田さんは「従業員が自分の意思で休む場合は休業手当を払う必要がない。院長はそれを狙っています。でも“自主的に休め”というのも強制です。証拠を残すため、ICレコーダーでの録音をすすめます」とアドバイスした。

 相談電話では、非正規職員へのあからさまな差別的処遇を訴えるものも少なくない。以下、短く列記する。相談者はみな、女性である。

●古谷順子さんは学校給食のパート調理員。学校閉鎖のあと、学校給食も休業となると、会社は「正社員には休業手当を払う」と連絡した。ところが、パート職員には「生活が大変な人には、会社が緊急で無利子でお金を貸します」と告げたのだ。古谷さんは「ひどい」と思うしかなかった。

●嶋裕子さんはアルバイト先の飲食店で客足が減少し、勤務時間を減らされた。そこで収入確保のため「有給休暇を利用する」と会社に申し入れると、「うちには有給休暇なんてない」と断られた。

 アルバイトであれ、半年以上の継続勤務か、所定労働日の8割以上の出勤があれば、会社は有給休暇の取得を断れないという決まりだ。悪質な会社である。なにより嶋さんが不満なのは「正社員の給料はそのまま」であることだ。

●食品工場で働く桐山絵里さんは、コロナ騒動で工場が操業中止になった。正社員には休業手当が支給されている。

「でも、私たちパートにはなんの補償もありません」

政府の賃金補償は「使えない」

 これらのケースから見えてくるのは、コロナが雇用不安を生み出すのではなく、コロナを口実に、最も立場の弱い非正規労働者が蔑(ないがし)ろにされている事実だ。

 だが、困窮者への国の支援策があるではないかと思うかもしれない。政府は、学校閉鎖に伴い子どもの世話で休業する保護者を対象に、雇用形態に関係なく日額8330円を上限に賃金補償すると公表した。しかし、「使えない」と須田さんは断言する。

この賃金補償は対労働者ではなく対会社だからです。会社が政府に申請して、政府が会社に払う。労働者は申請できない。そして8330円で足りない分は会社が補てんするから、そもそも申請をするのかもあやしい制度です」

 須田さんには強く危惧(きぐ)することがある。すでに派遣社員の「雇い止め」、新卒者の「内定取り消し」が明るみに出ているが、「今後、コロナを口実とした解雇や店舗閉鎖が頻発するのでは」と懸念する。

 実は、ユニオンにはすでに「シンガポール旅行から帰国したら、会社から出社を拒否されました。このままでは退職を余儀なくされます」などの相談が寄せられている。

 そこでユニオンでは、3月20日と21日に「失職」を軸にする労働相談を開催した。結果は、ユニオンのブログを参照してほしい。

 須田さんが問題視するのは、労働者の多くが「コロナは“天災”だから休業もしかたないね」と、自身の境遇をおかしいと疑わないことだ。コロナによる労働環境の悪化は天災ではない。現に、正規労働者の多くは守られている。

 コロナ騒ぎが続く限り、ユニオンでは、電話相談を受けている。心当たりのある人はぜひ相談してほしい。

労働組合「ジャパンユニオン」ブログ https://blog.goo.ne.jp/19681226_001
相談はTEL:03-3604-1294もしくは03-3604-5983

(取材・文/ジャーナリスト・樫田秀樹と週刊女性取材班)

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