「ますらを」→「イケメンの俺」 若者言葉で伝える「超訳万葉集」本が人気

こんのかい!

こんの?

くんの?

いや こんのかい!

お笑い芸人同士のやり取りのようにも見えるが、実は国内最古の和歌集「万葉集」の現代訳だ。

 こんな訳ばかりを収録した万葉集の?超訳?本「愛するよりも愛されたい」(文庫本サイズで税込み千円)が注目を集めている。作者は作家で1人出版社「万葉社」(高松市)の佐々木良社長(38)。社名が示す通りの思い入れの強さから「万葉集を若者にもっと広く、気軽に触れてもらえるように」と出版した。時代を超えても共感を呼ぶのは恋心か。

ワンチャンないで

冒頭の現代訳の元歌はこのようなものだ。

来むと言ふも

来ぬ時あるを

来じと言ふを

来むとは待たじ

来じと言ふものを

女流歌人、大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の歌で「来ると言っても来ないときがあるのに、来ないと言ったのだから、来ると期待して待たないでおこう、来ないと言ったのだから」といった意味になるだろうか。なるほど、冒頭の訳でも腑に落ちる。

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そのほか「ワンチャンないで」「織姫しか勝たん」「キュンキュンして死にそう♡」など最近の若い女性が交流サイト(SNS)で使って流行になったフレーズも出てくる。「女優とかモデルとか女子アナとか」「ならファミリー」というように現在の職業や場所への置き換えもあるほか、ドラえもんの顔文字と秘密道具まで登場する。

超訳の例としては

「ますらを」→「イケメンの俺」

「さのかたは」→「そこのかわい子ちゃん!」

「我れのみぞ」→「うちだけやん」

「人言(ひとごと)を 繁み言痛(こちた)み」→「みんなに噂されるの マジ無理なんで」

「初めより 長く言ひつつ」→「最初はあんたがしつこくナンパしてきたんやんか」

「思ひ乱れて」→「正直やってもうた!」 などがある。

ほかにも、恋に悩み、勢いで家を飛び出し山や川を越えてきた男性がわれに返った様子を詠んだ歌は「え? ここどこ?」と訳した。

和歌とSNSの共通項

超訳だが、こだわった点もある。約4500首の歌が収められている万葉集は首都が奈良だった約1300年前に編纂(へんさん)された。

「歌人は20~30歳代が多いので、当時の標準語(首都の言葉)である奈良弁の若者言葉で訳してみたかった」と話す佐々木さん。若者に近い言葉なら一番伝わるのではと考えたという。さらに、和歌は五・七・五・七・七の31音、万葉集にはさまざまな身分や職業の作者がいることから、短文で誰もが投稿できるSNSとの共通項も見い出した。

試しに自身のSNSに若者言葉の超訳を数点投稿したところ反響があり、若者に共感されやすい失恋や片思いなどの歌を中心に訳ができた400首の中から90首を選んで書籍化した。

「小学生から70歳のお年寄りまで面白いと言ってくれたのが新鮮だった」と話す。幅広く受け入れられた理由を「案外、大人が面白がってくれた。今の若者言葉を知るきっかけや、万葉集を通じていろんなことを学べると思っていただいた」と分析。実際にワンチャンは犬のことだと思っていたという反応があったと笑う。

自身は若者言葉を知るため、漫画雑誌や情報誌、動画投稿サイトなどもチェック。毎月1~2回、奈良のゲストハウスに宿泊し、喫茶店などで会話に耳を傾けたり店員に話しかけたりもしたという。

万葉集20巻約4500首のうち半数以上が恋歌。「世代や身分を超えた恋愛が面白い。風景は変わっていくが、今も昔も恋する心は変わらないと読者も感じたのだろう」と話した。

表紙も一工夫した。万葉集の編纂に加わった歌人・大伴家持が顔を赤らめスマホ片手に「愛するよりも愛されたい」とメッセージを送ったが既読スルーのまま3日が経過した場面だ。

美術館の学芸員の経験があることから装丁へのこだわりが強く印刷会社探しに苦労したが、大阪市内のサンキ印刷が引き受けている。今回は通常のフルカラー印刷ではなく特色4色印刷という方法を用い、ふきだしに使った緑色の浮き上がり効果を狙った。

京都精華大芸術学部を卒業後、豊島(てしま)美術館(香川県土庄町)設立準備に関わったことが転機となり、平成30年に豊島を題材にしたノンフィクションで作家デビューした佐々木さん。令和2年8月に「千年たっても読み継がれ、昔と今をつなぐ本を作りたい」と万葉社を設立した。「古代の文化の豊かさや瀬戸内の良さを若者に伝えたい」という思いが高まり、今後は大学などで教えられるようになるため博士号習得のため大学院進学を志している。(和田基宏)

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