日本感染症学会は21日、感染者数を増やし続ける新型コロナウイルスへの対策を、これまでの「水際対策」から「蔓延期」へ移行する必要性をホームページ上で示した。
ただでさえインフルエンザや花粉症で医療機関が混み合うこの時期、得体の知れぬ感染症の蔓延は大変な混乱を招いている。
そんな中で医療の最前線に立つ医師たちは、どのようにして感染を防いでいるのだろうか。いま診療の最前線に立つ19人の臨床医に、「新型コロナウイルスに対して自らの身を守るために講じている感染予防策」を訊ねた。
© 文春オンライン 最前線の医師たちはどのように身を守っているのか ©iStock.com
“流水手洗い”だけでウイルスの99%が落ちる
対策として最も多かったのは、予想通り「丁寧な手洗い」で、これはほぼ全員が意識的に励行している。
メディアでも繰り返し報じられているように、ハンドソープを使って指や手のひら、手の甲だけでなく、手首や前腕部までを念入りに洗って水で流す方法を、多くの医師が実践している。
「外来で患者さんを1人診察するたびに手を洗っている。時間はかかるけれど、やらないわけにはいかない」(50代・消化器外科)
「患者さんやスタッフなど“自分以外の人”が触れたものを触った時はもちろん、自分が使ったマスクや自分の髪の毛などに触った後も手洗いをしている。このあたりはかなり神経質にならざるを得ない」(50代・心臓血管外科)
多くの医師がハンドソープや石鹸を使って念入りに手を洗っているが、「水だけでも効果はある」という答えもあった。形成外科医で現在は再生医療支援企業「セルバンク」の代表を務める北條元治医師だ。
「手洗いの目的は、手に付いたウイルスを落とすこと。ならば、水道の水をかけながら丁寧に手を擦り合わせればいい。石鹸を使わなくても15秒間の“流水手洗い”だけで手に付着したウイルスの99%が流れ落ちるので、30秒以上続ければそれ以上の量のウイルスを落とすことができる。ハンドソープや石鹸で10~30秒の“揉み洗い”をしてから流水で15秒すすぐと、手に付着していたウイルスの99.9%を落とせるという報告もあるので、石鹸を使ってはいけないというわけではありません。
ただ、石鹸がなければ洗っても意味がない、と考えるのではなく、たとえ石鹸がなくても水道があれば水を流しながら手を洗う――という意識を持つことが大事です」
手洗いと同様、回答した医師のほぼ全員が行っているのがアルコールジェルなどを使った消毒だ。
エレベーターのボタンは指の第二関節で押す
池袋大谷クリニック院長で呼吸器内科医の大谷義夫医師はこう語る。
「アルコール消毒は手洗い以上に有効です。かつては私も患者さんが入れ替わるたびに30秒の手洗いをしていましたが、いまは15秒間のアルコール消毒のみとして、少し時間ができたときに念入りに水道で手を洗うようにしています」
そんな大谷医師は「手の衛生」を考える上で、危険性が部位ごとに異なることを意識する必要があるという。
「一番警戒が必要なのは“指”。手のひらや甲などをキレイにすることはもちろん大切ですが、目、鼻、口など、ウイルスを付けてはいけない“粘膜”に触れる機会が圧倒的に多いのは指です。アルコール消毒も、指を徹底的にキレイにするつもりで消毒すれば、自然に感染リスクも下がっていきます」
さらに、外出時にも「指」を守る行動を心掛けるべきだと指摘する。
「電車の吊革につかまらなければならないときは、手で握らずに手首で押さえる。レバー型のドアノブは手のひらで回す。エレベーターのボタンは指の第二関節で押す。いずれも“手”は汚染するかもしれないけれど、“指先”は守れます。もっといえば、たとえ指先は汚染されても、その指で顔を触らなければ感染はしません。とはいえ、目、鼻、口などの粘膜を触る機会が圧倒的に多いのは指先なので、リスクの高い順に守っていくべきです。
ちなみに先日小池百合子東京都知事にお目にかかった時、感染防止のため“握手”ではなく“グータッチ”を推奨している――と話していました。とてもいい取り組みだと思います」
医師はマスクをどう扱っているのか
供給が追い付かずに大きな不安を招いている「マスク」を、臨床医はどのように扱っているのか。
「新型コロナウイルスはインフルエンザウイルスよりもサイズが小さいので、ウイルス単体だと計算上はマスクの網を通過することになるが、飛沫の状態ならブロックできるだろうと考えて、1日2回交換している」(70代・消化器内科)
「医師がマスクをしていると患者さんも精神的に安心するので、外来の時は着用している」(40代・消化器内科)
と、大半の医師が着用している。
一方で、「スタッフには着用させているが、自分は置き型のウイルス除去剤だけ」(50代・泌尿器科)、「耳の遠い高齢の患者さんは医師の口の動きが見えないとコミュニケーションが取りづらくなるので付けないこともある」(40代・消化器内科)との理由からマスクをしない医師もいる。
さらに切実なのは、「業者に頼んでも全然入荷しない。いずれ在庫が切れたら閉院も考えなければならない」(50代・耳鼻咽喉科)、「以前と違って、いまは外来診療の日は1日1枚(手術時は別)に制限されている」(50代・消化器外科)と、医療現場でのマスク不足は日々深刻化している。
「マスクからの鼻出し」は絶対NG
しかし周囲を見回すと、そんな貴重なマスクを所持していながら「鼻をマスクから出す」(←無意味)や、「装着したマスクの外側を手で触る」(←逆効果)など、無駄な使い方をしている人もいる。この手の人たちは、ここで考えを改めて、効果的に使うべきだろう。
ちなみに、大谷医師によると、新型コロナウイルスは喉よりも鼻からのほうが多く検出される、とする新しい論文が出たとのこと。ということは、ウイルスを持っている人は咳だけでなく、くしゃみによる“感染させるリスク”もかなり高いことになる。感染者も非感染者も、“マスクからの鼻出し”は厳に慎むべきなのだ。この時期、花粉症のコントロールも重要である。
その上で、「マスクの表面は絶対に触らず、着脱の際は耳にかけるゴムの部分のみを持つようにする」(50代・脳神経外科)という基本をもう一度意識してほしい。
結膜炎が初期症状?
