「やった方は暴行じゃなく指導のつもり」 現役力士が告発した凄絶イジメ、部屋の責任者・陸奥親方の言い訳とは

角界をザワつかせている目下のトピックといえば、逸ノ城の突然の引退発表。しかし、それが吹き飛んでしまうようなスキャンダルが発覚した。相撲協会ナンバー2が主を務める陸奥(みちのく)部屋で起こった力士間の「暴力事件」を、部屋と協会が総出で隠蔽(いんぺい)していた――。

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【写真を見る】安西をフライパンで殴打した兄弟子・霧の富士

 鹿児島県出身の陸奥親方(元大関霧島)が初土俵を踏んだのは1975年のことである。ウエートトレーニングとプロテインで筋骨隆々の肉体を作り上げ、90年には遅咲きながら大関に昇進。「角界のアラン・ドロン」という異名が示す通りの精悍(せいかん)なマスクで女性ファンの人気を集めた。96年に引退した翌年、陸奥の年寄株を取得して部屋を継承。昨年3月からは日本相撲協会ナンバー2の事業部長を務めている。

 そんな陸奥親方が愛弟子の隣で笑みを浮かべる写真がスポーツ紙などに掲載されたのは、今年3月。大阪で行われた大相撲春場所で、モンゴル出身の関脇霧馬山が初優勝を飾ったのだ。陸奥親方にとって弟子の幕内優勝は初めてのことで、5月14日に初日を迎えた夏場所の成績次第では部屋初の大関誕生となる可能性もあるのだから、まさに順風満帆。しかし最近、その陸奥親方に関する不穏なうわさが流れていたことは角界でもあまり知られていない。

協会ぐるみで“隠蔽”か

 さる関係者が声を潜める。

「どうも陸奥部屋で力士間の暴力事件があったようなのですが、陸奥親方はそれを隠蔽してしまったらしい。しかもその件は相撲協会の危機管理部長兼コンプライアンス部長で、陸奥親方と仲が良い花籠親方(元関脇太寿山)も把握しているというから、協会ぐるみで暴力事件を握りつぶした、と言われてもおかしくない」

 相撲部屋での暴力事件としてすぐに頭に思い浮かぶのは、2007年に起こった「時津風部屋力士暴行死事件」であろう。当時の親方の指示で力士が集団暴行され、死に至らしめられるという前代未聞の事件を受け、当然、協会は再発防止に取り組んできた。その相撲界で、未だに部屋で起こった暴力事件を隠蔽するなどということが本当に起こり得るのか。取材を進めると、陸奥部屋で暴力事件が起こっていた事実が確認できた。しかも、部屋と協会ぐるみで隠蔽してしまったことも――。

“死ね”“殺すぞ”

 取材の中で暴力事件の被害者として名前が挙がってきたのが、陸奥部屋所属で三段目の安西(やすにし・21)。福岡県筑紫野市出身で初土俵は20年7月である。

 事実関係を確認するため安西本人に接触したところ、

「自分が同じ部屋に所属する兄弟子から日常的に暴力を受けていたのは事実です。そのことは親方も相撲協会も把握しています」

 として、事の詳細を語り始めた。彼によると、加害者は三段目の霧の富士(28)。鹿児島県鹿屋市出身で、初土俵は11年1月である。

「霧の富士による暴力、暴言とイジメは自分が入門してすぐに始まりました。仕事でミスをするとすぐに“死ね”“殺すぞ”と言ってくる。そして、ことあるごとに拳や膝蹴りをお見舞いされる。朝、まわしを付け合う際にもたついていると、振り向きざまに殴られることもしょっちゅうでした」

エアガンで撃たれたり…

 それだけではなく、

「休んでいる時にエアガンで撃たれたり、フライパンの裏でたたかれたことも。あぐらをかいて座っている時に足の裏を踵で思いっきり踏みつけられる、という暴力も日常的に受けていました」

 そうした暴力行為を我慢して耐えてきた安西。「もう無理だ」と思うようになったのは昨年末のことだった。

「昨年12月末に大掃除をしていたら、自分のやり方が気に食わなかったのか、突然、“考えたら分かるだろう”と難癖をつけてきて、脇腹に拳で5発と、膝蹴り。縄跳びのヒモでも数回たたかれた。年が明けた1月1日には、部屋の2階のちゃんこ場で、関取の荷物を上の階に持っていっていなかったことでまた突然、右頬に裏拳1発、左頬に拳を2発食らわしてきました」

何十発も顔面を…

 殴られた数がいやに正確なのは、当時、メモを付けていたからである。繰り返される暴力行為の中で最もひどかったのは1月2日、夕食が終わった後のことで、

「刺身が残っていたので、霧の富士から“これ、食っとけよ”と言われていたのですが、用事が入ったので一旦席を外した。で、戻ってくると、“食ってねぇじゃねえか”と何十発も顔面を拳で殴られたのです。自分が最初に殴られたのはちゃんこをつくる場所の付近で、そこから食事をする所まで数メートルほど後ずさりしながら殴られ続け、口の中が血だらけになりました」

 顔を殴る鈍い音は上の階まで届くほどだったという。

「2階のちゃんこ場で見ていた神谷さんという兄弟子が、さすがにひどすぎるということで、1階にいた勇輝さんという兄弟子を呼びに行ってくれました。その後、勇輝さんは霧の富士に注意してくれた上、自分と一緒に親方のところに話をしに行ってくれました。そこで、自分としてはもうこのままではやっていけないと思っていたので、これまでの経緯と共にその気持ちを伝えたわけです」

