「いきものがかり」に異変、学校の動物飼育崩壊 「卵、食べれるんですか」教師が驚きの質問

子供の頃、学校で動物を飼育した経験がある方もいらっしゃるだろう。しかし、今、小学校や幼稚園など教育現場で飼育される動物に「異変」が起きていることをご存じだろうか。子供だけでなく教師も、動物の飼育に関する知識や経験がないため、ウサギは過剰繁殖し、けんかや餌不足で健康状態が悪化。ニワトリも卵の放置から、ひながふ化しすぎることがあるという。この状況に立ち上がったのが、獣医師らでつくる兵庫県学校動物サポート協議会。動物の適切な飼育方法を教師だけでなく、教師を目指す学生らに伝える活動を行っている。「いきものがかり」を育成するためにも、まずは教員の養成がカギになるのかもしれない。(山田太一)

「ウサギは高いところまで持ち上げてはいけない」「ウサギが驚くのでむやみに騒がないように」。関西学院大西宮聖和キャンパス(兵庫県西宮市)で昨年11月、教育学部の学生らを対象に実際のウサギを用いた動物飼育の体験授業が行われた。教師を務めたのは兵庫県学校動物サポート協議会所属の獣医師15人。「ウサギを触ったことがない人」との質問に手を挙げる学生もおり、教室と屋外を利用して丁寧な指導を行った。

平成27年に発足した同会は、県内の小学校などで教師を対象に飼育方法についての研修を行っている。同会会長で神戸市獣医師会副会長も務める物延了さん(64)は、以前に訪れた小学校で、狭い飼育小屋の中でウサギが約80匹にまで過剰繁殖している現場を目撃した。

「見た瞬間にこれは大変だと思った」。増えすぎた結果、オス同士のけんかが多発したり、餌不足によって健康状態が悪化したりするなど、深刻な状態だった。ウサギは去勢手術をした後に別の小学校に譲るなどして徐々に数を減らした。過剰繁殖しているウサギ小屋は、他にも多くの小学校でみられるという。

また別の小学校では、教師に「ニワトリの去勢手術をお願いできないか」と相談されたことがあった。事情を尋ねると、ニワトリの卵を処理できずにヒナがふ化して数が増えてしまっていた。

物延さんは「卵を食べてしまえばいい」と答えたが、「食べられるんですか」と聞き返され、面食らったという。衛生面を考えた上での反応だったものの、物延さんは「学校の飼育小屋の環境下で有害な菌が繁殖することはない」と指摘。そのうえで「子供に伝えるよりも、まず教師への教育が必要だ」と強調する。

そんな同会も大学での授業は今回が初めて。小学校などで飼育されるウサギやニワトリは新人教師が飼育担当になり、適切な飼育方法を知らないまま飼育されているケースが多いことから、教師を目指す学生にも指導対象を広げた。

同会の発起人の一人で獣医師の水沢栄雄(しげお)さん(58)は「教師が子供から動物について聞かれたときに答えに困るケースが多い」と指摘し、教育現場に出る前の指導の必要性を強調する。

そもそも学校で動物を飼育することで得られる教育効果とは、どのようなものがあるのだろうか。同会によると、海外では子供たちが教師に引率されて動物を飼育する施設を訪ねる「訪問型」が一般的で、教育現場で実際に動物を飼育するのは日本特有の文化という。日本に動物の飼育教育が導入された時期は定かではないが、明治時代末期に東京高等師範学校付属小学校の教員だった松田良蔵氏が導入に尽力したとの記録が残っている。

文部科学省が平成15年に作成し、全国の小学校などに配布されている教師用手引き「学校における望ましい動物飼育のあり方」には、「(動物の)成長の様子から感じられる生命力の素晴らしさ。これらは、飼い続けることによって得られる学びの内容である」などと記されている。

では、なぜ教師は動物の扱い方を知らないままなのか。教職員免許法では教師になるための学位などは定められているが、個別のカリキュラムについては規定がなく、文科省の担当者は「動物の飼育方法を学ばせることについては、各大学の担当教官に任せているのが現状」と説明した。

実際には、地域の獣医師が大学を訪れて指導するのが精いっぱいの状況という。物延さんは「それぞれの自治体の獣医師会で教師を志す学生向けに講義を行っているケースはあまりない」と語る。日本獣医師会も学生や教師に動物の飼育方法について学ばせる環境作りを進めるよう働きかけはしているものの、環境の整備には至っていない。

昨年11月に関西学院大で行われた動物飼育の体験授業を見守った理科教育が専門の湊秋作・関西学院大教授は「動物に触れるという経験がない学生が多かった。生き物についての感性を育てる意味でも授業は非常によかった」と振り返った上で、「自然について体験することは教師になる上での必須条件だ」と指摘する。

湊教授は大学内の教室の片隅にオタマジャクシやヤゴ(トンボの幼虫)などを展示し、触れることができる「理科コーナー」を設置した。「動物への慣れは一朝一夕では身につかない。日常的に学生が動物に触れる機会をつくることが必要だ」と話す。教師になる上で避けて通れない動物とのふれあい。教師の卵を育てる教育機関での環境整備が求められている。

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