新型コロナウイルスに感染した人の症状としては、発熱、のどの痛み、咳や痰、呼吸器症状などが言われており、中国ではこれに下痢や嘔吐などの消化器症状や、頭痛、全身倦怠感などが出るという報告もある(自覚できる症状がないまま軽快するケースも少なくない)。
そんな中、アメリカでは、新型コロナウイルスの症状の一つとして「結膜炎」の存在を示唆する報告が出た。
結膜とは、瞼の裏側を覆って眼球につながる部分。ここは薄い粘膜で覆われていて、ウイルスや細菌に感染すると炎症を起こすことがある。これが結膜炎だ。アデノウイルスに感染して起きる流行性角結膜炎(はやり目)や「咽頭結膜熱(プール熱)」などが知られているが、新型コロナウイルスに感染した場合にも、この結膜炎を起こす危険性がある、という内容の報告だ。
「しっかりとしたエビデンスのある報告ではないものの、初期症状で結膜炎を起こし肺炎など全身に移行する可能性が指摘されています。経路としては飛沫感染やウイルスが付着した手指で目をこするなどのルートで感染すると考えられます」
と語るのは、二本松眼科病院の眼科専門医、平松類医師。
目ヤニは手で取らない
現状では新型コロナウイルスと結膜炎を強力に結び付けるエビデンスはないようだが、感染症対策として注意する必要はあるだろう。
対策は従来の結膜炎予防と同じ。洗面所のタオルは共用しない、目を触らない(目ヤニを取る時はティッシュを使う)など。平松医師によると、目に触れる機会が多いほど感染の危険性も高まるので、眼科医にはコンタクトレンズを使う人が少ない、という内輪話をしてくれた。
ちなみに筆者は医師ではないが、目がかゆいときには安い目薬をジャブジャブ使ってかゆみをとっている。そのことを平松医師に伝えると、「ウイルスとは直接の因果関係はないけれど、悪くないですね」との評価だった。
「市販の目薬はなるべく短期間、できれば1カ月以内に使い切るのが理想です。その意味で“ジャブジャブ使う”のはいいことです。できれば塩化ベンザルコニウムなどの防腐剤が入っていないものだと理想的。防腐剤が入っていないからなおのこと早く使い切る必要が出てきますが」
理にかなう「うがい前のマウスウォッシュ」
今回のアンケートで、「うがいをする」という回答も多かった。19人中9人なので約半数だ。
「出がらしのお茶で頻繁にする」(50代・心臓血管外科)という積極派がいる一方、「しないよりはマシかと……」(40代・腎臓内科)という消極派もいる。
そんな中にこんな回答があった。
「マウスウォッシュで口をゆすいだあとでうがいをする」(50代、消化器外科)
前出の大谷医師もこれを推奨する。
「うがいは“二段階”が有効。つまり、最初は口の中をキレイにする“クチュクチュ”っとしたうがいで、次にのどを“ガラガラ”っとさせるうがいをする。その最初のほうをマウスウォッシュで行うというのは理にかなっています」
ビタミンDで予防は「アリ」
国立長寿医療研究センター口腔疾患研究部の松下健二部長も言う。
「理想を言えば、まずはマウスウォッシュでクチュクチュ、次に歯磨き、最後にポビドンヨード(イソジンなど)でのどのガラガラうがい――が最適です。マウスウォッシュの成分はウイルスにはほとんど効果はありません。
しかし、イソジンは新型コロナウイルスに対してはどうかわかりませんが、一般的に抗ウイルス作用があると考えられているので、仕上げのうがいでイソジンを使うのは意味があることといえるでしょう。ただし、イソジンを使う際にはヨウ素に対する過敏症に気を付けて下さい」
今回のアンケートの回答では、「飲み会への参加の自粛」は多かったが、「食事」の面での対策を挙げた回答は3件にとどまった。しかし大谷医師は、意外にこの取り組みも「アリ」かもしれないという。
「新型コロナウイルスでのエビデンスはありませんが、インフルエンザウイルスにはビタミンが有効という報告がある。というと、多くの人はビタミンCを思い浮かべるのですが、エビデンスレベルが高いのはじつはビタミンD。ビタミンDのサプリメントでインフルエンザを予防できるとするエビデンスもあるので、新型コロナに対しても摂っておいて損はないでしょう」
「他人に感染させない」という意識が自分を守る
今回のアンケートで分かったことは、医師の大半が、症状が出ていないだけで、すでに新型コロナウイルスに感染している人が身の回りにいる、ということを前提に生活しているということだ。
「症状のない感染者がそこら中にいて、ウイルスをばら撒いている、という前提に立つべき。そうである以上、特に医療機関に勤務する者は、“自分が感染しない”ではなく“弱者に感染させない”という意識を持つべき」(50代・肝胆膵外科)
そして、すでに自分が感染しているかもしれない、という前提に立って、「自分から感染させない」と考えれば、自ずと感染予防につながっていくのかもしれない。
(長田 昭二/週刊文春デジタル)
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