親方の反応に絶望

 対する親方の反応は、“分かった、協会に言っておく”というものだった。

「その一方で、“暴力はダメだろう。なんでもっと早く言わなかったんだ”と、自分にも非があるような言われ方をしました。その数日後、おかみさんに呼ばれて、“協会からは、部屋の中の話し合いで解決しろ、とのことだった”と。この時、“自分は一方的な被害者なのに……”と絶望したのをよく覚えています。また、おかみさんは“ヒデ(霧の富士)だって辞めたくないんだよ”と、お互いが悪いかのような話にもっていこうとしていました」

 今年1月に初場所が終わって以降、安西は親方と話し合う機会を数回持った。

「そこではいろいろと“条件”を提案されました。“ヒデが部屋の中で一番下の扱いになるのはどうだ”とか“ヒデに誓約書にサインさせるのはどうか”とか。ただ、自分としては“一緒に生活するのは無理”と言い続けました。その結果、どこかの段階で親方が“じゃあ辞めさせるか”となったのです。ただ、“さすがに断髪式くらいはやってあげねぇとなぁ”とも言っていましたが……」

 霧の富士は初場所の途中から休場し、春場所は全休している。その裏で部屋では、「暴力事件」についての話し合いが行われていたわけである。

懐柔に動いた花籠親方

「しばらく音沙汰がなかったのですが、4月20日に突然、おかみさんが部屋の皆の前で“4月25日にヒデの断髪式を行うことになった”と発表しました。おかみさんからの発表の翌日、自分は相撲協会コンプライアンス委員会の青沼隆之弁護士に電話しています。兄弟子の大日堂さんが“こういうのがあるからかけてみろ”とコンプラ委員会の直通電話を教えてくれたのです」

 青沼弁護士は霧の富士による暴行について、

「“聞いていない”と言い、“協会で議題にすることもできるけどどうする?”と聞かれたので“やってほしい”と。すると同じ日に協会のコンプラ・危機管理担当理事の花籠親方が部屋に電話してきて、“協会まで来てくれ”と言われ、両国国技館内の会議室で話をすることになりました。そこで彼は、なんとか霧の富士を穏便に辞めさせてあげたい、といった趣旨の話をしてくる。“協会で正式な問題として取り上げたくない”とはっきりとは言わないものの、そんな感じのことを言ってくるのです」

 例えば、

「“断髪式なしで懲戒処分にすることもできるが時間がかかるかもしれない”“暴力の程度によっては出場停止くらいの処分になるかもしれない”といったことを花籠親方は口にしていました。また、“俺が部屋内のけんかとして話し合いで決めたらどうだと言ったんだ”とも言っていました」

下の力士は誰も断髪式に参加せず

 安西が青沼弁護士と電話で話した後、花籠親方が懐柔のために動き出す。少なくともこの時点では、協会トップの八角理事長も事案の概要を把握していた、と考えるのが自然だろう。ちなみに陸奥親方と花籠親方は先述した通り仲が良く、

「国技館で協会の仕事が終わった後、毎日のように一緒に帰ってくる。しょっちゅう食事にも行っています。そんな二人なので、“けんかというストーリーにして、事件をなかったことにしよう”と話し合っていたとしてもおかしくない。ただ、自分としてはけんかではなく一方的に暴行されていたわけですから、当然、そんなストーリーに納得できるはずはありません」

 4月24日、再び安西と花籠親方の話し合いがもたれたが、そこでも同じような話の繰り返しとなり、結局翌25日、霧の富士の断髪式は部屋で行われた。

「自分は断髪式には出ていませんが、後援会の主要な人は参加し、1階の土俵でハサミを入れていったようです。親方は部屋の力士にも“ハサミを入れたい人は降りてこい”と呼びかけたらしいのですが、霧の富士より下の力士は誰も参加しなかった。霧の富士は自分以外の弟弟子にも暴力やイジメを働いて嫌われていましたからね……」

「やった方は暴行じゃなく指導のつもり」

 覚悟を決めて詳細な経緯を明らかにした安西。それに対して、部屋の責任者であり協会ナンバー2の陸奥親方は何と言うか。

――暴行の事案を正式に協会に届け出ていない?

「やった方は暴行じゃなくて指導のつもり。それは家庭でもあるじゃないですか。家庭の兄弟げんかと一緒なんですよ」

――協会に届けずに部屋で解決した、と?

「部屋のことは部屋で片付けるってのは当たり前じゃないですか。それ以上ひどいことであれば報告しないといけないですけど。どこの部屋でもありますよ、兄弟げんかなんて」

 暴力事件ではなく、どこの家庭でもあるような兄弟げんか、と言いたいようである。

専門家も「時代が逆戻りしたかのような危機感」

 親方の主張を安西に伝えたところ、うめくように言葉を絞り出した。

「そうですか……。霧の富士が辞め、親方としては双方を納得させたつもりなのでしょうが、それでも、不祥事を隠しているのはやっぱりおかしい。こういったことを隠し続けているから、暴力やイジメがなくならないんだと思います」

 スポーツ評論家の玉木正之氏が言う。

「陸奥親方が“家庭の兄弟げんかと一緒”と言ったのは、本当にそう思っているからでしょう。しかし、“家庭の問題”として不祥事を隠蔽し続けてきたことで、時津風部屋の事件では新弟子が亡くなる悲劇にまで発展してしまった。未だに暴力事件を“家庭の問題”として済ませようとしているところに、時代が逆戻りしたかのような危機感を覚えます」

 現役力士である安西の決意の実名証言。それでも協会が正面から問題解決に取り組まないのであれば、相撲界に未来はあるまい。

「週刊新潮」2023年5月18日号 掲載

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